Skip to main content

アニメと聖地巡礼――深夜アニメはまちを救う?: <竹原市> たまゆら

近年の深夜アニメとその「聖地化」現象について、まちづくり、まちおこしの観点から事例紹介をしていきます。

作品の概要

出典:たまゆら第1期公式ホームページ<http://tamayura.info/hitotose/tblog/news/>

①作品概要

瀬戸内海に面する広島県の竹原市を舞台に、写真好きの女子高生・沢渡楓(さわたりふう)とその友達たちが、

それぞれのおぼろげな「やりたいこと」を一歩ずつ追いかけていきます。

今は亡き父とのつながりであるカメラを通じて日常の小さな幸せを感じ取っていくヒーリングストーリー。



②放映期間

OVA:2010年11月

第1期:2011年10月~12月

第2期:2013年7月~9月


 

③聖地となった地域

広島県竹原市


聖地化の展開


続いて紹介するのは広島県は竹原市。

竹原市は人口2万7,000人弱の小規模な自治体ですが、古くから瀬戸内の交通の要所として栄え、その風光明媚な町並みは「安芸の小京都」とも呼ばれています(図1)。

アニメ「たまゆら」の中心的な舞台となる地域は、市の町並み保存地区に認定されてもいます。

このページでは、こうした竹原市と『たまゆら』の関係についてみていきましょう。


図1:竹原市のまちなみ

出典:ひろしま観光ナビ<http://www.kankou.pref.hiroshima.jp/sys/data?page-id=4305>


◆行政とNPOの温度差

 竹原市と「たまゆら」との関わりは、2010年にさかのぼります。

この年の初頭、竹原市を舞台にアニメを制作するにあたり、著作権者の松竹株式会社(以下、松竹)が市に協力を依頼しました。

しかし、当時の市の反応は鈍く、結局は竹原市のNPO法人「ネットワーク竹原」(以下、NPO)が窓口となることで、竹原市が舞台に決定します。

この「たまゆら」は、まず同年11月から12月にかけて、全4話のオリジナル・ビデオ・アニメーション(OVA)として制作・販売されました。

このOVAの成功に伴い、2011年10月から3カ月間、テレビアニメーションとして放映されるに至るというわけです。

そして、この時期から次第に竹原市を訪れる若者の姿が目立ち始め、後述するイベントの開催後、「聖地」として定着化していくことになります。


 竹原市と「たまゆら」との最初の大規模なタイアップ企画として、2010年10月に「たまゆらの日~ようこそ、あたたかな町へ~」と題するイベントが催され、多くのファンが竹原市へ押し寄せました。

これは表面的には成功と言ってよかったのですが、しかしその内実をみてみると、イベントの開催日の直前になるまで竹原市やその他情報サイト、ショップなどでの広報がなかったり、当日のイベント整理券の配布時間を無断で早めたりとファン目線の欠如が目立ったという指摘があります。

「まちおこしにアニメを利用する」というアイデアは、やはり町の人々にとっては奇抜に映っていたのでしょう。


ですが、この「たまゆらの日」の成功を通じて市や商工会もアニメというコンテンツへの抵抗感、先入観はやや薄れたようです。

同年12月には、アニメによるまちおこしを推進するため、NPOを中心とした「チームたまゆら」が設立されました。

しかし、2012年時点では未だに市や商工会は積極的な関与を行っていないようです。

「たまゆらの日」以降も1、2カ月に1回の頻度で『たまゆら』に関するイベントが開かれましたが、この場合も主に参画していたのは松竹とNPOでした。

 このように、旧鷲宮町の事例とは違って、竹原市と『たまゆら』との関係では、松竹およびNPO側と市や商工会側との間に少なからぬ温度差が存在していたことがわかります。


2011年にアニメ第1期が放映、続いて2013年7月からは第2期が放映されるに至って「聖地」竹原市を訪れるファンも増加し、地域住民との交流は次第に生まれつつあるようですが、しかしアニメの主な舞台となる町並み保存地区以外の地域については住民に情報が行き届いておらず、理解が乏しいようです。

また市や商工会も、毎年開催される「たまゆらの日」イベントには次第に力を入れるようになっており、2013年度予算には『たまゆら』を活用したPRを首都圏で展開する費用約600万円盛り込むなど、徐々に関与を深めていることが伺えます。

しかし、少なくとも2013年時点では、竹原市や商工会は、「たまゆら」を観光産業との関連で捉ており、旧鷲宮町の事例で見たようなファンとの創造的な交流は生まれていないと先行研究では結論付けられています。


ですが一方で、こうした姿勢は次第に改善されつつあり、地域も「聖地化」をチャンスにしようと乗りだしつつあることも事実です。

ただ、その方向性については再び疑問の声も上がっています。

竹原市では商店街を全面的に「たまゆら一色」にしてイベントを行うようになっていますが、町の景観をガラっと変えてしまうようなこうした取り組みは、必ずしもファンにとって魅力的に映るとは限りません。アニメの舞台を訪れる聖地巡礼にとって、かつての町の景観こそがその魅力であったとも考えられるのです。


図2:竹原市と劇中背景

出典:堀内・小山(2014:12)

柱がピンク色に塗られ、作中のマスコットキャラクターを象った看板が掛けられるようになった。


◆厳しい版権管理

 上でも述べたように、本事例における著作権者は松竹株式会社です。

そして結論から言えば、竹原市と松竹の関係はあまり良好なものとは言えないようです。

 まず、松竹は監督の意向を受けて竹原市を舞台とすることに決定し、竹原市にロケ取材や広報などの協力を求めましたが、その反応は良好ではなく、一時は竹原を舞台とすることを断念しかけたといいます。

そこで、NPOが、このチャンスを逃してはならないと松竹に訪問し、引き留めたという経緯があります。

その帰結として、その後も地域側の窓口はNPOが一括して引き受けることになり、地域のまちづくりという観点からは些か歪な構図が残存することとなりました。

 また、結果的に地域の側から松竹に慰留を図ったという形になり、松竹の厳しい版権管理体制も合わさって、明確な形には出ませんが、松竹と地域との間に微妙な上下関係が構築されてしまっているとの指摘もあります。

実際に、2011年度の「たまゆらの日」イベントでは、その費用の負担先を巡って意見が食い違い、最終的にイベントの収入を費用に充てるという形が採られましたが、イベントスタッフなどは竹原市がボランティアスタッフを投入してこれに当たったため、費用構造的には竹原市の無償協力のもと松竹が主導権を握った形となっていたと分析する研究があります。

 このように、竹原市の事例では旧鷲宮町の事例とは対照的に、地域住民とコンテンツホルダーとの連携がスムーズではなく、また意識の違いもより明確に浮き出ていることがわかります。

 こうした地域やコンテンツホルダーの関わりの違いは、まちづくりという視点からとらえた「聖地巡礼」にどのような差異をもたらすのでしょうか。

興味深い問題です。


<参考文献>

・堀内和哉、小山友介(2014)「アニメ聖地巡礼に関する調査研究」SICE システム・情報部門、第5回社会システム部会研究会(http://journals.socsys.org/symposium005/pdf/005-004.pdf)

・風呂本武典(2012)「過疎地域におけるアニメ系コンテンツツーリズムの構造と課題~アニメ『たまゆら』と竹原市を事例に~」『広島商船高等専門学校紀要』第34巻。

・風呂本武典(2013)「内発的発展の思考によるコンテンツツーリズム~広島県内の漫画アニメ地域振興事例の比較検討 たまゆら―竹原・朝霧の巫女―三次~」『広島商船高等専門学校紀要』第35巻。