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日本古典籍 所蔵資料解説: うつほ物語絵巻

附属図書館研究開発室等の事業において電子化された日本古典籍を中心とする資料とその解説をまとめたものです。また、活字本の対応ページから検索できる資料もあります。

「うつほ物語絵巻」解説

附属図書館研究開発室特別研究員 田村 隆

附属図書館研究開発室特別研究員 今西祐一郎

   

  

平成21年度の研究開発室事業の一環として、本学附属図書館細川文庫所蔵の『うつほ物語絵巻』の画像データベースを公開する。細川文庫は肥後熊本藩の支藩宇土細川家の旧蔵書265部713冊から成り、昭和24年の3月と7月の2度に分けて本学が購入したものである(『九州大学五十年史 学術史下巻』昭和42年)。本絵巻はその後、今井源衛氏によって昭和48年8月の『九大学報』1085号や、昭和56年3月の『大学広報』438号などに簡単な紹介がなされ、学内外の展観にもしばしば出展されてきた。
 外題は「うつほ物語」。奈良絵19図が描かれた所謂「奈良絵本」で、近世前期、寛文頃の制作と見られる。巻子5軸から成り、表紙は金襴に草花欅文様を描く。『うつほ物語』の絵巻は伝本極めて少なく、完本としては他に天理図書館蔵久原文庫本と、『奈良絵本絵巻集8 うつほ物語』(早稲田大学出版部、昭和63年)に影印が収められる九曜文庫本、および平成20年7月刊行の『思文閣古書資料目録』第208号(善本特集第20輯)に掲載された新出の絵巻5軸(伝八条宮智仁親王筆)が知られるのみである。奈良絵本『うつほ物語』の伝本については、近時刊行された安倍素子『うつほ物語の成立と絵解の研究』(風間書房、平成21年)に詳しい。また、本学が所蔵する奈良絵本のうち、『竹取物語』、『伊勢物語』、『源氏物語歌絵』、『中将姫』、『酒呑童子』、『文正草子』、『たなばた』、『たまも』については、すでに画像データベースが公開されている。

 『うつほ物語』は『源氏物語』以前に成立した長編物語で、清原俊蔭一族の琴の物語やあて宮への求婚譚を描き20巻から成るが、俊蔭の冒険を記した冒頭の俊蔭巻のみが独立して流布することも多い。古活字版(2冊)や万治3年刊本(3冊)、および奈良絵本の『うつほ物語』も細川文庫本を含め現存の伝本はみな俊蔭巻のみである。「九州大学図書館蔵細川文庫目録」(『語文研究』8、昭和34年2月)に「巻序は内容と矛盾するが、題箋の誤貼によるか。絵は彩色、巻一に三景、巻二に三景、巻三は五景、巻四に三景、巻五に五景あり」と紹介されるように巻序が乱れており、物語の進行に沿って並べ替えると、巻3→巻2→巻5→巻4→巻1となる。
 次に掲げる絵は、俊蔭女親子が住む「うつほ」を描いたものである。細川文庫本のこの場面は、斎宮歴史博物館の展示図録『斎王の読んだ物語~王朝の姫君 教育事情~』(平成13年特別展)のほか、高校生向けの副教材『新国語要覧』(大修館書店)などにも図版が掲載されている。

 「此木のうつほをえて、木のかはをはぎ、ひろき苔を敷などす」と書名の由来となる「うつほ」が示された後、以下の本文に続く。

 その一部を翻印すれば、

りうかく風をば此子の琴にし、ほそををば我引てならはすに、さとくかしこく引事限なし。人音もせず、けだ物、熊、大かみならぬは見えこぬ山にて、かうめでたきわざをするに、たまへ聞つくるけだ物、たゞ此あたりにあつまりて、あはれみの心をなして、草木もなびく中に、尾ひとつをこえていかめしき女猿子共多く引つれてきて、此物の音を聞めでゝ、おほきなるうつほ又らうじて、年をへて山に出くる物を取あつめて住ける猿なりけり。此物の音にめでゝ、時/\木のみをもち子共も我も引つれてもてく。

とあり、俊蔭女と仲忠の奏でる琴の音色に感じ入った猿達が、「時々(の)木のみ」を携えてやって来る様子が描かれる。『うつほ物語』の奈良絵本・絵巻の本文には、古活字版に近いものや延宝版に近いものなど種々見られることが報告されているが(『奈良絵本絵巻集3 うつほ物語』(早稲田大学出版部、昭和63年)ほか)、本絵巻の本文は、万治3(1660)年に刊行された俊蔭巻のみの絵入板本に酷似する。掲出の部分においても、本文の異同は些かも見られず、字母や字配りに至るまでかなりの程度において一致する。

 

        

(万治版 52ウ・53オ)

 字句の微細な相違は全体で十数箇所ほど散見されるが、絵巻には、「山のあるじ」(万治版11ウ)を「山の山のあるじ」、「女君」(同37オ)を「女若」とする類の単純な誤写が認められ、先後関係としては絵巻本文がこの板本に拠ったと見るべきであろう。万治版については、同じく九州大学が所蔵する細井貞雄書入板本ならびに古活字版と共に、附属図書館ホームページにおいて画像データベースを公開中である(平成18年10月より)。ただし、絵については板本とは全く異なる独自のものである。石川透『奈良絵本・絵巻の生成』(三弥井書店、平成15年)に指摘される、「実は、江戸時代前期では、詞書きは、元本があってそれを忠実に写していたようである。ところが、絵の場合は、かなり絵師の個性に任されていたようである」といった状況がここにもあったのではなかろうか。万治版に基づいて制作された奈良絵本としては、他に九曜文庫本(横本5冊)も挙げられ(『奈良絵本絵巻集8 うつほ物語』)、奈良絵本『うつほ物語』の制作における板本の役割は、今後さらに検討する必要があろう。冒頭に紹介した『思文閣古書資料目録』掲載の新出絵巻についても、目録の解説には「最善本と考えられている前田家本に最も近似すると思われる」とあるが、図版に掲げられた部分の本文を見るかぎり、むしろ写本よりも古活字版第2種(『校本うつほ物語』)に近いように思われる。
 本解説は田村隆「口絵解説・うつほ物語絵巻」(『文献探究』45、平成19年3月)および同「奈良絵本『うつほ物語』の背景」(『文学』9-4、平成20年7・8月)を基に執筆した。