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日本古典籍 所蔵資料解説: 源氏物語 古活字版

附属図書館研究開発室等の事業において電子化された日本古典籍を中心とする資料とその解説をまとめたものです。また、活字本の対応ページから検索できる資料もあります。

解説 1/3

九州大学文学部 今西祐一郎

1 『源氏物語』の本文

 『万葉集』や『古事記』、また『竹取物語』や『伊勢物語』など多くの古典は、いずれも作者、あるいは編者の手になる原本はおろか、その成立した時代の写本すら今日に伝わらない。『源氏物語』についても事情は同じである。
 ということは、今日の読者が読んでいる日本古典のほとんどは、いずれも原本から何度にもわたる転写を経た後世の写本、それをもとにしたテキストであっ て、厳密に考えれば、後世の読者は原本とはある程度異なった本文を読んでいるということになる。その「異なり」の「程度」は個々の作品によってまちまちで はあろうけれども。
 『源氏物語』の場合、池田亀鑑『源氏物語大成』校異篇の底本として研究の基礎となり、また古典文学全集など一般読者向け校注書に広く採用されているの は、『源氏物語』の成立から五百年近く後の室町時代、文明13年(1481)9月の飛鳥井(藤原)雅康(1436〜1509)書写奥書を有する大島本であ る。
 池田亀鑑によれば、大島本は、藤原定家の校訂になる青表紙本『源氏物語』の復元に資するところの多い、稀にみる善本ということであり、今日なおその評価は変わらない。
   しかし、その善本、大島本の持つ可能性は、あくまで定家本(青表紙本)の復元という点に関してであって、たとえその復元が完璧に近く実現されたとしても、成立時の『源氏物語』との間には、まだ200年の空白が残される。
 『源氏物語』原本への遡源は容易なことではない。
 ところで、『源氏物語』には、大島本に代表される青表紙本とは別に、河内本と呼ばれる異なる系統の本文が伝えられている。すでに昭和10年に尾張徳川家 蔵本(以下、尾州本と略称)、昭和49年には高松宮家蔵本の複製が刊行され、また尾州本については、翻字版も出版された(武蔵野書院刊)。
 河内本とはどのような本か。初巻桐壷、帝が亡き桐壷更衣の美貌を「絵にかける楊貴妃のかたちは、いみじき絵師といへども、筆限りありければ、いとにほひすくなし」と、楊貴妃との対比で回想する場面は、今日の読者が目にする青表紙本では次のように続く。

  大液の芙蓉、未央の柳もげに通ひたりしかたちを、唐めいたるよそひはうるはしうこ
  そありけめ、なつかしうらうたげなりしをおぼし出づるに、花鳥の色にも音にもよそ
  ふべき方ぞなき。

 この箇所が尾州本をはじめとする河内本系統の本文では、やや長く、次のようになる。

  大液の芙蓉も、げに通ひたりしかたち、色合ひ、唐めいたりけんよそひはうるわしう
  けふらにこそはありけめ、なつかしうらうたげなりしありさまは、女郎花の風になび
  きたるよりもなよび、撫子の露にぬれたるよりもらうたく、なつかしかりしかたちけ
  はひをおぼし出づるに、花鳥の色にも音にもよそふべき方ぞなき。

 この箇所は、青表紙本、河内本の本文の相違を示す代表的な例として、古来注目されてきた箇所である。しかしこの両者について、 どちらが紫式部の書き記した『源氏物語』に近いかを決めるのは、不可能に近い。また草稿本、清書本といった観点を導入すれば、どちらも紫式部の文章だとい うことにもなりかねない。
 青表紙本、河内本の本文の相違は、この桐壷巻以外にも少なからず、ある時は、

  はかばかしからぬ者どもの、かた/\につけてさまよひ侍るを、かたくなしく見苦し
  と見侍るにつけても、又さるさまにて、数/\に連ねては、あはれに思ふたまへらる
  ゝ折に添へても、まづなむ、思うたまへ出でらるゝ、と。 (大島本 行幸)

  はか/\しからぬ者どもの、かた/\につけてさまよひはべるを、かたくなしく見苦
  しく見たまふるにつけても、まづなん思給へいでられはべる、と。 (尾州本)

のように、先の桐壷巻の場合とは逆に、尾州本の本文が簡略、またある時は、

  あながちなりし心のひく方にまかせず、かつはめやすくもて隠しつるぞかし、あはれ
  にこひしうもいかゞおぼし出でざらむ。          (大島本 須磨)

  あながちなりし心のひくかたにはまかせず、かつはめやすくもてかくしつるぞかしと
  、あはれにおもほしゝられ、人しれぬ御心はへの、まめことにもはかなきことにも
  、ありがたきさまなどを、あはれに恋しくもいかゞおぼしいでざらむ。(尾州本)

のように、桐壷巻と同じく河内本が詳しい、といった事例に事欠かない。
 このような青表紙本、河内本の本文の違いに関しては、たとえば武田宗俊『源氏物語の研究』に、桐壷巻の場合は定家による本文の省略、行幸巻は河内本における、須磨巻は青表紙本における、それぞれ本文の脱落を示す、といった見解があり、興味は尽きない。
 さて、青表紙本、河内本の2系統の他に、そのいずれにも属さない本文を持つ本を別本と称するが、本解説のテーマである古活字版との関連に乏しいので、ここでは説明を割愛する。

2 『源氏物語』の出版

 近世以前、作品はすべて書写という営みにより、写本という形で伝えられた。1回1回の書写によらず、同時に複数の本を出現させ る印刷による古典の出版は、中世最末期、朝鮮半島より活字印刷の技術が将来されたことに始まる。それは「文禄から慶安までの五十年間、急激に盛行し、発展 の結果として自らの終焉を招いた」(渡辺守邦『古活字版傳説』日本書誌学大系54)という、本邦出版史上特異な出版であった。この特異な印刷および出版物 に関しては、夙に川瀬一馬『古活字版之研究』に詳述されている。
 『枕草子』や『平家物語』、『徒然草』、『太平記』などと同じように、近世以前は写本でのみ伝えられてきた『源氏物語』も、その古活字版によってはじめ て出版されることになった。それも、1度だけではなく、前掲『古活字版之研究』(増補版)によって指摘された版だけでも、4種を数える(次節)。
 さて、古活字版の時代が終焉をむかえた後、『源氏物語』の出版も整版本の時代に入る。 その皮切りは、承応版として知られる絵入り整版本である。本書は 承応3年(1654)の刊記を有する伝本が多いが、それに先立ち慶安3年(1650)に無刊記版が出版されていた。本書出版の経緯ならびに初版、再版、後 刷版等の書誌については、清水婦久子『絵入源氏 桐壺巻』(桜楓社、平成5年)の解説に詳しい。
 全巻にわたり254図の絵を添え、本文には句点、濁点を付し、傍注を施した、注釈本としての一面をも有するテキストである。本書は、国文学研究資料館データベース古典コレクション『源氏物語』(絵入)に画像として全巻が収録されている。
 絵入りの『源氏物語』は、その後、万治3年(1660)に横本、寛文年間には小本が出版され、広く流布した形跡が窺われる。これら諸種の絵入源氏物語の絵については、吉田幸一『繪入本源氏物語考』(日本書誌学大系53)に影印と考察が備わる。
 ついで承応元年(1652)には、『源氏物語』の本文を併せ収める注釈書『万水一露』が刊行され、さらに寛文13年(1673)には頭注を備えた『首書 源氏物語』(ただし跋文によれば、その成立は寛永17年に遡るという)、延宝元年(1673)成立の北村季吟『源氏物語湖月抄』が同3年に刊行され、とく に『湖月抄』は広く流布して、近代に入っても活用され、活版本の出版も繰り返されたことは記憶に新しい。
 『首書源氏物語』は『湖月抄』に較べて伝本に乏しいが、今日、「おうふう」よりその翻字版が、また和泉書院より玉蔓巻までの影印が刊行されている。
 古来知られていた上記の整版本『源氏物語』のほかに、近時、古活字版と絵入源氏との間の時期に、絵無しの無刊記整版本の出版があったことが、清水婦久子 氏によって明らかにされた。清水氏の論文「版本『万水一露』の本文と無刊記本『源氏物語』」(「青須我波良」第53号、平成9年12月)によれば、それは 寛永、正保ころの刊で、その本文は随所で伝嵯峨本、絵入源氏、首書源氏、湖月抄とは異なり、それらのほとんどが承応元年刊の『万水一露』本文との一致を示 すという。それは近世『源氏物語』版本の本文に関して重要な指摘であるが、九大本『古活字版源氏物語』との関連でいえば、清水氏の指摘する『万水一露』本 文と一致する無刊記整版本の本文が、ときに九大本とも一致するという点である。
 たとえば、清水氏が無刊記本と版本『万水一露』とのみに共通する本文として指摘した夕顔巻の、

  かちよりむまはたてまつりてくゝりひきあけなとして

は、九大本および「寛永版古活字」にも見出される本文であり、また同じ夕顔巻で上記2本のみに見られるとされた表記「す行」(他の版本では「すきやう」、「す経」、「ず経」)もまた九大本および「寛永版古活字」に見られるものであった。
 このような本文の状況を踏まえると、無刊記整版本の本文形成には、清水氏の指摘する版本『万水一露』の他に、九大本、寛永版等の古活字版の影響も考えら れるのではあるまいか。とくに、無刊記整版本と九大本とが、本文の類似のみならず、本文の表記、すなわち漢字の当てかたにおいて酷似する点を考慮すると、 両者の関連は無視できないように思われる。  さて、以上の古活字本、整版本においても、採用された『源氏物語』の本文はいずれも青表紙本系統の本文であるが、それぞれの細部においては微妙な違いを 示しており、その実態と背景は今後の研究課題である。


3 古活字版『源氏物語』

(一) その嚆矢と目されるのは、慶長刊の十行古活字本である。従来、黒川真頼旧蔵実
    践女子大学蔵本、竜門文庫蔵本の2本が知られていたが、それに加えて、近時、
    一誠堂書店創業九十周年記念古典籍善本展示即売会目録(平成5年)で新出本が
    紹介された。

(二) 慶長年間刊かと推測される伝嵯峨本。ただしこれは古活字本の逸品として名高い
    真性の嵯峨本ではなく、嵯峨本を模した活字で印刷されたものとされ、伝嵯峨本
    『源氏物語』と称される。大東急記念文庫蔵本は「大東急記念文庫所蔵 古寫古版
    物語文学書総瞰」所収のマイクロフィルムによって見ることができる。

(三) 元和9年刊本。これは巻末に「元和九年孟夏上旬/洛陽二條通鶴屋町/富杜哥鑑
    開板」の識語を記した本。

(四) 寛永中刊本。『古活字版之研究』よれば、「元和九年刊本に拠つて寛永中に翻印せ
    られた」本であり、2種の異植版があるという。そのうちの一は、「大東急記念
    文庫所蔵 古寫古版物語文学書総攬」所収のマイクロフィルムによって見ること
    ができる。

以上が、従来知られていた古活字版の『源氏物語』であるが、昭和48年、反町茂雄著『弘文荘古活字版目録』において、〈「古活字版の研究」未載の稀覯本。源氏の古活字版としては新出〉とされる新たな古活字版『源氏物語』が紹介された。

(五) 元和中刊本。久邇宮家旧蔵。同目録に拠れば「活字は元和九年富杜哥鑑刊行の「
    源氏物語」と酷似(恐らく同種)しており、行数・字詰等」も一致し、しかも元
    和9年版よりも慶長年間刊伝嵯峨本に忠実で、刊行は元和9年版に先立つもので
    あろう、という。本書の全貌は不明であるが、桐壷巻、第一丁表の写真が同目録
    に掲載されている。

4 九州大学本『古活字版源氏物語』

 ここに画像で全貌をを公開する九州大学文学部蔵『古活字版源氏物語』は、上記(五)、反町氏『古活字版図録』に紹介された新出 古活字版『源氏物語』元和中刊本と同一、もしくはそれに類する本として注目されるもので、その購入は昭和46年、『国書総目録』には未載の一本である。
 反町氏『古活字版目録』に掲載の、桐壺巻、第一丁表の写真と九大本の当該箇所を見較べてみると、両者は同版であると断言して差し支えないほど酷似している。しかし、2000丁を超える『源氏物語』のわずか一丁だけにもとづいて断定を下すわけにはいかない。
 さらに本書(九大本)の刊年等について、反町氏『古活字版目録』の所説にただちに従うことが躊躇されるのは、本書、胡蝶巻巻頭(図)が、昭和三年に出版 された金子元臣『定本源氏物語新解』中巻の口絵に載る、同氏蔵「寛永木活本」の同箇所(図)と酷似するという事実があるからである。
 本書使用の活字、刊年等の確定は、久邇宮家旧蔵本、金子氏蔵本などとの総合的な比較検討を待たなければならないであろう。

(九大本)
(金子氏蔵 寛永木活版)

 

解説 2/3

5 九州大学本『古活字版源氏物語』の本文

 今日残されている『源氏物語』伝本の圧倒的多数は、本解説第一章にいう「青表紙本」系統である。近世に出版された古活字版、さ らには絵入り整版本、『湖月抄』などの注釈書も例外ではない。しかしながら、一口に「青表紙本」といっても、その内部での本文の異同は少なくなく、範囲を さらに狭めて近世出版の版本に限っても、古活字版相互の、また古活字版と絵入り源氏との異同は相当あり、『源氏物語』本文の流動の実態はなかなか複雑であ る。
 九大本古活字版『源氏』の本文の性格を、第三章で挙げた寛永中刊の古活字版『源氏』との比較で示そう。なお、寛永刊古活字版は、「古写古版 物語文学書総瞰」所収の大東急記念文庫蔵本による。
 同じ古活字版『源氏』でも、寛永刊本は、伝嵯峨本や慶長刊十行本とはあきらかに活字を異にし、九大本とよく似た趣を有する本である。使用活字の近似に加 え、各行の字詰めまでがしばしば一致を見せる。桐壺巻を例にとれば、両者ともに各丁11行、25丁267行のうち、字詰めが異なるのは31箇所62行のみ で、それ以外の205行は使用活字相違はままあるものの、まったく同じ字詰めを呈している。
 この両者を全巻にわたって逐一比較したわけではないが、最終巻夢の浮橋の巻末の一葉も両者の字詰めは一致しており、おそらく全巻にわたってほぼ桐壺巻と同程度の一致が見られることが予想される。参考までに両者の桐壺巻の字詰め異同箇所を表1に示す。

(表1)

位置

九大本

寛永版

一表7
8
〜うらみをおふつもりにや
ありけん
〜うらみをおふつもり
にや有けん
二表10
11
〜この
君をはわたくし物に
〜この君
をはわたくし物に
三表6
7
〜なか/\
なる物思ひ
〜なか/\な
るもの思ひ
四表4
5
〜えそねみあへ給は
〜えそねみあへ給
はす
四表8
9
〜いとまさらにゆる
させ給はす
〜いとまさらにゆるさ
せ給はす
一二表4
5
〜うへの御あ
りさまなと
〜うへの御あり
さまなと
一二裏8
9
〜御返御らんす
れは
〜御返御覧すれ
一四裏5 
6
〜右近のつか
さの
〜右近のつかさ
一五表4
5
〜いとわりなきわ
さかなと
〜いとわりなき
わさかなと
一五表5
6
〜契りこそ
〜ちきり
こそは
一五表6
7
〜人のそしりうらみを
〜人のそしりうらみ
をも
一五表7
8
〜ふれたる事
をは
〜ふれたる事を
一五表8
9
〜かく世中
のことをも
〜かく世中の
ことをも
一五裏7
8
〜かきりこそありけれと
よの人も
〜かきりこそありけれとよ
のひとも
一六裏10
11
〜をきこしめし
〜をきこしめ
して
一七表4
5
〜あやしふ
国のおや
〜あやし
ふ国のおや
一七表5
6
〜にのほ
るへき
〜にのほる
へき
一七表6
7
〜みれは
みたれうれふる
〜見ればみだれ
うれふる
一七表7
8
〜かためと
なりて
〜かためとなり
一七表8
9
〜そのさう
たかふへし
〜其さうたかふ
へし
一七表9
10
〜かしこきはかせ
にていひかはしたる
〜かしこきはかせにて
いひかはしたる
一七表10
11
〜いとけうあり
ける文なと
〜いとけうありける
ふみなと
一七裏5
6
〜おほ
やけよりも
〜おほや
けよりも
一七裏6
7
〜をのつから事ひろ
こりて
〜をのつから事ひろこ
りて
二二表1
2
〜かしつき給ふ
御むすめ
〜かしつき給ふ御
むすめ
二二表2
3
〜おはしつわつ
らふことありける
〜おほしつわつら
ふことありける
二二裏1
2
〜命婦と
りて給ふ
〜命婦
とりて給ふ
二二裏2
3
〜御そひとくたり
れいのことなり
〜御そひとくた
りれいのことなり
二三表9
10
〜おはすれはにけ
なくはつかしと
〜おはすれはに
けなくはつかしと
二三裏4
5
〜をされ給へり御こ
ともあまた
〜をされた給へり
御こともあまた
二三裏5
6
〜蔵人の
少将
〜蔵人
の少将
二三裏6
7
〜おとゝの御中
はいと
〜おとゝの御
中はいと
二三裏9
10
〜源氏の君は
うへの
〜源氏の君
はうへの

                  

 酷似した版面にもかかわらず、時にこのような字詰めの違いが生じるのは、ひとつには本文の違いにもとづく字数の相違によるものである。たとえば、

    人の心をうこかし    (九大本、桐壺1丁表7行)
    人の心をのみうこかし  (寛永刊本、  同  )

のように。この類は桐壺巻で8箇所見出される(表2)。

(表2)
位 置

九 大 本

寛 永 版

一表7

人の心をうこかし 人の心をのみうこかし
二表11 わたくし物におもほし わたくし物におほゝし
二裏9 心ことにおもほし 心ことにおほゝし
三裏2 まさなき事もあり まさなき事ともあり
三裏10 <fontsize=3>御はかきの事 御はかまきの事
五裏4 <fontsize=3>おもほし おほほし
一四表4 <fontsize=3>命のほとそつきせす 命のいとそつきせす
二三裏9 あらましき あらまほしき

 また、漢字、仮名表記の別に由来する字数の増減もその原因として考えられる。たとえば、

    ときめき給   (九大本 1表3行)
    時めき給    (寛永刊本  同 )

のように。この類は桐壺巻中、58箇所を数える(表3)。

(表3)

位 置

九 大 本

寛 永 版

一表3

ときめき給 時めき給

4

めさましきもの めさましき物

8

にやありけん にや有けん

8

ものこゝろほそけに 物こゝろほそけに

一裏6

いとはしたなきこと いとはしたなき事

10

よのおほえ 世のおほえ

二表2

事とあるときは ことゝあるときは

6

御らんするに 御覧するに

11

かしつき給事 かしつき給こと

二裏4

なに事にも なにことにも

三表7

物思ひ もの思ひ

三裏3

又有とき 又ある時

10

みつになり給ふとし みつに成給ふとし

11

奉りしに たてまつりしに

四表5

世にいておはする 世に出おはする

7

そのとしの夏 その年の夏

9

年頃 とし頃

9

なり給へれは なりたまへれは

四裏5

御覧したに 御らんしたに

5

いふかたなく いふ方なく

10

きしかた行すゑ きしかたゆくすゑ

10

よろつの事を よろつのことを

五裏6

行きかふほとも ゆきかふ程も

一一裏7

よあかす 夜あかす

一二表5

聞ゆれは きこゆれは

9

まいらせ奉り給はぬなりけり 参らせたてまつり給はぬ也けり

一二裏3

御ものかたり 御物かたり

8

御らんすれは 御覧すれは

10

みたり心ちになん みたりこゝちになん

一四表1

花鳥の色 花鳥のいろ

一四裏6

殿井 との井

8

まとろませ給こと まとろませ給事

一五表5

契り ちきり

一五裏5

うけひくましきこと うけひくましき事

8

よの人 よのひと

一六表1

おほす事 おほすこと

一六裏4

いま

7

雲井 くも井

11

めさんこと めさん事

一七表5

くらゐ

6

みれは 見れは

7

うれふること うるふる事

8

そのさう 其さう

10

いひかはしたる事 いひかはしたること

11

文なと ふみなと

一七裏6

もの給はす 物給はす

7

もらさせ給はねと もらさせたまはねと

一九表6

みこと成給ひなは みことなり給ひなは

7

ものし給へば 物し給へば

二十表5

いとように給へりと いとよう似給へりと

9

心ちなんする こゝちなんする

二十裏4

そは/\しき故 そは/\しきゆへ

5

うちそへて 打そへて

二二裏1

御ろくの物 御ろくのもの

7

むらさきの色 むらさきのいろ

10

このおとゝの 此おとゝの

二三裏5

宮の御はらは 宮の御腹は

10

こころやすくさと こころやすく里

 しかし、九大本と寛永版との関係で注目すべきは、以上のようなむしろ微細といってもいいような相違の存在ではなく、両者の本文 が一致して、しかも同じ古活字の他本とは異なる箇所の存在である。ここでは、寛永版と同じく「古写古版 物語文学書総瞰」所収の大東急記念文庫蔵伝嵯峨本により、九大本、寛永版の本文が一致して、かつ伝嵯峨本とは異なる箇所を掲げる(表4)。

(表4)

   九大本・寛永版

    伝嵯峨本

 二表2

 四裏5

 七裏3

一三裏7

一四裏9

一五裏10

一八表5

一九表8

一九表10

一九裏6

二〇表4

二〇裏2

二一裏2

二一裏11

二二表10

二二表10

二四表11

二四裏1

二五表4

事とあるときは

いふかたなくかなしと

御恋しさをのみ

絵にかきたる

おもほしいつる

ねかひ給ふしるし

ならはせ給

おはしますを

みこなとも

御心さしの

はゝ宮す所の

おさなき心ち

いと心くるしけなるを

うつくしけそひ給へり

えあへしろひ

内侍のすけ

たゝおさなき

よろつつみなくおほしなして

たてまつりけりとそ

ことある時は

いふかたなく

御恋しさのみ

ゑにかける

おほしいつる

ねかひ給ししるし

ならはさせ給ふ

おはしますに

みこなと

御心さし

はゝみやす所は

おさな心ち

心くるしけなるを

うつくしけさそひ給へり

あへしらひ

内侍

たゝいまはおさなき

つみなくおほして

たてまつりけるとそ

 九大本に限らず古活字版『源氏物語』、さらには総じて近世版本の『源氏物語』の本文は、『源氏物語大成』校異篇からも窺い知ら れるとおり、青表紙本系統の中でも、三条西家本、肖柏本に近い本文を伝えることが多い。九大本においてもそれに該当する例はめずらしくない。次にあげる例 は、九大本・寛永版共通の本文であると同時に、『源氏物語大成』校異篇掲出青表紙本の肖柏本、三条西家本のみと共通し(ということは、今日一般に通行する 『大成』底本あるいは大島本とは異なる、ということである。)、かつその多くが伝嵯峨本古活字版、承応板本とも共通する、近世初期青表紙本の平均値を示す 本文である。

  「はか/\しき御うしろみ」(二表1)
  「けふりにも」      (六表8)
  「ことなれは」      (一五裏5)
  「まいれるか中に」    (一六裏10)
  「女みこたちと」     (一九表8)
  「けしきはみ給事」    (二二表8)
  「物あさやかなるに」   (二三裏1)
  「御ひとへ心に」     (二四表5)

 しかし、表4に掲げた伝嵯峨本と異なる九大本・寛永版共通本文は、たとえば、

  「いふかたなくかなしとおほさる」(四裏5)
  「おさなき心ち」        (二〇裏2)
  「よろつつみなく」       (二四裏1)

のように、河内本の本文である場合、また、

  「絵にかきたる」(一三裏7)

のように、別本の陽明文庫本、国冬本に一致する特異な本文を示す場合もあって、一筋縄ではいかない。
 とはいっても、後者、「絵にかきたる」の場合、九大本・寛永版(のもとになった本)が、直接、陽明文庫本や国冬本という由緒ある伝本に接触して、そのよ うな本文が発生したわけではおそらくない。『源氏物語大成』校異篇に収まる有力古写本中でこそ、陽明、国冬二本にしか見られないが、この「絵にかきたる」 形は、穂久邇文庫本、書陵部本(日本古典文学大系の底本、新典社刊の影印本あり)、久原文庫本(大東急記念文庫蔵)、『一葉抄』、版本『万水一露』等にも 見えて、ある時期までは、実はそれほどめずらしい本文でもなかったらしい。
 このあたりに、室町時代後期から近世初頭にかけての『源氏物語』の本文流転の複雑な様相を垣間見ることができる。

解説 3/3

6 九州大学蔵『古活字版源氏物語』の書き入れ

 九州大学蔵『古活字版源氏物語』には、第1帖「桐壺」から第29帖「行幸」までの本文に、句点、注記が施されている。注記は、 人物名の表示、語釈、他本との本文の異同表示を主とするが、前二者はさておき、他本との本文の異同表示がいかなる本を参照してなされたかは、必ずしも明ら かではない。
 たとえば、桐壺巻の、

  わた殿のこゝかしこ(三表11) → 「の」に「ナシ」と傍記
  又有ときには   (三裏3)  → 「に」に「ナシ」と傍記
  心みよとのみ   (四表10) → 「のみ」を見せ消ち
  こらんせまほしけれと(五裏11)→ 「いと」を傍記
  ありさまとはせ給 (一二裏7) → 「ありさま」の後に「を」を補入
  絵にかきたる   (一三裏7) → 「きた」を見せ消ちにして「け」を傍記
  おほして     (一八表1) → 「おほし」に「あはせ」を傍記
  人のきは     (一九裏4) → 「きは」の前に「御」を傍記
  うしろみ     (二二表5) → 「御」を傍記
  けしきはみ    (二二表8) → 後に「聞え」を傍記
  たゝおさなき   (二四表11)→ 「たゝ」の後に「今は」を傍記


のような書き入れは、承応版(絵入)、首書源氏、湖月抄の本文によって可能である。この三本は揃って上記書き入れの本文を有するからである。
 しかし、他方、九大本には、次のような上記版本には見られない本文の書き入れも見出される。例は同じく桐壺巻である。


  イ はしめより   (二裏1) → 語頭に「はゝ君は」を傍記
  ロ うへつほね   (三裏9) → 「うへ」の後に「の御」を傍記
  ハ おほしめすに  (五裏1) → 「しめすに」を見せ消ち、「せと」と傍記
  ニ にくみ給    (六裏10)→ 語頭に「やすからす」を補入
  ホ おもほし    (七裏3) → 語頭に「つきせす」と傍記
  ヘ 母君もとみに  (八表9) → 「母君も」の後に「あひ給へと」を補入
  ト いまはなを   (九表10)→ 語頭に「くちをしと」を傍記

 これらの書き入れ本文は、簡単に参照できる版本には見出されない本文である。後掲の桐壺巻書き入れ一覧の表によれば、(イ)の 書き入れ本文は河内本に見られる本文で、青表紙本では肖柏本がそれを有する。(ロ)は別本の国冬本、(ハ)(ニ)(ト)は河内本、別本にのみ見えて、青表 紙本には見出されない本文。また(へ)は別本の陽明文庫本のみ見える本文である。

桐壺巻書き入れ一覧表

位置 九大本 承応本 源氏大成本 大成校異
一表10
    
おもほして
 〃
おほゝして おもほして 【青】おもほして/おほゝして―肖三
二表11         
わたくし物におもほし
         〃
わたくしものにおほゝし わたくし物におもほし 【青】おもほし/おほゝし―肖三
二裏1 はゝ君
 はしめより
はじめより はしめより 【青】はしめより/はゝ君はしめより―肖 
【河】はしめより/はゝ君ははしめより―河 
【別】はしめより/はゝ君ははしめより―御陽麥
         /はゝ君もはしめより―國
三表 11     ナシ
わた殿のこゝかしこの
わた殿こゝかしこ わたとのゝこゝかしこ 【青】わたとのゝ/渡殿―肖三
【河】わたとのゝ/わたとの―河
三裏2       
まさなき事も
まさなきことゞも まさなきことも 【青】ことも/ことゝも―肖三
【別】ことも/ことゝも―御麥 事ともさへ―陽
三裏3      ナシ
又有ときには
又ある時は 又ある時には 【河】又ある時には/あるときは―河
【別】時には/ときは―國麥
三裏9   の御
うへつほね
うへつぼね うへつほね 【別】うへつほね/うへの御つほね―國
四表10 心みよとのみ
     〃〃
心みよと
心みよとのみ
【青】のみ/ナシ―肖
【別】のみ/ナシ―國
四裏2         
あるましきはちもこそ
あるまじきはぢもこそ あるましきはちもこそ
四裏6           ナシ
いふかたなくかなしと
       〃〃〃〃
いふかたなく いふ方なく 【別】かなしと―陽國麥
五表11     
たゆけれは
たゆげなれば たゆけなれは 【河】たゆけなれは/たゆけれは―宮
五裏1    せと
おほしめすに
  〃〃〃〃
おぼしめすに おほしめすに 【河】おほしめすに/おほせと―河
【別】おほしめすに/おほせと―陽麥
   おほしめすに/おほしめせと―國
五裏11 いと
こらんせまほしけれと
いと御らんぜまほしけれど  いと御覧せまほしけれと 【河】いと/ナシ―河
【別】いと/ナシ―陽麥
六表2  も  ナシ
おほゝしたらす
おもほしたらず おほしたらす 【青】おほしたらす/おもほしたゝす―肖おもほしたらす―三
【別】おほしたらす/おほしたえす―陽國
六裏4    
の給へれと
   〃
の給つれど の給ひつれと 【青】のたまひつれと/のたまへれと―大
【別】のたまひつれと/の給つれは―御/のたまへれと―陽/の給へと―麥
六裏10 やすからす
 にくみ給
にくみ給 にくみたまふ 【河】にくみたまふ/やすからすにくみたまふ―河 
【別】にくみ/やすからすにくみ―御陽麥 
七表9
 涙
なみだ  なみた
七裏3       
御恋しさをのみ
御こひしさ
             のみ 
御こひしさのみ 【青】こひしさのみ/こひしさをのみ―大
【河】御こひしさのみ/御こひしさをのみ―為
七裏3 つきせす
  おもほし
おもほし おもほし 【別】おもほしいてつゝ/つきせすおほしめしいてらるれは―陽
             /おもほし出られて―麥
七裏6      
つねより
つねより も  つねよりも
七裏8  
かやうの
かうやうの かうやうの 【青】かうやう/かやう―肖三
【別】かうやうの/かやうなる―陽
八表3       
あはれなる
      〃
あはれなり あはれなりや
八表9   あひ給へと
母君もとみに
はゝきみとみに  はゝ君もとみに 【別】はゝ君も/はゝ君あひたまへれと―陽
        /はゝ君あひ給えり―國
        /母君―麥
八表11             も
わけいり給につけて
わけ入給につけても  わけいり給につけても
八裏4         
しのひかたく
       〃
しのびがたう しのひかたう 【青】しのひかたう/しのひかたく―横
           /しのひかた(う―大
九表10 くちをしと
 いまはなを
いまはなを いまは猶 【河】いまは猶/くちおしくいまはなを―河
【別】いまは/くちをしくいまは―別
十表2     
くはしう
   〃
くはしく くはしう 【青】くはしう/くはしく―横肖三
【別】くはしう御ありさまも/御ありさまもくはしく―御陽麥
十表4           
おはしますらんに
          〃
おはしますらんを おはしますらんに 【青】おはしますらんに/おはしますらんを―肖三
十表8       も
ついてにのみ
     〃〃
つゐでにて ついてにて
十表9 〜生れし時 むまれし時 むまれし時 【別】むまれし時/むまれたまひし―陽
十裏4   
思ひ給へなから
  〃
おもふたまへなから 思給へなから 【青】思給へ/おもふたまへ―横肖三
【河】思給へなから/おもふ給へなから―大
十裏7   かましき
はちをかくしつゝ
はぢをかくしつゝ はちをかくしつゝ
十裏8   つ る
給めるを
給ふめりつるを 給ふめりつるを 【青】給ふめりつるを/給めるを―肖三
十裏11     られ
思給へ侍る
思ふ給へられ侍る 思ふ給へられ侍
一一表4 かく
なかゝるましき
ながゝるまじき なかゝるましき 【河】なかゝるましき/かくなかかるましき―河
            /かくなかるまし―御
            /かくかゝるましかりけるちきり―陽
            /かくなかゝるましきちきり―國
            /かくなかゝるましき―麥
一一表6     ナシ
この人の故にて
この人ゆへにて この人のゆへにて 【河】この人のゆへにて/この人ゆへにて―大
【別】人のゆへにて/人ゆへにて―麥
一一表10 いふ
ゆかしうなんと
ゆかしうなんと ゆかしうなんと
一一裏1    
御返し
   〃
御かへり 御返
一一裏11      
御かたみとて
御形見にとて 御かたみにとて
一二裏4 ていしのゐんに
亭子院の
亭子院の 亭子院の
一二裏7 ありさまとはせ給 有さまをとはせ給 ありさまとはせたまふ 【青】ありさま/ありさまを―肖三
一三裏7     け
絵にかきたる
    〃〃
ゑにかける ゑにかける 【別】かける/かきたる─陽國
一三裏9    すく
匂ひなし
にほひなし にほひすくなし 【青】すくなし/なし─肖三
一四表5          
虫のねにつけて物のみ
虫のねにつけてものゝみ むしのねにつけてものゝみ 【河】つけて/つけても─河
【別】つけて/つけても─別
一四裏4 おほしめしやりつゝ
    〃〃
おぼしやりつゝ おほしめしやりつゝ 【青】おほしめし/おほし─肖三
【河】おほしめしやりつゝ/おほしやりつゝ─河 
【別】おほしめしやりつゝ/おほしやりつゝ─御陽麥
              /おほしやりて─國
一四裏9  ナシ
おもほしいつる
 〃
おぼしいづる おほしいつる 【青】おほし/おもほし─肖三
【別】おほし/をもほし─陽
       /おもほし 國
一五表8  
世中
世のなか 世中 【河】世中/世の─河
【別】世中/世の─陽麥國
一五裏2   
いと
いとゞ いと 【河】いと/いとゝ─宮
【別】いと/いとゝ─國
一六裏7     ナシ
ふえののね
    〃
ふえのね ふえのね
一六裏9  
御さまなりける
御さまなりける 御さまなりける 【別】御さま/御ありさまになん―陽
一七表8   
天下たすくるかた
天下をたすくるかた 天下をたすくるかた 【青】天下を/天下―肖三
一七裏6      ナシ
おほくのもの
   のイ
おほくもの
おほくの物 【青】おほくの/おほく―横肖三
【河】おほくの/おほく―大
一八表1    あわせ
おほして
覚しあはせて おほして 【河】おほして/おもほしあはせて―河
【別】おほして/おほしあはせて―御麥
        /おほしめしあはせて―陽
一八表5   なと
さえを
ざえを さえを 【青】さえ/補入肖
【別】さえ/さえとも―國
一八表5    
ならはせ給
ならはさせ給ふ ならはさせ給 【青】ならはさせ/ならはせ―大
一八裏1  
さるへき人々を
さるべき人々を さるへき人/\ 【青】人/\/人/\を―肖三大
【河】人/\/人/\を―河
【別】人/\/人/\を―別
一九表1 ナシ
御かたち人
かたち人 御かたち人
一九表8         に
おはしますを
      〃
おはしますに おはしますに 【別】おはしますに/おはしますらんを―御陽麥
一九表10      ナシ
みこなとも
     〃
みこなど みこなと 【河】みこなと/宮なとも―河
【別】なと/なとも―御國麥
一九裏1        ナシ
なくさむへくなと
       〃〃
なくさむべく なくさむへくなと 【河】なと/と―河
【別】なと/と―御麥 ナシ―國
一九裏4   
人のきは
人の御きは 人の御きは 【青】御きは/御きは―池
          
       /御きは―肖
          
       /きは―三
一九裏6   も
人のゆるし
 〃
人もゆるし 人のゆるし 【青】人の/人も―肖三
【河】人の/人も―河
【別】人の/人も―麥
一九裏8     
こよなう
    〃
こよなく こよなう 【青】こよなう/こよなく―肖三
二十表4        
はゝ宮す所の
       〃
はゝみやす所は はゝみやす所も 【青】はゝみやす所も/はゝ宮す所は―肖三
【河】はゝみやす所も/はゝみやすところ―河
【別】はゝみやす所も/はゝみやす所―御
            /はゝ宮す所は―陽麥
二十表7         
まいらまほしく
        〃
まいらまほしう まいらまほしく 【青】まいらまほしく/まいらまほしう―肖三
二十表10     
らうたく
    〃
らうたう らうたく
二十裏2     ナシ
おさなき心ち
    〃
おさなごゝち おさな心地 【河】おさな心地にも/おさなき心ちにもうれしく思て―河
【別】おさな心地にも/をさなき心ちにも―御
            /ゝ(ヲ)さな心ちにうれしうおもひて―陽
            /ゝ(ヲ)さなき心ちにうれしくおもひて―國
            /おさなき心ちにもうれしく思て―麥
二一表8  ナシ     
ひんかしむきにいし
ひがしむきにいし ひんかしむきにいし 【河】いし/御いし―河
二一表10         そ
さるのときにて源氏
        〃
さるの時にて源氏 さるの時にて源氏 【河】さるの時にて/時なりて―河
二一裏2 ナシ
いと心くるしけなるを
〃〃
心ぐるしげなるを 心くるしけなるを 【河】心ぐるしげなるを/心くるしけなり―河
二一裏6       
給ふさまに
      〃
給ふさまに 給さまに 【河】さまに/さまにそ―河
【別】さまに/さま―御/さまを―陽/御さまに―國/にそ―麥
二一裏8      を
ありつるむかしの
ありつるをむかしの ありつるむかしの 【河】ありつる/ありける―河
【別】ありつる/ありけん―國/有ける―麥
二一裏11      
うつくしけそひ給へり
うつくしげさそひ給へり うつくしけさそひ給へり 【別】うつくしけさ/うつくしさ―陽
二二表5
うしろみ
御うしろみ うしろみ 【青】うしろみ/御うしろみ―三
【河】うしろみ/御うしろみ―為大
二二表8        聞え
けしきはみ
けしきばみ聞え けしきはみきこえ 【青】けしきはみきこえ/けしきはみ―肖三
【河】けしきはみ―河
【別】けしきはみきこえ/けしきはみ―陽麥
二二表9       ナシ
ともかくもえあへしらひ
      〃
ともかくもあへしらひ ともかくもあへしらひ 【青】あへしらひ/えあへ(ひ)しらひ―横
          /えあへしらひ―肖三
          /あいしらひ―御陽國
二二表10     ナシ
内侍のすけ宣旨
   〃〃〃
内侍宣旨 内侍せむし 【別】内侍せむしうけたまはりつたへて/ナシ―國
二三表10    
おほいたり
  〃
おぼいたり おほいたり 【青】おほいたり/おほいたり―肖
              
二三表11    
 ひとつきさいはら
ひとつきさいばら ひとつきさいはら 【青】ひとつきさいはら/御ひとつきさいはら―肖
【別】内のひとつきさいはらになん
  /みかとの御きさきはらのみこにてたうたいの御いもうとに―陽
  /みかとの御ひとつきさきはらのみこにてたうたいの御いもうとにて―國
  /みかとのひとつ御后はらになん―麥
二三裏4       
御いきをひ物にも
御いきほひはものにも 御いきをひは物にも
二三裏8      給り
あはせ奉り
    〃〃
あはせ給へり あはせ給へり 【河】あはせ給へり/あはせたてまつり給て―河
【別】給へり/たてまつり給―御
       /たてまつり給て―陽麥
       /たてまつり給へり―國
二三裏9     ほ
あらましき
あらまほしき あらまほしき 【別】あらまほしき/あらまほろしき―麥
二三裏11 たゝ藤つほ
〃〃
たゞふぢつぼ たゝふちつほ 【青】たゝ/ナシ―肖三
二四表2
    
にるものなくも
  〃〃
にるひとなくも にる人なくも 【河】にる人なくも/こゝらみるよにありかたく―河
【別】にる人なくも/よにゝる人なくも―陽
          /にたる人なくも―國
          /こゝらみるよにありかたく―麥
二四表10         ナシ
おほいとのには
おほいとのに おほいとのに 【青】おほいとの/大臣との―横
【別】おほいとのに/大とのには―陽
二四表11      
たえ/\
たえ/\ たえ/\に 【青】たえ/\に/たえ/\に―大
【別】たえ/\にまかて/たえ/\まて―麥
二四表11   今は
たゝおさなき
たゞいまはおさなき たゝいまはおさなき 【別】たゝいまは/たゝいま―御
二四裏1  ナシ
よろつつみなく
〃〃〃ナシ
おほしなして
    〃〃
つみなくおぼして つみなくおほしなして 【河】つみなく/よろつつみなく―河
【別】つみなく/よろつをつみなく―陽麥
        /よろつゝみなく―國
二四裏6     ナシ    /\
みやすむ所の御かたの
           
みやす所の御かた/\の
みやす所の御方の 【青】御方の/御かたくの―肖三
【河】はゝみやす所/こみやすところ―河
【別】はみやす所の御方の/こ宮す所の御かたの―陽麥
                /この御かたにはこみやす所の―國
二五表4      
たてまつりけりとそ
たてまつりけるとぞ たてまつりけるとそ 【別】たてまつりけるとそ/たてまつりたる名なりとそ―陽

 このような本文の書き入れが、尾州家本、陽明文庫本、国冬本といった『源氏物語大成』校異篇の校異に採用された由緒ある河内本 や別本の伝本を直接参照してなされたものであるとは、とうてい考えられない。これら河内本や別本の本文を混在させた伝本があって、そのような本を見て九大 本所持者は書き入れをしたのであろうか。
 この問題は桐壺巻だけの調査では結論を出すには至らない。今後の調査が必要である。


  付記 本解説の執筆にあたっては、本文調査、図表作成等において、次の各氏の協力を得た。記して謝意を表する。

安藤陽子 大西由美子 菅谷彩子 杉浦綾 竹内梨恵 西川ふみ 富家朋子 波多野真理子