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日本古典籍 所蔵資料解説: 太平記 平仮名絵入本

附属図書館研究開発室等の事業において電子化された日本古典籍を中心とする資料とその解説をまとめたものです。また、活字本の対応ページから検索できる資料もあります。

「平仮名絵入太平記(大本)」解説

附属図書館研究開発室特別研究員 田村 隆

附属図書館研究開発室特別研究員 今西祐一郎

 

 

昨年度の古活字版『太平記』に続き、平成21年度は、附属図書館広瀬文庫所蔵の『太平記』絵入板本の画像データベースを作成した。
  『太平記』の板本は、古活字版15種の他に、元和期以降、整版によっても多数刊行された。日東寺慶治「太平記整版の研究」(長谷川端編『太平記とその周辺』新典社、平成6年)によれば、整版の『太平記』は以下の8種に大別されるという。

  • A 元和8年刊本系
    • A-1 元和8年刊(覆慶長元和中刊古活字版)
    • A-2 寛永8年刊(覆元和8年刊)
    • A-3 貞享元年刊(覆〔江戸前期〕刊)
    • A-4 嘉永元年刊(覆寛永8年刊)
    • A'  無刊記
  • B 万治3年刊本系
    • B-1 万治3年刊
    • B-2 天和元年修
  • C 寛文4年刊本系
    • C-1 寛文4年刊
    • C-2 延宝4年印
  • D 寛文11年刊本系
    • D-1 寛文11年刊
    • D-2a 貞享5年印  2b 貞享5年印(後印)
    • D-3 貞享3年刊(覆寛文11年刊)
    • D-4 元禄4年印
    • D-5 宝永3年印
    • D-6 享保7年印
  • E 延宝8年刊本
  • F 元禄10年刊本
  • G 元禄11年刊本
  • H 寛文頃刊無刊記本

 8種のうち、A~Dの4種についてはそれぞれ複数の後印本が出されている。刊・印・修の区別については中野三敏『書誌学談義 江戸の板本』(岩波書店、平成7年)の第9章に詳しく、「版」は「板木が彫りあげられ、その板木によって刷りあげられた本が、最初に刊行された時点」、「印」は「書誌学用語としての「印」はその本が実際に刷りあげられた時点」、「修」は「彫り上って完成した板木に、その後何らかの故障が生じたり、改修の必要が生じて、全面改刻ではなく、部分的に修訂を施した時点」を指すと定義される。
 今回の平仮名絵入本(請求記号548/タ/3)は、このうちの、「H 寛文頃刊無刊記本」に属する。平仮名の絵入本で大本の体裁をとるものはこの一種のみである。巻40の末尾には、「此一部之筆者里兵衛書之」という一行の奥書があるが、「里兵衛」が何者であるかは不明。日東寺慶治氏によって内閣文庫、大阪府立中之島図書館、宮内庁書陵部、長谷川端氏の所蔵が報告され、武田昌憲「『太平記』整版本―刊記本と絵入本、重量、厚さ等についての覚え書き―」(『茨城女子短期大学紀要』18号、平成3年3月)により、宮城県図書館伊達文庫、お茶の水図書館成簣堂文庫にも所蔵されることが新たに指摘された。
 武田氏の計測によれば、大方の伝本は縦27㎝、横20㎝程度の一般的な大本の寸法であるのに対し、中之島図書館本のみは縦29.2㎝、横20.8㎝と一回り大きいという。九大本の寸法も縦29.2㎝、横20.6㎝とこれに近い。表紙も紺紙に金泥で菖蒲が描かれたもので、その豪華な作りから配り本などの用途が想像される。

          

 漢字平仮名交じりで振仮名を持つ点は、古活字版のうちの三種、すなわち慶長14年版・寛永元年版・慶安3年版と同じだが、どの版と比べても小さな異同は多く、古活字版のいずれかを底本に平仮名絵入本が制作されたとは考えにくい。ただし、試みに古活字版三種と平仮名絵入本の巻1本文を順に並べてみると、ある一つの傾向は窺える。

あんきの来由を察するに、  (慶長14年版)
あんきの来由を察するに、  (寛永元年版)
あんきの来由を密するに、  (慶安3年版) *「密」は誤刻であろう。
安危の来由を見るに、    (絵入本・2オ)
殷の紂はぼくやにはいす。  (慶長14年版)
殷の紂はぼくやにはいす。  (寛永元年版)
殷の紂はぼくやにやぶらる。 (慶安3年版) 
殷の紂は牧野にやぶらる。  (絵入本・2オ)
せうせうたるくらき雨のまとをうつこゑ (慶長14年版)
せうせうたるくらき雨のまどをうつこゑ (寛永元年版)
せうせうたるよるの雨のまとをうつこゑ (慶安3年版)
蕭々たる暗雨(よるのあめ)の窓をうつこゑ  (絵入本・8ウ)
幸すれば席を専にし給ふ。       (慶長14年版)
幸すれば席を専(もつはら)にし給ふ。   (寛永元年版)
幸すれば席を専(ほしいまゝ)にし給ふ。   (慶安3年版)
幸すれば席をほしいまゝにし給ふ。      (絵入本・9オ)
たのしみていんせす、あはれみてやぶらす。  (慶長14年版)
たのしみていんせす、あはれみてやぶらず。  (寛永元年版)
たのしみていんせす、かなしみてやぶらす。  (慶安3年版)
たのしんて淫せず、かなしんてやぶらず。 (絵入本・9ウ)
みまやのうしろをめくりて、 (慶長14年版)
みまやのうしろをめくりて、 (寛永元年版)
むまやのうしろをまはつて、 (慶安3年版)
むまやのうしろをまはつて、 (絵入本・19ウ)

 すなわち、平仮名による古活字版三種のうち、最後に刊行された慶安3年版とのみ一致する例が散見されるのである。平仮名絵入本は慶安3年版に比較的近い本文を持っていることがわかる。またこの平仮名絵入本の本文は後続の元禄11年版とも近く、近世前期における平仮名本『太平記』の系譜を考える上で興味深い。
 加えて本書は、奈良絵本の『太平記』とも関連が認められる。石川透『奈良絵本・絵巻の生成』(三弥井書店、平成15年)には、永青文庫所蔵の奈良絵本『太平記』(83冊)が紹介されている。40巻を各巻2冊ずつに仕立てられ、書写者は朝倉重賢と推測されている写本だが、氏によればこの奈良絵本は平仮名絵入本を写したものと考えられるという。奈良絵本の底本となった板本としては、渋川版『御伽草子』をはじめ、嵯峨本『伊勢物語』、万治3年版『うつほ物語』などが知られるが、本書も古典作品における「板本→奈良絵本」の流れを裏付けるものである。その他、『太平記』の絵本・絵巻については、長坂成行『伝存太平記写本総覧』(和泉書院、平成20年)にも言及がある。
 尚、本データベースの検索システムの底本には、昨年度同様、後藤丹治・釜田喜三郎校注の「日本古典文学大系」を使用した。底本は慶長8年刊行の古活字版である。大系の巻・頁数を入力すれば、対応する平仮名絵入本の画像が表示される。古活字版・平仮名絵入本の横断的な検索方法については凡例を参照されたい。

 広瀬文庫は、かつて福岡の地に存在した私立福岡図書館の旧蔵書であり、本書は他の8000冊余の書物と共に、昭和23年3月31日に本学へ受け入れられた。福岡図書館は明治35年10月17日に「福岡市荒戸町71番地出雲大社教福岡分院境内」に開館し、館長は設置の中心人物であった広瀬玄鋹(安政2~大正5年)が務めた。福岡図書館時代の図書目録が本学附属図書館に今も残り、そこには以下のごとく本書の名も見える(左頁の4点目)。


(『福岡図書館図書目録』)

 福岡図書館については筑紫豊「私立福岡図書館館史」(『図書館学』第6号、昭和33年)に詳しく、本解説もこれによった。また、福岡図書館および広瀬文庫の目録は、本学附属図書館のホームページ上に公開されているので併せて利用されたい。