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日本古典籍 所蔵資料解説: 今昔物語

附属図書館研究開発室等の事業において電子化された日本古典籍を中心とする資料とその解説をまとめたものです。また、活字本の対応ページから検索できる資料もあります。

解説

附属図書館研究開発室特別研究員 田村 隆

附属図書館研究開発室特別研究員 今西祐一郎

 

 

 本学附属図書館では研究開発室事業の一環として毎年一点乃至二点ずつ、所蔵古典籍の電子化を進めてきた。本年度(平成23年度)は『今昔物語』の写本30冊の画像データベースを公開する。

 『今昔物語』はそのほとんどが写本で伝わった。最古の写本は京都大学附属図書館が所蔵する鈴鹿家旧蔵本(鈴鹿本)で、平安時代末期もしくは鎌倉時代初期の書写とされるこの写本は国宝に指定されている。『今昔物語』の板本が刊行されたのは享保18(1733)年に刊行された井沢幡竜考訂の『考訂今昔物語』30巻のただ一度のみ。しかも、それは天竺・震旦・本朝の三部のうち本朝部のみの刊行で、題箋にも「和朝今昔物語」とある。この板本は本学附属図書館にも二部所蔵される。

 ここに画像データベースを公開する『今昔物語』は、近世中期頃の書写と思われる比較的新しい写本である。本書の形態的な注意点を二つ挙げておく。

 一つは、30冊の中で(全31巻のうち巻30を欠く)、巻31のみ他の29冊と素性が異なるという点である。表紙からして、色は似ているが刷毛目の意匠が違うのを以下の図版で確認されたい。外題の筆跡も異なる。

  


 

巻1                  巻31


  

 本文を見比べても、筆跡および字配りが全く異なっている。


  

巻1


 


 

巻31


  

 また、巻31にのみ「小山文庫」の印記がない。これは幕末から明治にかけての文人、小山聴雨(おやま・ちょうう)の蔵書印である。聴雨(名は川蔭)は肥後飽田郡の生まれで、長瀬真幸や中島広足等の肥後歌壇に属す。明治29年に没した。蔵書印の有無を考え合わせると、巻31は聴雨の旧蔵書ではなく、後に補われた取り合わせ本ということになろう。巻31の末尾には朱書で「此一冊欠以丹鶴叢書存本補之 安田貞方謄写」とある。安田貞方もまた肥後熊本の人である。丹鶴叢書の『今昔物語』は「仏教大学図書館電子資料庫」に画像データベースが公開されているので本書と見比べたところ、たしかに両者は一致し丹鶴叢書本を写したものであることが確認できた。聴雨旧蔵本を入手した安田貞方が巻31を補ったという経緯が想像される。

 今一つは、九大本の表紙に記された巻序は内題のそれと必ずしも一致しないという点である。『今昔物語』は原欠とされる巻があるため(巻8・18・21)、一段と複雑である。就中、本書の巻19(内題欠)は巻13「修行僧義睿値大峰持経仙語」の内容であり注意を要する。巻19(通行本では巻18)は原欠とされている巻であり、巻13の内容を誤ってここに補ったものと思われる。この巻のことは、本書に挟み込まれた以下の紙片にも書き留められている。「有不記巻第何一本、本朝仏法之一巻也」とある一冊がそれであろう。


 

 通行の巻序はむしろ内題に記されたものと近いので、閲覧の便を図って以下に九大本の巻序(外題)、その内題の巻序、比較参照用として「新日本古典文学大系」の巻序の対応表を掲げておく。九大本は原欠の巻の他、巻23をも欠いていることが確認される。



 本文の検討は後考に俟ちたいが、たとえば芥川龍之介『羅生門』の原拠として有名な、巻28(通行本では巻29)「羅城門登上層見死人盗人語第十八」の本文を鈴鹿本と比較してみると、次のような異同が散見された。

【九大本】 【鈴鹿本】
暮サリケレハ 明カリケレハ
侍立テケルニ 待立テリケルニ
数来タル者 数来タル音
恐レテ 恐シテ
己ハ 己ハ己ハ
死人ノ骸ヲ 死人ノ骸骨ソ
多カリケリ 多カリケル
遣ケル 置ケル


  

 特に文脈上の相違はないが、九大本には所々誤写が散見される(その一部については朱書の書入により訂正されている)。「暮ザリケレバ」と「明カリケレバ」についてはほぼ同じ事態を異なる表現で記しており、このような例も含めた全巻にわたる異同の調査は今後の課題としたい。

 尚、本学附属図書館が他に所蔵する『今昔物語』関連の書物としては、萩野文庫所蔵の『今昔物語抄』が広く知られ、本書は和泉書院影印叢刊の一冊として平成4年に複製されている。


 


 

 先にも触れたように、本書には「小山文庫」の印が捺される。本書受入の際に記録された附属図書館の図書原簿に「河島豊太郎」の名があるので、熊本上通町の古書肆舒文堂河島書店から購入したものと思われる。小山聴雨も安田貞方も肥後の人であるから、熊本の古書肆という点も納得がいく。

 他に、中央図書館所蔵の『平家物語』や文学部所蔵の『手枕』にも「小山文庫」の印記が見える。『平家物語』は昭和4年、『手枕』は昭和7年に『今昔物語』と同様に舒文堂から購入している。また、舒文堂の最新の目録(平成23年7月)に掲載されている『花の閑理祢』の図版にもやはり「小山文庫」とあるので、現在でもなお小山文庫の旧蔵書が残っていることが知られる。「小山文庫」に関する調査は、附属図書館資料整備室図書目録係の山根泰志氏の協力を得た。

 本データベースの検索システムの底本には、今野達校注の「新日本古典文学大系」を使用した。底本には鈴鹿本のほか、巻により東京大学文学部国語研究室蔵紅梅文庫旧蔵本など複数の写本が用いられている。新大系の巻・頁数を入力すれば、対応する九大本の画像が表示される。上述のごとく巻序が通行本と一致しない箇所があるため、画像の閲覧にはこの検索機能を利用されたい。