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日本古典籍 所蔵資料解説: 太平記 古活字版

附属図書館研究開発室等の事業において電子化された日本古典籍を中心とする資料とその解説をまとめたものです。また、活字本の対応ページから検索できる資料もあります。

古活字版「太平記」解説

附属図書館研究開発室特別研究員 田村 隆

附属図書館研究開発室員・人文科学研究院教授 今西祐一郎 

 

 

 平成20年度は、寛永元(1624)年に刊行された古活字版『太平記』の画像データベースを作成した。

 本学が所蔵する古活字版のうち、これまでに附属図書館研究開発室において、

  • 源氏物語(平成11年度)
  • 枕草子(平成12年度)
  • 宇津保物語(平成18年度)
  • 栄花物語(平成19年度)

の4作品がすでに画像データベース化されている。『枕草子』は3種、『宇津保物語』も2種、『栄花物語』は1種、この中では版種の最も多い『源氏物語』でさえも、7種にとどまる。それに比して『太平記』の古活字版は実に15種を数える。川瀬一馬『増補古活字版之研究』(The Antiquarian Booksellers Association of Japan、昭和42年)によれば、「国文学書中最も早く開板せられ、重版の数も最も多い」という。

 古活字版の『太平記』には片仮名で書かれたものと平仮名で書かれたものとがある。諸本の伝存状況については『増補古活字版之研究』によって一覧できるようになったが、その成果をふまえて近年、小秋元段氏によって詳細な調査が進められ、以下のような15種類の版があることが報告された。所蔵機関の記載と併せ、『太平記と古活字版の時代』(新典社、平成18年)より引用する。

片仮名本

  1. 慶長7年刊本 成簣
  2. 慶長8年刊本 早大・東洋・鎌田・栗田
  3. 慶長10年刊本 大東急・慶大・成簣・尊経・大谷大
  4. 慶長12年刊本 国会・広島大
  5. 慶長15年刊本 大東急・斯道・尊経・宮書・成簣・中之島・天理・筑波大・河野・立命館・布施
  6. 元和2年刊本 龍門・天理・東大・内閣・東北大
  7. 無刊記双辺甲種本 都立中央・天理・青学大
  8. 無刊記双辺乙種本 大東急・中京大
  9. 無刊記双辺丙種本 国文研
  10. 無刊記双辺丁種本 架蔵(零本)
  11. 無刊記単辺本(慶長12年以前刊本) 龍門・斯道・陽明
  12. 乱版 天理

平仮名本

  1. 慶長14年刊本 内閣・岩瀬
  2. 寛永元年刊本 京大・九大・成簣・中京大・国文研
  3. 慶安三年刊本 大東急・高知県立図・宮書

  本学附属図書館が所蔵するのは平仮名本三種のうちの、「14.寛永元年刊本」である。刊記に「于時寛永元年南呂下旬 開板之」とある。平仮名本自体3種と少なく、寛永元年版についても揃本としては他に京都大学・成簣堂文庫・中京大学・国文学研究資料館の4機関のみが所蔵する。版面も美しく、『弘文荘古活字版目録』はこの版を、「版式よく整い、一見堂々、精良な整版の如くである。寛永中のかな交り本としては最善のものゝ一」と評している。

 九大本(請求記号546/タ/6)の書誌を同じく小秋元氏の著書より引用する。

原装丹空押雷文繋牡丹唐草文様表紙(二八・九×二〇・八糎)、金地金銀泥草花模様題簽に「太平記第一(―四十)」と書す。朱引・朱句点、章段名の上に朱の○印を附す。僅かに朱の振仮名あり。巻四十後見返に「境知貞/此書境家秘物也/但四拾冊物一ヨリ四拾冊目迄」と墨書。印記「境/知貞」「熊本上通二丁目書舗川日屋只次郎」。

  寛永元年版の表紙には丹表紙の上製本と焦茶色表紙の並製本の二種があることを小秋元氏は指摘しているが、この書誌情報にもあるように九大本は丹表紙である。また、40巻のうち巻15の第46丁のみは補写(金英燦氏の指摘による)。本文を検討したが、寛永元年版や他の平仮名古活字版を写したものとは思われない。

      

  尚、印記について小秋元氏は「熊本上通二丁目書舗川日屋只次郎」と記すが、「川日屋只次郎」については正しくは「川口屋又次郎」であろう。本書は目録カードおよび受入原簿に「河島豊太郎」の名が見えることから、熊本上通町の古書肆舒文堂河島書店から購入したものと思われる。同店のホームページによれば、明治36年に二代目河島豊太郎氏が店を継ぎ、昭和8年に亡くなっている。当初の屋号は「川口屋又次郎」と称したとも記されており、本書に捺される蔵書印もこの屋号を示すものであろう。

 寛永元年版の本文は、先行する慶長14年版に極めて近い。試みに巻1について平仮名本の嚆矢たる慶長14年版(内閣文庫蔵本のマイクロフィルム複写による)と比べてみると、変体仮名の字母に至るまで、かなりの部分で一致する。川瀬氏が「活字の様式が若干趣きを失つた他は、版型等全く相似してゐる」とする通りである。ただし、慶長14年版が10行であるのに対し寛永元年版は11行で、その点は異なる。

 それから、古活字版『太平記』の大きな特徴として、「附訓活字」が挙げられる。前述の川瀬氏『増補古活字版之研究』によれば、漢字の活字に平仮名による附訓、すなわち訓み仮名を伴った活字は『太平記』において初めて用いられたという。

 寛永元年版ではこの附訓活字が大幅に増えている。たとえば、序についてだけ見ても、慶長14年版に見られる平仮名の附訓活字は、

蒙(もう)・夏(か)・桀(けつ)・殷(いん)・紂(ちう)・趙(てう)高・既往(きわう)

の7語であるが、寛永元年版では、

蒙 (もう)・古今(ここん)・来由(らいゆう)・察(さつ)・外(ほか)・徳(とく)・明君(めいくん)・国家(こつか)・地(ち)・道(みち)・良臣(りやうしん)・位(くらい)・夏(か)・桀(けつ)・殷(いん)・紂(ちう)・威(い)・趙高(てうかう)・禄山(ろくさん)・前聖(ぜんせい)・法(ほう)・将(しやう)来・既往(きわう)

の23語に増えており、その多寡は歴然である。慶長14年版で初めて導入された附訓活字が、寛永元年版に至ってさらに拡充された様子が見て取れる。そして、後続の慶安3年版においても、この寛永元年版の附訓活字を襲用していることを川瀬氏や小秋元氏が指摘している。慶安3年版の本文は、『大東急記念文庫所蔵古写古版物語文学総瞰』(R67)所収のマイクロフィルムによって確認できる。

 因みに、これらの古活字版を基に多くの整版本も刊行された。『国書総目録』には以下の諸版が挙げられている。

元和年間版・寛永8年版・明暦年間版・万治3年版・寛文4年版・寛文11年版・延宝4年版・延宝8年版・天和元年版・貞享5年版・元禄4年版・元禄10年版・元禄11年版・元禄12年版・元禄年間版・宝永3年版・享保7年版・嘉永元年版・無刊記版

  本学にはそのうち、広瀬文庫所蔵の絵入無刊記版、松涛文庫所蔵の同じく無刊記版、支子文庫所蔵の元禄11年版が備わるが、特に絵入無刊記本41冊(請求記号548/タ/3)は刷りも鮮明で堂々たる一本である。漢字平仮名交じりで古活字版の本文に概ね一致するが、細部においては巻1を検するかぎりでも表現や仮名遣の相違が散見され、直接底本に用いられたとは考えにくい。もとより全巻通しての調査ではなく、古活字版が後続の板本に与えた影響については引き続き検討を要する。

    

 尚、本データベースの検索システムの底本には、後藤丹治・釜田喜三郎校注の「日本古典文学大系」を使用した。底本は慶長8年刊行の古活字版である。大系の巻・頁数を入力すれば、対応する寛永元年版の画像が表示される。