皆さんは、エレベーターの開閉ボタンを押し間違えたことはありませんか?
ブラインドを開ける時、どちらの紐を引っ張ればよいか迷ったことはありませんか?
玄関の照明をつけようと、リビングの照明のスイッチを誤って押したことはありませんか?
これらの事例はよくあることですが、決してユーザーが悪いのではなく、
ユーザーに使い方や機能をきちんと可視化できていない、わかりづらいデザインが原因だと私は思っています。
「どちらの紐を引っ張ればブラインドを開けれるでしょうか?」
「この扉押して開けるのか、引いて開けるのか、どちらでしょうか?」
「どちらが左耳用でどちらが右耳用でしょうか?」
こちらはよく見れば、開けるボタンなのか閉まるボタンなのかはわかります。
しかし、扉が閉まりかけた時に急に人が入ろうと駆けてきて、
「急いで開ける時に間違って閉まるボタンを押したことはないでしょうか?」
私は大学院で修士研究として、このようなユーザーが正しく行為を出来ていない製品とそのデザインについて研究しています。
私の研究では、人とモノの間で上手くコミュニケーションが出来ていないのではないかと考えていて、モノが人に発している情報について探求しています。
私は、ユーザーが「二者択一」の状況で不適切な行為をしてしまう状況に限定し、研究を行っています。
一言に「二者択一」と言っても多種多様です。
そこで私は二者の違いに注目し、分析しました。
上で述べたわかりづらいデザインの例を分析してみます。
ブラインドを開ける際に、どちらの紐を引けば良いか迷う場合
この場合、(実際には一本ですが)二本の紐という択一が起きています。
あるいは、紐を引っ張る向きの択一とも言えます。
誰もがどちらかを引けばブラインドが開き、もう片方を引けば閉まると知っているにも関わらず、どちらを引けば良いかは区別ができません。
ユーザーである私たちに原因があるわけではなく、区別する術がないのが問題です。
車庫のシャッターはどうでしょう??
*画像:車庫の電動シャッターと手動シャッターの違い。おすすめな理由と商品紹介 - 住まいるオスカーのリフォーム https://www.smile-oscar.jp/reform/blog/14511(2020年1月16日参照)
直接シャッターを持ち上げて開けたり、つっかえ棒を用いてシャッターを閉めます。
間違えようがないはずです。
車庫のシャッターもブラインドも似たようなものですが、何の差があるのでしょうか?
デザインや認知科学の業界用語で、「あるモノがどう動くかについての説明」という意味で『概念モデル』という言葉があります。
車庫のシャッターの場合は、直接シャッターを持ち上げたり下ろしたりするのに対し、
ブラインドの場合は、ユーザーが紐を引き、ブラインドの上部の機構がその力を利用してブラインドを巻き上げます。
そのため、ユーザーの行為の向きとブラインドの向きが揃っていません。
車庫のシャッターの場合、「概念モデル」が明瞭です。
一方、ブラインドの場合は、「概念モデル」が理解しにくいです。
そうなると、ユーザーはどう動けば良いかイメージしづらいのです。
デザイナーは製品をデザインする時に、単に美しいからと言った理由のみで製品を設計すると、
ユーザーにとって使いづらいものになってしまいます。
では、押し戸なのか引き戸なのか間違ってしまう事例を見てみます。
この場合、ドアを前に押すのか手前に引くのかという行為の向きの択一が起きています。
しかし、このトイレのドアはどうでしょう?
取っ手がありません。
その代わりに、板がドアに貼ってあります。
業界用語で『あるモノとその人との関係を教えてくれるサイン』という意味の『シグニファイア』という言葉があります。
トイレのドアの場合、「ユーザーがドアを引く」という関係は想起されません。
「ユーザーがドアを押す」という関係のみがユーザーに知覚され、間違える可能性がぐんと低くなります。
*画像:Purehold PUSH - Antibacterial Door Push Plate:https://purehold.co.uk/products/purehold-push-antibacterial-door-push-plate(2020年1月16日参照)
病院では患者を運ぶ際など、一分一秒が文字通り命取りとなります。
そのような状況で、頻繁にドアの押し引きを間違えては大問題です。
そのため、病院のいくつかのドアには取っ手がありません。
その代わり、どちらから出入りしても押し戸になるドアを採用しています。
そうすると、両手が塞がっていても少し体や荷物でドアを押せば、ドアを開けることができます。
また、いつも使う家の中のドアだったら、『慣れ』で間違えることはないかもしれません。
それぞれのユーザーに累積された経験が解決する場合もあれば、
その経験や文化背景の違いから問題を引き起こす場合もあります。
暮らしのモノのデザインをするデザイナーにとって、文化や暮らし、人の特性を知ることは、とても重要な場合が多いです。
イヤホンの場合
イヤホンのように、左右対称で差異を区別できないものは世の中にたくさんあります。
工業製品は、基本的に大量生産を前提に作られているものが多いので、効率を考え、
シンメトリーなデザインで、部品もほぼ同じという状況が多いと言えます。
製品のデザインをするプロダクトデザイナーは、使いやすさだけではなく、製造工程や素材、
製造コスト、組み立てのプロセスなども考慮する必要があります。
そのため、択一を起こしてしまう課題を抱えたままのデザインが実際には多いのが現状です。
ちなみに、製造工程や素材、製造コスト、組み立てのプロセスなど工業製品の文脈を専門とするデザイナーを、
インダストリアルデザイナー(工業デザイナー)とも呼びます。
エレベーターの開閉ボタンの場合
現在のエレベーターのシステムでは、「閉まるボタン」を押さずとも扉が閉まるようになっています。
私は以前ドイツに交換留学していたのですが、
ドイツなどヨーロッパのエレベーターには「閉まるボタン」がなく「開けるボタン」のみ設置されている場合がありました。
「閉まるボタン」がないと択一がないので私個人はとてもドイツのエレベーターが好きでした。
しかし、世の中にはせっかちな人が多いのでしょう。
過去に私が「閉まるボタン」を排除したエレベーターを提案した際、日本の友人や中国の友人から非難を浴びることとなりました。
やはり、ユーザーの心理なくしてデザインはできないと痛感しました。
ですが、ボタンを排除せずとも、ボタンの配置や大きさ、形、アイコンは変える必要があると考えています。
上のイラストは、僕が以前エレベーターの開閉ボタンの代替案を提案した時のものです。
どう思いますか??
時に、議論は言葉だけでもできますが、実際に作ってみたりイメージ図を作ったりすることで
よりリアルに体験でき、議論が活発化することがあります。
デザイン<可視化>の強みの一つでもあります。
私の研究では、認知科学の文献を研究のベースにしています。
このようにデザインの業界では、認知科学や人間工学、行動心理学、構造力学など他の学問から知見を得て、デザインをしたり研究をしたりします。
「デザイン」って聞くと「美的」で「感覚的」で、私には関係ないと言う方に時々会います。
確かに美しく綺麗なものには惹かれます。
その美しさもよく考えられた理由のある洗練された美しさであることもあります。
また、感覚や思いつきだけではなく、泥臭い調査が裏に隠れていたりもします。