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ウェルビーイングのためのデザイン: 動機付けと自己決定理論

目次

はじめに

  • ポジティブコンピューティング

 

ウェルビーイングとは

  • ウェルビーイングをどう捉えるか

 

ポジティブ感情と快楽志向

  • ポジティブ感情
  • 快楽志向デザイン

 

動機付けと自己決定理論

  • 動機付け
  • 自己決定理論

 

終わりに

  • 書籍の紹介

このガイドの作成者

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大塚 正斗
連絡先:
本ガイドは図書館TA(Cuter)として勤務した際に作成したものです。 勤務期間 :2017年4月~2019年3月 当時の身分:大学院生(修士課程)

動機付け

 ウェルビーイングの決定因子の1つに「動機付け」があります。

 人は、何らかの動機によって行動を起こします。その際、どのような動機によって行動したかが、ウェルビーイングに大きく影響することがわかっています。この章では、動機付けが心理的ウェルビーイングをどのように支援するのかを解説します。

 


 まず、動機付けは内発的なものと外発的なものに分けられます。リチャード・ライアンとエドワード・デシは、この2つの動機付けの違いをこのように述べている。

 

「最も基本的な違いとして、内発的動機付けはそれ自体がそもそも面白くて楽しいから何かをしているのに対し、外発的動機付けは課題とは別の成果が生み出されるから何かをしている、ということだ」

 

 つまり、もしれをすること自体が面白くて楽しいからという理由で、行動に没頭しているのであれば、それは内発的に動機付けられていると言えます。逆に、それをしなければ罰(e.g. 排除、降格、投獄)を受けることになるから、あるいはそれをすれば報酬(e.g. お金、ポイント、承認)が得られるから、行動に没頭しているのであれば、それは外発的に動機付けられていると言えます。

 

少しわかりづらいので、この二つの動機付けを授業を受ける大学生を例に考えてみましょう。

授業内容に興味があり詳しく学びたいから授業に出席している学生は、内発的に動機付けられています。単位が欲しいから授業に参加している学生は、外発的に動機付けられています。同じ授業を受けるという行動であっても、動機付けが内発的か外発的かは異なります。

 

 では、内発的動機付けと外発的動機付け、どちらの動機付けが、ウェルビーイングにより効果的だと思いますか?

 先ほどの例で考えると、なんとなく内発的な動機付けがなされている学生の方が熱心に学びそうで、活き活きした状態にあるような気がします。

 

 実際、内発的動機付けは、質の高い学びや、自分の能力の知覚、持続力、創造性、ストレスへの肯定的な対処と結びつくと言われています。簡単に言えば、内発的な動機付けは、ポジティブな行動を促し、ウェルビーイングを向上させます。つまり、なるべく内発的な動機付けによって行動させることが大事になってきます。

 

 しかし、すべての行動を内発的な動機付けによって行うことは当然難しいです。先ほども説明した通り、内発的動機付けは、それをすること自体が面白くて楽しいから生まれる動機付けです。私は、草むしりを楽しいと言って没頭している人間を見たことがありません。内発的には動機付けられない物事に対して人が行動を起こすためには、どうしても外発的な動機付けを行う必要があります

 

 しかし、罰や報酬を与えて外発的動機付けを行うことには、注意が必要です。安易な外発的動機付けには、ウェルビーイングを害してしまう可能性があります。

 その例としてよく挙げられる面白い研究を紹介します。お絵かきをよく行う未就学児に対して、お絵かきをすることに対して報酬を与えるという研究です。お絵かきすることに対して外的な報酬を与えた未就学児は、報酬を与えない場合よりも、お絵かきをしなくなるということがわかっています。この研究は、外発的動機付けが本来持っていた内発的動機付けをダメにしてしまう可能性を示しています。

 

 しかし、一概に外発的動機付けは悪いものではありません。じつは、外発的動機付けの行い方によって、その効果が変わってくるのです。内発的動機付けと外発的動機付けの大きな違いは、自律性の有無です。外部からもたらされる動機付けに対して行動を起こすことは、自律性を失わせます。しかし、内発的動機付けを支援するような外発的動機付けを行うことで、その自律性を保つことができます。

 例えば、将来建築士になりたいと思う学生が、建築士の資格を取るために勉強しているとします。勉強すること自体は資格という報酬を得るための外発的に動機付けされた楽しくないことですが、この学生は建築士になるという目的を達成するという内発的動機付けによって勉強することを自己決定しています。つまり、この学生は、内発的動機付けと外発的動機付けを同一視しています。

 

このように、内発的動機付けに近い外発的動機付けであれば、内発的動機付けは失われないのです。

 

 私たちが何かしらの商品やサービスを提供する時、私たちは外発的動機付けしかユーザーに与えられません。そのため、ウェルビーイングを意識したデザインを行う際には、内発的な動機付けを後押しする外発的な動機付けを行えるかが重要になってきます。

 

自己決定理論

自律的な動機付け、つまり内発的動機付けを支援することを重要視してデザインするとき、それは「自己決定理論」に基づいたデザインと言えます。

マインドセット

 人間は、マインドセット(心のあり方)で大きく行動が変容します。「固定的」なマインドセットを持つ人は、自身の能力は才能に基づくもので変えることはできないという風に考えます。そのため、挑戦を避け、困難を否定的に捉え、内発的動機付けがうまく行われません。それに対して、「成長的」なマインドセットを持つ人は、自身の能力は発達させることができ、自らの行動次第で向上させることができると考えます。そのため、困難に面した時に挑戦すべきことを模索し、それを貫き通します。そのため、「自己決定理論」に基づいたデザインを行う際には、成長的マインドセットを促すデザインを意識する必要があります。

 「固定的」と「成長的」なマインドセットの大きな違いの一つは比較の対象です。固定的マインドセットを持つ人は他人と自分を比較、成長的なマインドセットを持つ人は今と昔の自分を比較する(つまり自身の成長を意識する)傾向があるそうです。このことから、他者との競争を促す目標設定より、その目標を達成することで自身の成長を促せると感じさせる目標設定が、サービスのデザインをする上で重要になってきます。

 

ナッジ理論

 ナッジ(nudge)とは,「そっと後押しする」を意味する言葉です.ナッジ理論とは,その名の通り「小さなきっかけを与えて、人々の行動を誘導する戦略」のことです.金銭的な誘導,強要,不快感や反発を生むような行動誘導は,自由や自律性を失わせ,内的な動機付けを失ってしまいます.ナッジ理論を意識したデザインを行うことで,ユーザーの自律性を失わせることなく,ユーザーの行動を変えることができるようになります.

 例えば、登った際の消費カロリーについての表示を階段につけることで,エスカレーターの渋滞を緩和するという事例があります。消費カロリーの表示を見て階段を登る選択をした人は,運動をしようという自己の意思によって行動を決定しています.そのため、エスカレーターより苦痛の大きい階段を登るという選択をしていることに、不満を持つことが少なくなります。

 ナッジ理論を利用したデザインをする際は、どのようにすればユーザーの自己決定を阻害することなくこちらの期待する結果が得られるかを吟味することが重要です。

 

ゲーミフィケーション

 動機付けを促す方法の1つとして,「ゲーミフィケーション」があります.ゲーミフィケーションとは,ゲームの要素や考え方をゲーム以外の分野でも利用することで,ユーザーの動機付けを行う手法です.ゲーミフィケーションを行うことにより,楽しくない、苦痛を伴う行動に対して,内発的な動機付けを行うことができます.

 例えば、「Zombies, Run!」というアプリケーションでは、ゾンビから逃げるために走るというストーリーをランニング中に流すことで、走るという行為に臨場感を付加させランニングを継続させるという取り組みをしています。

 ゲーム化することで自発的に行動を起こしやすくするという手法は、様々な場面で用いられているので、注意深く観察して参考すると良いでしょう。