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ウェルビーイングのためのデザイン: ポジティブ感情と快楽志向

目次

はじめに

  • ポジティブコンピューティング

 

ウェルビーイングとは

  • ウェルビーイングをどう捉えるか

 

ポジティブ感情と快楽志向

  • ポジティブ感情
  • 快楽志向デザイン

 

動機付けと自己決定理論

  • 動機付け
  • 自己決定理論

 

終わりに

  • 書籍の紹介

このガイドの作成者

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大塚 正斗
Contact:
本ガイドは図書館TA(Cuter)として勤務した際に作成したものです。 勤務期間 :2017年4月~2019年3月 当時の身分:大学院生(修士課程)
作成者の所属:12_芸術工学府

ポジティブ感情

ウェルビーイングの決定因子の1つに「ポジティブ感情」があります。

 

 ポジティブ感情とは、愛情、喜び、興味、安らぎなど、気分がよいと感じる感情のことです。ポジティブ感情は、心理的ウェルビーイングと密接に関わっています。この章では、ポジティブ感情が心理的ウェルビーイングをどのように支援するのかを解説します。
 

 

 快楽主義を主張するキュレネ派の祖であるアリスティッポスは、わたしたちはすべてのことにおいて、快楽を求めると論じています。つまり、私たち人間はできるだけ快楽を感じ続けるために、快楽の感情——いわゆるポジティブ感情を得る機会や時間を増やす行動をしているという考え方です。

 

 もしこの考えが正しいのだとすれば、愉快や興奮の感情を喚起するためによりエキサイティングなゲームを開発したり、安らぎや落ち着きの感情を喚起するために可愛い動物の動画を視聴させるだけで、人間は満たされて幸福になれるぞ!!やったぁ!

 
 
 まあ、当然そんなに簡単にはいかないけどね。
 
 
 確かに、快楽、愛情、喜びなどのポジティブ感情が、人を良い気持ちにさせることは、なんとなく想像できます。しかし、そのような快い気持ちはすぐに消えてしまうことも、なんとなくわかるはずです。例えば、あなたが好きな子とおしゃべりしたとします。その時感じたうれしさが明日、明後日、来週、再来週まで残っているでしょうか?きっと、あなたは「もっと長くあの子とおしゃべりしたい」と思うはずです。
 つまり、ポジティブな感情を感じたとしても、「一時的な幸福は生み出すが、持続的な幸福は生み出せない」ということです。そのため、哲学や心理学の歴史では、ポジティブ感情を得ることが心理的ウェルビーイングに十分であるという説はほとんど支持されてきませんでした。
 
 しかし、バーバラ・フレドリクソンの研究[1]によって、ポジティブ感情の単純な快楽としての作用とは異なる本質的な効果が示され、ポジティブ感情がウェルビーイングにおいて重要であることが説明できるようになりました。
 
 
 もともと感情に関する心理学的研究では,圧倒的にネガティブ感情が対象とされてきました。その主な理由として,以下の点が挙げられます
 
  • ネガティブ感情とポジティブ感情の比率が約7:3とネガティブ感情のほうが多いこと,
  • 「恐れは逃走行動に関係した感情である」というように,ネガティブ感情はある特定の行動と結びついている場合が多いこと。
  • ネガティブ感情は自律神経系の活性化をもたらし,その持続が心身の健康に悪影響を与えることが報告されてきたこと

 

ネガティブ感情は研究が進み、危険からの逃避、害毒の排除など生存に有益な行動を促すという役割を持っていることは、すでに明らかになっていました。これに対し,喜びなどのポジティブ感情は,その存在意義が明確でなく,あまり研究されてきませんでした。

 
 しかし、先ほど述べたようにバーバラ・フレドリクソンによって、ポジティブ感情にはネガティブ感情と逆の作用があることが分かりました。
 
 ネガティブ感情が、闘争や逃走などの生存のための行動を迅速に行わせるために行動の選択肢を狭める作用があるのに対して、ポジティブ感情には、行動の選択肢を広げる作用があることが示されたのです。そして、行動の選択肢を広げることが、長期的な生存に役立つことがわかっています。
 
 行動の選択肢を広げることは、思考や行動のレパートリーを広げ、思考と行動の組み合わせの幅を広げます。そのため、より創造的になり、物事を異なるやり方で行う、新しい物事を取り入れるなど、物的、知的、社会的、心理的なリソースを構築させる働きがあるのです。つまり、ポジティブ感情も、ネガティブ感情と同様に人間に行動を促す作用を持っていたのです。例えば、喜びは遊び心や創造性への意欲を促し、興味は探求や学習への意欲を促します。このようなリソースの構築が、「心理的豊かさ」をもたらし、長期的な幸福、つまりウェルビーイングを生み出します。
 

 また、バーバラ・フレドリクソンがマーシャル・ロサダらと共同で行った研究によると、ポジティブ感情が量的なある「転換点」を上回るとき、心理的フローリシングと呼ばれる心理機能が人間として考えうる最適な状態へと導かれる好循環が生み出されることがわかっています。具体的には、ポジティブ感情の割合が全体の75%を上回ると、最適なメンタルヘルスとウェルビーイングの状態が安定化すると言われています。

 

 これらのことから、ポジティブ感情を意識してデザインを行う際には、ポジティブ感情がもたらす短期間の快楽だけでなく、ポジティブ感情がもたらすリソース構築やメンタルヘルスの最適化の作用も意識する必要があります。

快楽志向デザイン

 ポジティブ感情を最重要としてデザインを行うとき、それは快楽志向のデザインであると言えます。ここでは、快楽志向のデザインを行う際に、意識するべき点を紹介します。

 

ポジティブ感情とポジティブシンキング

 まず、ポジティブシンキングは、ポジティブ感情と異なることに注意してください。

 ポジティブシンキングは、真正性(本人から生まれた偽りのない感情であるということ)が欠けています。ネガティブな経験をした際に、ネガティブな感情を抑制しポジティブなこととして捉えて、自分が幸せであるように見せかけることは、むしろウェルビーイングに有害です。ネガティブ感情を抑制することで、ポジティブ感情とネガティブ感情のバランスが崩れてしまうからです。

 先ほど、ポジティブ感情が75%の割合を超えるとフローリシングを促すことができると述べましたが、実はポジティブ感情の割合が高すぎてもダメなのです。具体的には、ポジティブ感情が約92%の割合を超えると、フローリシングへの好循環が崩壊してしまうと言われています。

 

2種類のポジティブ感情

 ポジティブ感情は、進化的、神経学的、生理学的に2グループに大別できます。「興奮と衝動システムのポジティブ感情」と「親和と沈静システムのポジティブ感情」です。

 

興奮と衝動システム:ドーパミンや交感神経系の活動と関係している。よいものを探求する意欲を生み出す(例:誇り、熱中、欲望)

親和と沈静システム:エンドルフィンやオキシトシン、副交感神経の活動と関係している。他者への気遣いなどの行動を促進する(例:平穏、思いやり、愛)

 

 興奮と衝動システムと、親和と沈静システムはどちらも重要です。バランス良く2つのシステムが組み合わさることで十分に機能するようになります。これまでのテクノロジーは購買意欲を煽るために興奮と衝動システムによるポジティブ感情を喚起させることを重視していましたが、このような方法では長期的なウェルビーイングは望めません。ウェルビーイングを意識したデザインがしたいなら、親和と沈静システムも意識することが重要になる。

 

ピーク・エンドの法則

 人間は、実際の経験とその記憶にはズレが生じます。私たちがある出来事を体験した際、すべてのことを均等には記憶することはなく、体験の中でもっとも強い刺激がある「頂点(ピーク)と最後(エンド)」を強く記憶します。これを「ピーク・エンドの法則」といいます。この人間の特性から、多少の苦痛を伴うような体験であっても、その苦痛を長く穏やかにする(苦痛のピークを作らない)、最後に何かしらのケアをする、ようなデザインにすることで、全体としてポジティブな体験にすることができます。快楽志向のデザインを行う際には、このピークエンドの法則を頭に入れておくとより良いデザインができます。