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ヨーロッパ文学の〇〇主義って何?:古代ギリシアの文学: 文学こぼれ話:サブカルチャーにおける古代ギリシアの英雄と神々

啓蒙主義、古典主義、ロマン主義などなど…。文学で必ず出くわすこの〇〇主義をその思想史的・歴史的背景と共に俯瞰します。

サブカルチャーにおけるギリシアの英雄たち

【後世による古代ギリシア文学の受容】

ギリシア神話やそれを題材にした古代ギリシアの文学作品、そしてホメロスの叙事詩は後世の作家たちに多大な影響を与えています。例えば、17世紀から18世紀にかけて隆盛した古典主義の作家たち(モリエールやゲーテもこの時代の作家)は古代世界の美を範としていましたし、19世紀から20世紀にかけての哲学者や心理学者(ニーチェやフロイトなど)も古代の神話を思索の源泉としていました。このように古代ギリシアの世界は後世を魅了して止みませんでしたが、それは我々の生きる現代も同じです。特に昨今の日本におけるサブカルチャーでは、古代ギリシアの英雄は格好の題材となっています。


【Fateシリーズについて】

その一例として挙げられるのが、ゲームやアニメ、マンガなどマルチメディアに展開されている『Fateシリーズ』です。『Fateシリーズ』の物語では持ち主の願いを叶えるという「聖杯」を巡って「魔術師」(以下、マスター)が「使い魔」(以下、サーヴァント)とともに戦う「聖杯戦争」が描かれます(著者自身は『Fateシリーズ』に関して友人から得た知識やインターネットで手に入れた知識しかありませんので悪しからず)。「サーヴァント」は過去の偉人であったり、伝説上の人物であったりするわけですが、もちろん古代ギリシアの英雄たちも登場します。

では、『Fateシリーズ』ではどのようにギリシアの英雄たちが表象されているでしょうか。『Fateシリーズ』のアプリゲームである『Fate/Grand Order』(通称FGO)を例に見てみましょう。


【Fateシリーズにおけるギリシアの英雄たち】

『イーリアス』に登場するアキレウスヘクトールもFGOに描かれています。

まずはアキレウスからです。FGOにおけるアキレウスの設定は主に『イーリアス』に描かれるアキレウス像を基本的には引き継いでいます。弱点が踵であることはもちろん、激情型の英雄である点や曲がったことが嫌いな性格などは、「アキレウスの怒り」を主題とする『イーリアス』から見事にキャラクター描写に反映されています。

FGOにおけるアキレウスの描写で特徴的なのは、その足の速さが強調されている点でしょう。FGOにおいてアキレウスは「人類最速かつ不死身の大英雄」と称され、空間移動と見紛うほどの速さで移動できます(弱点である踵を傷つけられてもなお音速以上のスピードで動くことができるそうです)。要するにFGOにおいて、アキレウスの俊敏さは彼の最大の特徴である不死性と並ぶものとして描かれているのです。

確かに『イーリアス』においてアキレウスは「足速きアキレウス」と表現され、この表現が幾度にも渡って繰り返されます。しかし、この表現は『イーリアス』の物語を叙事詩という韻律を伴う詩の形で表現するために付けられたいわば「枕詞」です。『イーリアス』の物語のなかでは彼の足の速さが具体的にどれぐらい速いのかは記述されません(もちろん、トロイア戦争に参加する英雄たちのなかで一番俊敏であるとはされます)。またアキレウスのほかにも、例えばホメロス二大叙事詩の片方『オデュッセイア』の主人公オデュッセウスも「足の速いオデュッセウス」と形容される場合もあります(もっとも、彼は「策略巧みな」と形容されることの方が多いですが)。つまり、いわば「原作」であるところの『イーリアス』では、アキレウスの足の速さ具体的な表現をもって強調されていないのです。

では、なぜFGOにおいてはアキレウスの足の速さはそれほどまでに強調されているのでしょうか。これはもちろん推測でしかありませんが、それはおそらく彼の知名度と関わっているのでしょう。FGOにおいて、サーヴァントはその知名度によって強さが変わります。例えば、宮本武蔵は日本ではかなり知名度が高いために日本では強力なサーヴァントとして召喚されますが、比較的知名度の低い欧米などではその力を十全に発揮できません。しかし、アキレウスはどうでしょう。アキレウスは何といっても人体の一部にその名前を冠しているサーヴァントであり、それゆえ世界的にも知名度が高いサーヴァントです。従って、知名度が強さと比例するFGOの世界において、アキレウスは最強格のサーヴァントに数えられます。

確かにアキレウスの不死性はそれだけで強力な能力です。しかし、弱点がないわけではありません。『イーリアス』と同じく踵への一撃が致命傷になってしまうのです。それゆえ、いくら不死性を備えていても、俊敏なサーヴァントに踵を狙われては太刀打ちできないでしょう。しかし、視覚で捉えることすら困難な神速を持つことによって、アキレウスは弱点が弱点と認識しえないほど最強なサーヴァントとなるのです。つまり、知名度が強さと比例するFGOの世界で、その知名度に相応しい最強格のサーヴァントとして描くために足の速さを『イーリアス』よりも強調して、不死性に並ぶ彼の最大の能力にしたのではないのでしょうか。

(画像:フランソワ=レオン・ベヌヴィル『アキレウスの怒り』1847年


次はヘクトールです。『イーリアス』に登場するヘクトールは主人公であるアキレウスの仇であるにも拘わらず、「善き父、善き夫、善き指導者」のイメージが強く、14世紀フランスの詩人ジャック・ド・ロンギヨンによって騎士道を体現する九人の偉人(アレキサンダー大王やカエサルと並ぶ)「九偉人」の一人に選ばれ、「国に殉じた男、かけがえのない日常生活を守るため死んでいった英雄」と評されています。

しかし、FGOにおいてヘクトールは飄々としたようなやさぐれたような中年男性として描かれています。彼は一人称に「オジサン」や「俺」を用い、喫煙者(現代に召喚された際に煙草を嗜むようになったという設定)、いつも気だるげに立ち回り、積極的に働きたがらないいい加減なところが目立ちます。しかし、「マスターはオジサンにとってのトロイアだ。全力で愛し、守ってみせるぜ」と言ってくれるような熱い一面も見せます。普段は昼行灯のように見せていますが、やる時にはやる、熱いものを秘めたキャラクター、それがFGOにおけるヘクトールなのです(別のサブカルチャーで例えると、古代ギリシアとは関係ありませんが、『銀魂』の主人公の坂田銀時と似ているでしょうか)。

古代ギリシアにおけるヘクトールのイメージは「完璧で品行方正な善き指導者」として描かれていましたが、FGOではいい意味で人間臭さの強調されたキャラクターとして描かれていました。では、FGOではヘクトールはなぜこのように描かれているのでしょうか。鍵となっているのはヘクトールが「人間」であって正確には「英雄」ではないという点です。英語Hero「英雄」の語源となった古代ギリシア語のHerosは神と人の子、文字通りの「半神」という意味です。確かに、神々とは違い英雄は死すべき定めにあるとしても、英雄たちは神々とははっきり境界線を引かれた存在ではありませんでした。『イーリアス』の主人公アキレウスは先述の通り、女神テティスとペーレウスのあいだに生まれた「半神」です。それに対して、ヘクトールは神の血がわずかに入っているものの「人間」でした。それゆえ、ヘクトールは「人間」のなかでは最強の将ではありましたが、「半神」であるアキレウスには負けてしまいます。FGOのヘクトールはアキレウスに対比させて「人間」であることを強調させるために、人間臭い人物像としてヘクトールを描いているのではないでしょうか。

(画像: ヨハン・ハインリヒ・ティッシュバイン『 パリスを戦場に行くよう戒めるヘクトール』1787年

サブカルチャーにおけるギリシアの神々

【ギリシア悲劇と「機械仕掛けの神」】

いままで、ギリシアの英雄たちが現代日本のサブカルチャーにおいてどのように表象されてきたかを見てきました。さて、それでは次にギリシアの神々はどのように表象されているか見てみましょう。

古代ギリシア悲劇には ἀπὸ μηχανῆς θεός (アポ・メーカネース・テオス) という手法があります。この古代ギリシア語を聞いたことのない方も、ラテン語翻訳されたこの言葉は聞いたことがあるのではないでしょうか。すなわち、deus ex machina(デウス・エクス・マキナという言葉は。この「デウス・エクス・マキナ」は一般に「機械仕掛けの神」と訳されます(なお、原義は「機械から出てくる神」という意味です。この意味は悲劇の上演において神が舞台装置に乗って現れるところからきていますが、結局のところ神が現れて全てを解決するため、そこから「機械仕掛けの神」という意味を派生的に持つようになりました)。複雑に絡み合った運命の糸を解きほぐすかのように、解決困難な状況に陥った際に神が現れてその問題を一挙に解決するという古代ギリシアの悲劇における手法で、古代ギリシアにおける三大悲劇作家の一人エウリピデス(代表作:『オレステス』)が好んでこの手法を用いたことで有名です。

(画像:作者不明『エウリピデス像』

 

 


【Fateシリーズにおけるオリンポスの神々】

古代ギリシア悲劇では神によって定められたる運命、すなわち「機械仕掛けの神」が重要な要素となっていました。Fateシリーズにもオリンポスの神々は登場するのですが、彼らもまた「機械仕掛けの神」として描かれています。ただし、古代ギリシア悲劇における「機械仕掛けの神」(あるいは「機械から出てくる神」)とは意味が異なっているようです。

というのも、Fateシリーズにおいてはオリュンポスの神々は文字通りの機械だからです。彼らは外宇宙で建造された宇宙航行船団、いわば機械生命体とも言うべき存在として描かれています。本来は彼らの創造主の文明が移住すべき星を見つけるために建造されたのですが、その文明は消失してしまい、宇宙を何万年も彷徨っていたところに地球という奇跡的に彼らの生存に適した星を見つけた、という設定になっています。例えば、ギリシア神話の主神たるゼウスは「星間戦闘用殲滅型機動要塞」としてこの船団の旗艦という設定ですし、美の神として有名なアフロディーテなどは「知性体教導用大型端末・霊子情報戦型攻撃機」という設定になっています。

要するに、古代ギリシア悲劇における「機械仕掛けの神」「運命をまるで機械仕掛けのように正確に操る神」という意味であるのに対して、Fateシリーズでは文字通り「機械の神」という意味での「機械仕掛けの神」として描かれているのです。古代ギリシアの英雄の場合もそうでしたが、Fateシリーズはオリュンポスの神々の場合も、いわば元ネタである古代ギリシア神話や古代ギリシア悲劇におけるエッセンスをその物語に適するような形で上手く書き換えています。

(画像:二コラ=アンドレ・モンシオ『オリュンポス十二神』

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