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古代・中世ヨーロッパの神話・伝承: 現代文化の源泉: ギリシア・ローマ神話

古代・中世ヨーロッパの神話・伝承に関心を抱いた人を対象に、現代文化の源泉となっている代表的な作品の邦訳書やテキストデータベースを紹介します。

西洋文明の発祥地

多様な言語文化が星座のように煌くヨーロッパ世界ですが、その文明・文化の源泉は古代ギリシア・ローマ文化およびユダヤ教・キリスト教文化に見出せます。

19世紀イングランドの批評家マシュー・アーノルドの『教養と無秩序』(岩波書店、1965年)では、機械化の進んだ産業革命期において人間性を養うための教養として、前者をヘレニズム、後者をヘブライズムと呼んでいます。アレクサンドロス3世のもとで成立した古代ギリシアの「ヘレニズム時代」として世界史学習者に知られている前者は、「優美と英知とに対する関心」や「意識の自発性」(186頁)を鍛えるギリシア文化を指します。後者は両宗教の成立した古代イスラエルの別名「ヘブライ」から来ており、「熱情と力とに対する関心」や「良心のきびしさ」(186頁)をもたらすとされています。

古代ギリシア・ローマ文化は、ギリシア哲学やローマ法をはじめとして、以後の西洋文明の思考法や社会システムに取り入れられてきました。明治期以降西洋文明を摂取してきた日本にも、間接的に影響を与えていると言えます。

参考図書

様々な作品が神話を扱っていますが、その多様性に慣れないうちは時系列やキャラクター、エピソードの多さや複雑さに戸惑う人も多いかもしれません。

そこで、集めた情報を整理するのに役立つ入門書や事典を紹介します。

ギリシア神話

ギリシア神話は時空を隔てた現代日本でも身近に感じることが出来ます。例えば、冬の夜空で明るく輝き、星座占いにも用いられる黄道十二星座の一つであるふたご座は、ギリシア神話の最高神ゼウスの息子である双子をモデルとしてデザインされています。双子の兄カストルと弟ポルックスの名前は、この星座の中で最も明るい二つの星の名前に採用されています。下の星座図の中で、カストルは一番左にある青白い星で、ポルックスはその下にある橙色を僅かに帯びた白色の一等星です。

図1 ふたご座星座図

出典: https://www.civillink.net/esozai/download/2451.html, ふたご座/星座線ありの写真素材, 星座のフリー素材, 2016/10/13

「中世文学」のページで紹介する北欧神話と違って、ギリシア神話の世界観には明確な「終末」がなく、その世界の中で神々や人間による無数の物語が展開されていきます。ただ、それらの逸話の前提条件となる「世界の始まり」については、いくつかの作品で言及されています。以下では創世神話から最高神ゼウスが覇権を握るまでの流れをざっくりと書いています。なお、神話原典からの引用については、比較的読みやすいオウィディウス『変身物語』上下巻、岩波文庫)を用いています。ラテン語で書かれた同作品はギリシア文学ではなくローマ文学に分類されますが、以下の「ローマ神話」の項で述べるように、ギリシア神話の多大な影響を受けています。

ギリシア神話の世界観では、世界が「無」からいきなり誕生したわけではなく、全世界をただ一つの「混沌(カオス)」が満たしていました。オウィディウス『変身物語』では、「ただどろんと重たいだけのしろもので、たがいにばらばらな諸物の種子がひとところに集められ、あい争っている状態」(上巻 11頁)と描かれています。この状態が、「神」または「ひときわすぐれた自然」の手によって(上巻 12頁)、海と地上、天空に分かたれて、やがて山や川、雲といった身の回りの自然物が現れます。

人類の誕生に関しては、『変身物語』では「今までのところ、これら[動物]よりも崇高で、いっそう高度の知的能力をもち、ほかのものを支配することの出来るような生き物がいなかった。こうして、人間が誕生した。……」(上巻 14頁)と、非常に簡潔な記述です。

神々は幾度か世代交代していきますが、最終的にゼウスを長とするオリュンポス十二神の一派が実権を得て、海や大地といった世界を統治します。ギリシア神話の基本的な世界設定がここに完成します。

オリュンポス十二神の時代では、星座関係のものを含めて大小様々な逸話があります。最も重大な事件といえば、「アキレス腱」の語源となった英雄アキレウスなどが活躍するトロイア戦争が挙げられるでしょう。作品を読んだり神話画を鑑賞したりして、自分によって面白いと思える話を探してみてください。

ローマ神話

古代ローマの神話に関しては、土着の伝承もあったと言われていますが、ギリシア神話の多くの設定が取り入れられています。紀元前2世紀にローマがギリシアを征服した際、神話をはじめとする成熟したギリシア文化を目の当たりにしたローマは、神話原典を含む文学・哲学作品を自分たちの使用するラテン語に訳したり、古代ギリシア語の語彙の多くをラテン語に取り入れたりして、ラテン語やローマ文化を大幅にアップデートしました。ギリシア神話の神々のほぼ全てに対応するラテン語名があり、例えばゼウスはユッピテル(Juppiter)となります。木星の英名ジュピター(Jupiter)はここからきています。

ローマ神話独自の逸話と言えば、ロムルスのローマ建都神話及びアエネーアスのイタリア上陸が挙げられるでしょう。アウグストゥスの時代に活躍したウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』では、トロイア戦争で敗北してトロイア(現在のトルコ西岸とされる)から逃亡した若き将アエネーアスが、ユピテルの命を受けてイタリア半島にたどり着き、勢力を広げていきます。幾度か王朝の交代があった後、王の捨て子だったロムルスが実権を握り、自らの名を冠した悠久の都「ローマ」を建設し、後の共和政・帝政ローマの礎を築いたとされています。

ローマ神話の独自要素はそれほどありませんが、ギリシア文化を近現代の西洋世界に伝えるためには、ローマのラテン語作品が欠かせませんでした。中世・近代の共通学術語としてのラテン語の知識を使えば、ラテン語原典を自分で読んだり、各国語に翻訳して近・現代世界の人々と共有したりすることが出来ます。オウィディウス『変身物語』は、古代ギリシアの諸作品以上に、近代芸術・文学の元ネタとなっています。

神話原典は枚挙に暇がないため、以下の「原典作品紹介」では古代ギリシア・ローマの代表的な作品の邦訳書を挙げています。

原典作品紹介

古典語で読みたい人のためのツール・文献集・読書会

ここでは、神話作品を西洋古典語(古代ギリシア語やラテン語)で読んでみたいという人に向けて、西洋古典語でテキストを読める作品データベースや、テキストを共に読む場としての読書会について紹介します。

タフツ大学が提供している無料データベースPerseus Digital Library以下Perseus)では、古代ギリシア・ローマの文学・哲学テキストの多くを西洋古典語で読むことが出来ます。主要な作品には英訳が付いています。

Perseusにはオンライン辞書の機能(Perseus Search Tools)も搭載されています。両古典語は英語やフランス語とは比較にならないくらい語句の活用が複雑ですが、活用形を入力して検索出来るのがこのツールの強みです。両古典語の辞書では、例えば動詞は1人称単数形で載っている("amare"「愛する」の場合は"amo")のが通例ですので、活用形として出てきた語の意味を調べるためには、まずその語がどの活用変化パターンに当てはまるのかを突き止め、辞書に載っている形を明らかにしなければなりません。その点、ラテン語に慣れない学習者にとっては、活用が分からないという読者のストレスを幾分か緩和させてくれるありがたいツールです。画面右のWord Study Toolに活用形を入れて検索するのが最も手っ取り早い使い方です。

授業を含めて古典語の学習を始める人には、まず植田かおり『古典ギリシア語のしくみ(新版)』小倉博行『ラテン語のしくみ(新版)』(白水社、「言葉のしくみ」シリーズ)をお勧めします。これから学ぶ言語について、肩肘張らずにざっくりと概要をつかむことが出来ます。日本語で読めるラテン語文法の参考書としては、中山恒夫『古典ラテン語文典』(白水社、2007年)を推薦します。

文法や原書講読の授業以外の場で、仲間と一緒に古典語を学びたいという学習者には、その手段の一つとして読書会を勧めます。Cuterの本田功輝氏が執筆した電子ガイド「読書会のはじめかた」は、読書会一般の企画の際にも参考になります。

読書会で扱うテキストを選ぶ際は、英語で書かれた教材にも手を伸ばしてみましょう。このページの原典リストにある英注・英訳付きのBeginning Latin Poetry Reader McGraw-Hill Education, 2006年)をはじめ、中級者向けの古典語読み物教材が充実しています。初級・中級者にとって、文中の動詞の多くの見出し語が注の中に付記され、詩の韻律をはじめとする関連事項が付録としてまとめられているのはありがたいことです。

最後に、僕が読書会を通して訳出し、推敲を重ねてオンライン公開した「ウェルギリウス『アエネーイス』第1歌(訳)」(2021年)を紹介します。日本語詩として単体でも味わえることを目指した新訳です。原文を読む際の参考資料としても使え、末尾にラテン語の教科書・参考書・読本・ツールの情報もまとめています。