ようこそCute.Guidesへ。人文学徒の古川琢磨と申します。2017年4月から九大図書館に勤めています。
大学ではアメリカ近現代文学の門を叩きましたが、それらの文学が頻繁に描いている古代・中世の神話や伝説にも関心があり、大学院修士課程ではマーク・トウェイン(1835-1910年)が中世ヨーロッパの歴史や文化を主題とした作品群を研究しました。また、2016年3月から2018年9月まで九大生・卒業生有志によるラテン語読書会「九羅会」を主宰し、古代ローマの文学を原語で読み進めてきました。
高校時代に関心のあったサブカルチャーやファンタジー作品を経由して海外の神話・伝説に関心を抱き、大学で海外文学について学ぶという進路決定に至りました。今でも、近現代文学を読む際には古代・中世の伝統文化が作中でどのように活用されているかを重視しています。
今、日本でヨーロッパの古の神話・伝承が身近なものになっています。具体的に挙げると、ギリシア・ローマ神話及びケルト神話、北欧神話、アーサー王物語をはじめとする中世騎士道物語が人気です。
アニメやゲームを見てみると、中世イングランドの伝説的人物であるアーサー王の名剣「エクスカリバー」(Excalibur)がアイテムとして使われ、世界終末を扱うフィクションでは北欧神話に由来する「ラグナロク」のイメージが度々織り込まれています。また、ジューン・ブライド(June Bride)と言えば、6月に結婚した花嫁が幸福になるという慣習ですが、これはJuneの語源となっているギリシア神話の女神ヘラ(羅: Jūnō)が婚姻の守護神であったことからきています。
このように、日常生活の中で神話・伝承由来の言葉を耳にする機会は少なくありませんが、その元ネタがどのような話であるのかについて話せる人は数を絞られてくるでしょう。
現代文化・社会に多大な影響を与えている以上、こういった神話についての知見は現代を理解する手掛かりにもなりますし、神話・伝承はそれ自体魅力的なキャラクターやストーリー、世界観を備えています。
また、日本神話がそうであるように、一つの世界・世界観を描き切る神話は通例、その世界がどのようにして成立したのかを想像して描いています。この世界がどのようにして生まれたのかという大問題に対して物理・天文学者による理論構築や観測・実証が今なお試みられていますが、神話は当時の人々の慣習や自然の様子を手掛かりに、人々が納得出来る世界の成り立ちを想像して一つの解答を試みていると言えます。
本ガイドでは、古代・中世ヨーロッパの神話・伝承に何かしらの接点を持った読者を対象に、
1. ギリシア・ローマ神話 ・・・・・・・・・・・・紀元前8世紀頃~紀元後8年
2. ケルト神話(アーサー王物語を含む) ・・・・・・・紀元前8世紀頃~15世紀末
3. 中世文学(北欧神話・騎士物語)・・・・・・・・・紀元後8世紀~1516年
の三ジャンルに分けて概説します。
なお、上記の年代は、本ガイドで扱う作品が成立した年や神話を想像した諸民族が活発に活動した時期に基づいて便宜的に定めていますが、これ以前にも伝承が存在したり、これ以後にも神話原典(下記「神話・伝説とは何か」を参照)が書かれていたりすることもあります。史料の少ない大昔のことはまだ正確には分かっていない、というのが正直なところです。
概説のみに満足せず、神話原典の邦訳書やデータベースも紹介し、読者が自分で興味のある作品を手に取って読んでもらうことを目指しています。
紹介図書の大半は九大図書館にあるので、興味のある本があれば手に取ってみて下さい。
『アーサー王物語』と『ニーベルンゲンの歌』は、Cute.Guidesの以下の電子ガイドでより詳しく扱われています。
今では日常的にも用いられる「神話」や「伝説」ですが、その専門的な定義を巡っては古典学者や神話学者の間で議論が続いています。以下、英語で読める各学問分野の入門書として知られるVery Short Introductions(Oxford University Press)の一冊、Robert A. SegalのMyth: A Very Short Introduction(2015年)で述べられている定義を簡潔にまとめています。
神話: 神やそれに近い人間・動物を中心として、世界の始まりを描くstory (物語、言い伝え、歴史)。
伝説: 神やそれに近い人間・動物に関する話の中から、上記の「神話」を除いたもの。ギリシア神話のオイディプスの逸話など。[類]民話。(3-4頁)
ただし、以上のような定義は、神話が成立してから数千年後の近・現代人の言葉や概念で無理矢理捻り出したものであるということも頭の片隅に置いておいた方がいいでしょう。
また、本ガイドでよく使う「原典」という言葉ですが、ここでは「神話が成立・発展してきた時代の書き手が著した、神話世界について描いた作品(及びその翻訳)」と考えてください。近現代の文筆家が古い作品の内容をまとめ直した「再話」や概説書は、それ自体150年以上読み継がれているトマス・ブルフィンチ『シャルルマーニュ伝説』を除いて、本ガイドでは参考図書の項目にまとめています。神話や文学を専門とする人にとっては翻訳ではなく原文(the original language)に直接触れることが重要ですが、一般の読者でも、翻訳で原文の言葉遣いやその時代の息遣いを感じることが出来るでしょう。