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崩壊する真空: Introduction

不安定、だからこそ面白い

このガイドの作成者

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塚原 壮平
連絡先:
本ガイドは図書館TA(Cuter)として勤務した際に作成したものです。

勤務期間 :2020年5月~2024年12月
作成時身分:大学院生(博士後期課程)
作成時所属:理学府物理学専攻

こんにちは、理学府物理学専攻粒子系理論物理学研究室の塚原壮平です。素粒子理論(超弦理論)の研究をしています。
分野: A06_理学府

はじめに:真空崩壊の魅力

真空崩壊(vacuum decay)とは、文字通りある真空が有限の時間で崩壊してしまうようなダイナミクスのことを指します。なんだかSFの世界のようにも聞こえますが、れっきとした物理現象です。キャッチーなネーミングも相まって、この現象は物理学の中でも比較的一般に普及した部類であるように思えます。例えば、近年のメディアにおいて真空崩壊が取り上げられた例としては以下のようなものがあります(2025年2月10日執筆時点)。

  • NEWTON 2018年3月号 特集「宇宙を破滅させる「真空崩壊」」
    橋本幸士先生(大阪大(当時))と諸井健夫先生(東京大)の協力の下、真空崩壊のメカニズムや真空崩壊の起こりうるシナリオについて特集されました。
  • シン・エヴァンゲリオン劇場版
    2021年公開のシン・エヴァンゲリオン劇場版における渚カヲルのセリフに「僕の存在を消せるのは真空崩壊だけだ。」というものがあります。
  • グレッグ・イーガン著『シルトの梯子』
    研究者キャスのとある実験が失敗したことにより誕生した別の物理法則を持つ「新真空」が人類の住む宇宙を侵食する中での、人間模様を描いたSF作品です。真空崩壊という単語そのものは登場しませんが、真空の泡が拡大する描写は真空崩壊の物理に通じています。

そんな真空崩壊ですが、実はわかっていないこともまだまだたくさんあります。現象論[注]の観点では「この宇宙は崩壊しうるのか」というのは重要な未解決問題ですし、そもそも崩壊率の厳密な定式化も完全には達成されていません。私は大学院にて「高次元真空の崩壊現象」を研究していますが、折に触れてこの現象の奥深さを感じます。それと同時に、最先端の研究をカバーした記事があまり存在していない事実に、少し物寂しさも覚えます。とりわけ近年では、重力波観測への期待も相まってますます盛り上がっているテーマにも関わらず、一般向けの発信が不足している現状は非常に勿体なく思っています。

そこでこのガイドでは、概念的なイメージに留まらない「真空崩壊の面白さ」を最大限お届けします。数学的定式化では真空崩壊の概念と経路積分に基づく定式化について解説しました。理論物理学者から見た真空崩壊の物理をできるだけみなさんにお伝えします。真空崩壊の拡がりでは最先端の研究における真空崩壊の応用をご紹介します。SFでも科学雑誌でも聞いたことがないであろう、奇妙奇天烈なシナリオを5つ厳選しました。不安定性の増強 / インスタントンの量子化では私の研究テーマに関連した2つのトピックをご紹介します。素朴に考えられる真空崩壊のシナリオにおいて忘れられがちな「ファクター」、そして物理学者が頭を悩ませる、真空崩壊の抱える根本的な問題について取り上げます。

図1 真空崩壊によって生じた真真空の泡が拡大する様子。ChatGPTにて作成。


[注] 特に素粒子理論において、観測結果の説明を念頭に置き模型構築を行う研究分野を広く指す言葉です。