ここまでマス・コミュニケーション研究における2つの概念について概説しました。
このページではこれらを応用し、インターネット上で起こる負の現象、「炎上」について考えてみたいと思います。
近年人口に膾炙されるようになった「炎上」は、「ブログやtwitterなどインターネット上のサービス上に投稿されたメッセージ内容および投稿者に対して批判や非難が巻き起こる現象」と一般的に定義されています。定義によって異なりますが、炎上は2014年時には400件以上の事例が確認され、2015年はそれを上回る数の炎上が起きたとされています。
しかしある研究によると、この炎上に参加した、すなわち炎上が起きたとされる事件において一言でも書き込んだ人間は、インターネット利用者の0.5%、数に直すと数千人に過ぎないという調査結果が出されました。しかもその中で複数回同一人物に対してコメントし、個人への直接攻撃を行う人間はさらに限られ、数人〜数十人にとどまると推定されています。
なぜ、実際に非難しているのはごく少数にも関わらず、炎上と呼ばれるような大きな影響をもたらす現象が起きるのか?その疑問を解くヒントとなるのが、「オピニオン・リーダー」と「沈黙の螺旋仮説」です。
インターネット普及以前において、「オピニオン・リーダー」は住む地域に密着した人間であり、仲間内に話すその内容は、マスメディアで発信しない限りその地域を越えて他者に伝わることはほとんどありませんでした(イメージでいえば、近所の物知りなおじさんおばさんといった感じでしょうか)。しかしインターネットの普及により、情報発信の際、その発信者の住む地域内という制限は技術上受けなくなりました。さらにだれでも情報を発信できるため、インターネットを利用していれば、理論上だれでもその情報に触れることができ、だれでも「オピニオン・リーダー」になれるようになりました。その「オピニオン」は、決して良い意見のみというわけではありません。炎上を事実上起こしている数十人の人間は、炎上時の「オピニオン・リーダー」となっており、そのコメントを見た、意見が似通っている数千人が、その後にコメントを投稿するという構図が、ここでは考えられます。
さらにインターネット空間は、実際には少数の意見が先鋭化し、大多数の意見のように見えてしまうという現象が生じやすい傾向にあります。C. サンスティーンは、それを「サイバーカスケード」と名付けました。「サイバーカスケード」とは、インターネットが持つ、同じ意見を持つ者同士をつなげやすくするという特徴によって、集団で議論した結果、議論する前よりもより先鋭化した決定がなされるという集団極性化を引き起こしやすく、真実とは限らない見解が多くの人が信じていそうだという理由で広く行き渡る現象のことを指します。炎上はこの「サイバーカスケード」の代表例とも言えるでしょう。
この「サイバーカスケード」を考えるにあたり、「沈黙の螺旋仮説」は重要な位置を占めています。インターネット上で少数ながらも先鋭化した意見は、メディアの技術的に、そして人間の無意識的に異なる意見をフィルタリングを通して退けるため、皆が同じ意見を持っている、つまり自分は「世論」において「多数派」であると錯覚しがちです。これにより「少数派」、正確には事実として多数派であるかもしれないのに、「多数派」の意見と異なるために「少数派」であると錯覚された人々の意見は、インターネット上で抑圧され沈黙し、それによってさらに「少数派」に見えてしまうという悪循環が生じます。ここにはまさに、「沈黙の螺旋」の構造が見てとれます。実際にある炎上事件においては、ある人物に対して批判が集中している間は公に意思表示はできなかったが、その人物に対する賛成意見が、批判する人間に見られないような形で届けられたこともあったそうです。