ラザースフェルドらの研究により、マス・コミュニケーション研究は「限定効果説」を前提としたものが主流となり、定説とまで呼ばれるようになりました。
しかし1960年代後半になると、限定効果説の見直しがなされるようになります。それらの研究で共通しているのは、「確かにマスメディアには情報を流してすぐさま人々の意見を変える短期的・直接的な影響はないかもしれない。しかし、マスメディア、特にテレビを見るのが当たり前になるまで一般化すると、長期的・間接的に強力な影響を及ぼすのではないか」という問題関心でした。これにより、研究領域では「新強力効果説」を前提とした調査が蓄積されていきました。
その中の一人が、政治学者であり社会学者でもあったE.ノエル=.ノイマンです。彼女はドイツの選挙において人々の投票行動が土壇場で変化するという出来事をきっかけに、「沈黙の螺旋仮説」を提唱しました。
1965年の旧西ドイツ連邦議会選挙の際、選挙直前まで2つの政党支持率は伯仲していたにも関わらず、結果は一方の政党の圧勝に終わるという出来事が起こりました。ノイマンはこの人々の動向変化を説明し予測するために、選挙前の世論調査のある質問と結果について着目しました。それは2つの政党のうち、「どちらが勝ちそうか」という質問で、結果は圧勝した政党を選んだ人が、選挙前8か月間で急増している、というものでした。つまり自分の意見に関わらず、世間の人々は一方の政党が勝つ、すなわち「「世論」はその政党が勝つという流れだ」という認識が、選挙前に多数になっていたということになります。
ノイマンはこの人々の「世論」の認知が、選挙の結果を左右したと仮定し、「沈黙の螺旋仮説」を提唱しました。この仮説においては、人間は社会的な存在であり、社会で孤立することを恐れるため、周囲の環境や社会の動向を観察し、そこから孤立することを避けようとすることが前提となっています。これにより、「世論」形成の過程において、以下のような事態が起こると仮定されました。
人々は周囲の意見や社会の動向を観察し、自らの意見が多数派であると思われる場合はそれを公表するが、少数派であると思われる場合は社会的な孤立を恐れて沈黙することを選ぶ
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多数派とみなす意見は声高に話され、少数派とみなす意見は沈黙し続けるという循環が起き、多数派の意見は社会において大きく顕在化し、少数派の意見は小さく見積もられるという「世論」が形成される
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「世論」の動向について集合的錯覚が連続展開していく過程=沈黙の螺旋
そしてノイマンは、この過程のなかでマスメディアは人々が周囲以外の社会や環境を観察する際の情報源として重要な役割を果たし、同時に大きな影響を与えていると主張しています。マスメディアは複数のメディアの表現内容の類似(共鳴性)、情報伝達の繰り返しの影響(蓄積性)、広範囲への影響(偏在性)という、人々の環境認識に影響を与えやすい条件を持っており、その結果として、人々のメディアへの選択的接触が起こりにくくなっていると主張しました。
人々はこのように社会や環境の認識においてマスメディアに依存しており、マスメディアが提示する「世論」像が人々の間に広がることで、それを基準とした選択が起こり、結果としてその「世論」像が現実化していくという点において、マスメディアは大きな影響力を持っていると仮定しました。