くすりは、ほとんどにおいて、体内にいいことをもたらすために服用されます
しかし、頭ではそうおもって飲み込んでも、体内の臓器は、例えば、悪い意図で入り込んだような毒物との見分けはつきません
くすりだろうが毒だろうが、どっちも「生体外異物」としてとらえてしまいます
そして、異物に対しては、何とか対処しなきゃ、という反応を取ります
具体的には、分解する・体の外に出す…など、迷惑この上ない仕打ちを、くすりは体内で受けることになります
つまり、くすりは体内に入った場所(口、血管、肛門...etc)から、自分が薬効を示したい目的地まで
体内から受ける数々の試練を乗り越えなければなりません
例えば、経口投与で入ったくすりなら、おおよそ
口 → 消化管(小腸)→ 門脈 → 肝臓 → 血管 → 目的地
という道順で動きます
では、この途中でくすりが受ける仕打ちは、誰によって与えられるのでしょうか
体内に侵入してきた異物(くすり)は
肝臓に運ばれ、分解され、体の外に排泄される運命にあります
ここで「分解」を担当するのが「薬物代謝酵素」です
薬物代謝酵素にはたくさんキャラがいて
それぞれに分解する相手の担当が違います(カブってることもあります)
侵入してきた異物が自分の担当(「基質」)だった場合、
自分の得意な技(グルクロン酸抱合・アセチル化…etc)で、対処します
このことを「代謝」と呼び
これにより、無事くすりは、役目を果たすことなく戦線から離れます(≒「排泄」)
肝臓に運ばれると、こういった仕打ちを、くすりは受けますが、
中には代謝を逃れるくすりも、きっといるでしょう
そのようなくすりは、次に血管に入り込め
全身をめぐる血液に乗り、効きたい場所にたどり着くことができます
すなわち、くすりの勝利です
口からの服用(経口投与)では、くすり側(≒くすりを創る側)にとって
いかに肝臓をスルーできるかが、焦点になります
少々乱暴な言い方になりますが、
肝臓を無事に通過できるくすりの割合が大きいほど
そのくすりは「効くくすり」といえます
上で紹介した通り、口から服用したくすりは
臓器 ⇔ 血管 ⇔ 目的地
のように、体内の壁を通過しつつ移動しなければなりません
ある薬物は「受動拡散」という技で、壁に浸透して自然のままに通過します
塗りぐすりが皮膚という壁を通過する時とかは、大体コレです
しかし
モノによっては(というか多くは)受動拡散ではうまくいきません
そんなとき、壁にひそむ「トランスポーター」とよばれる物質が
壁の前にいるくすりを引っ張り込み、反対サイドに出してくれます
つまり、くすりの壁通過の手助けをしてくれるのです
このような物質は「取り込みトランスポーター」と呼ばれます
一方で
くすりが移動したい方向とは逆向きに移動させるトランスポーターもいます
薬効を示す目的地からどんどん引き離すため
このような物質は「排出トランスポーター」と呼ばれます
「取り込み」だけなら味方とみなせましたが、「排出」は一転、憎き敵です
薬物代謝酵素同様に
トランスポーターにも各キャラに特有の基質があります
上のような体内物質により、くすりはその活性を失い、また道のりが険しくなるのですが
毒かくすりかも見分けれない体内のヤツらとは違い、くすりには(創った人間の)頭脳があります
ただやられっぱなしではありません
例えば、代謝を受けることを前提に考え
代謝されたあとに、本来の力を手にするように設計すれば
薬物代謝酵素の存在はむしろ必要で、肝臓通過がありがたいイベントに代わります
このようなくすりは「プロドラッグ」と呼ばれます
また実は
注射で直接血管にショートカットするくすりや、坐薬などの肛門から侵入するくすりは
ルート上、肝臓の通過の1回目をはしょって*、目的地を目指すことができます
* 血液は全身をめぐるので、くすりは結局何度も肝臓を通過し、やがて消失しますが、
くすりとしても、一番力のある状態での、1回目の肝臓通過をパスできるのは強力なカードなのです
このように
肝臓通過に対して頭を使うことで、活性をできるだけ保存しようとすることは可能で
そういった戦略を取り込んだくすりは、より高い薬効を示します