おまけ
ここでは卒論で論じた内容についてもう少し踏み込んだ説明をします。レアカードを引き当てた気分に浸りつつお楽しみください。
1. 卒論で目指した解釈
主人公ハンク・モーガンは銃や火薬といった自分の知っている近代技術の知識を武器に、近代科学を知らないアーサー王や円卓の騎士を圧倒し、中世のイングランドを支配します。時には刃向かう者を近代兵器で惨殺します。しかし最終的には頓挫してしまいます。先行研究においてもハンクが用いる近代技術を主題とした論文が多く、例えばヨーロッパ列強と同様に植民地獲得に乗り出した国家アメリカの拡張姿勢(=帝国主義)という現実世界の事象が作品の中のハンクの言動に反映されているのではないか、という主張がよく見られます。しかし、この作品は「近代技術が中世の騎士の人々を圧倒する話」として片付けることは出来ません。ハンクは「科学者」ではなく中世の人々に畏怖される「魔術師」と名乗ったり、中世イングランドの女性と最終的に結婚したりしていることを考慮すると、ハンクは単に中世の人々や価値観を否定していたとは言い切れません。そこで、作品の中に描かれるハンクと中世との関係性を示唆する描写に着目し、先行研究と自分の読みを比較しながら、本作を「近代人ハンクが中世の価値観を受け入れていく物語」とみなしました。
2. 卒論を発展させた雑誌論文(査読付き)
卒論で扱った内容を発展させて僕の修士論文(英語で50ページ)の一章分とし、その章を更に編集して英文研究室の査読付き機関誌『九大英文学』で発表しました。下記の電子版も公開され、どなたでも無料で読めます。
僕の論が説得力があるものなのかどうか、ぜひ自分の目で確かめてみてください。
3. 近現代文化の基盤としての古代・中世の神話・伝承
欧米の近現代文学の中には、作家にもよりますが、何らかの形で古代・中世の神話や伝承を取り入れた作品が多く存在します。例えば、20世紀アイルランドの作家ジェイムズ・ジョイス(1882-1941年)の大作『ユリシーズ』は、古代ギリシアの英雄叙事詩であるホメロス『オデュッセイア』のプロットを下敷きにしつつ、1904年6月16日のダブリン(現在のアイルランドの首都)の人間模様を描いています。この他にも、英文研究室で学んでいれば、古代のギリシア神話の神々や人物が注釈無しで言及されるという状況に確実に遭遇します。
授業では主に近現代文学が扱われてきましたが、加えて僕は多くの近現代文学の元ネタとなっている古代・中世の神話や伝承について調べることで、古代から現代に至るまでの西洋文化史の大きな流れを把握し、「古代・中世文化の受容」という自分の分析テーマを確かなものとしてきました。得られた成果の一部は僕が書いた下記の電子ガイドにまとめています。
古川琢磨「古代・中世ヨーロッパの神話・伝承: 現代文化の源泉」