できるまでの道のり
時期 | 進捗 |
2013年10月 2014年4月 2014年5月-6月 2014年7月-9月上旬 2014年9月中旬-下旬 2014年10月-11月上旬 2014年11月中旬 2014年11月下旬 同 2014年11月末日 2014年11月末-12月下旬 2015年1月上旬 2015年1月10日頃 2015年2月上旬 2015年2月中旬 |
卒論で扱う作品がぼんやりと決まり、邦訳を通読する 指導教員となる先生(アメリカ文学)の主催する卒論説明会に参加 卒論で扱う作品の原書を購入し、メモを取りながら精読 院試準備(英語以外の外国語、文学史、研究計画書)、受験 精読メモを元に卒論企画書(初稿)を執筆し、指導教員に提出 先行研究を集中的に読む 先行研究を元に卒論企画書(第2稿)を執筆し、指導教員に提出 卒論の日本語要約、表紙、目次を執筆し、指導教員の査読を仰ぐ 外国人教員に卒論の題目(英語)のチェックを仰ぎ、学生係に提出 卒論題目提出締切日 卒論の英語本文を執筆し、指導教員の査読を仰ぐ 誤字脱字や論証の矛盾などを数日かけて見直し、学生係に提出 卒論提出締切日 卒論の口頭試問に備え、自分の卒論や作品、先行研究を見直す 口頭試問に出席。合格 |
1. 研究分野(=指導教員)の決定
英文研究室では、遅くとも学部4年生の6月までに自分の研究分野(イギリス文学・アメリカ文学・英語学)を決め、その分野を担当されている先生に報告します。勿論、研究したいことが明確に決まっている人なら、2-3年生のうちに動き始める人もいます。僕の場合、卒論以外の単位を取り終えた3年後期(10月-1月)にも、指導教員としたい先生の演習授業に参加し続けました。文学部生の中には、大学院の授業や研究室主催の研究会に積極的に参加する学生の姿も見られます。その気になればフライングスタートが合法的に出来る世界です。
卒論関係のスケジュールは研究室や指導教員によって異なるため、先生や先輩から確実な情報を引き出しましょう。
2. 指導教員とのやりとり、卒論企画書
僕の指導教員は卒論生との対話を重視される方で、卒論説明会で卒論執筆の年間計画を示し、それに沿って研究面談に対応してくださいました。特記すべきは、A4用紙一枚にまとめる「卒論企画書」です。卒論企画書は卒論のアウトラインです。このページの最下段のボックス「卒論企画書の例」には僕が実際に書いた企画書の初稿を載せています。A4用紙一枚に収まるように、研究の現状(先行研究が何を論じ、何を論じきれていないか)や着眼点を自分の中でまとめていくことが目的です。
卒論企画書の初稿は、先行研究を充分に読んでいない状態で書いても構いません。卒論の方針を初稿で明確にした後、先行研究を読みつつ思索を深め、研究の現状や作品への切り込み方、結論を修正して企画書第2稿を書き上げます。その後も行き詰まることがあれば企画書に立ち戻り、自分が何を目指しいるのかを再確認したり、分析方法を微調整したりしていきます。
ただ、僕自身を振り返ると、6-7月時点で先行研究の調査に着手しているべきだったと考えています。読んでいる研究文献が少ない状態で院試の研究計画書を書き上げるのに苦戦した記憶があります。特に大学院の前期入試を受けたいという人は、より早く動けば研究計画書が書きやすくなります。
下記の僕の卒論企画書はあくまで初稿です。皆さんは、最終的には僕のもの以上に要点が明確な企画書を目指してください。皆さんの実力を十全に発揮すれば、必ず出来ます。
3. 絶対に間に合わせるべき手続き
九大文学部には、卒論関係の手続きが3種類あります。上記のスケジュール表の中で赤文字で記したところです。卒論の提出日だけ守ればいいのではないのです。
※このガイドで明示した各種締切の時期は2017年時点のもので、今後変更される可能性があります。学内にある文学部の掲示板などを定期的に確認し、その年度のスケジュールを正確に把握してください。
i. 卒論題目提出締切日
学生係が配布する題目届に自分の卒論のタイトルを書き、学生係に提出します。毎年11月の最終平日が提出締切となっています。本文を英語で書く英文研究室の場合、英語版と日本語版の二種類のタイトルを提出します。提出前に、指導教員と副指導教員(所属研究室内の他の分野の先生)のサインを頂く必要があります。英文研究室ではサイン集めの前に、研究室の外国人教員に英語タイトルのネイティブ・チェックをして頂きます。
ここで提出した題目を12月以降に変更することは出来なくなります。ただし、最低限必要なのは本題だけで、副題は卒論本文提出時に付け加えて出すことが出来ます(ただし、副題も題目届に書いて出した場合、副題も変更出来なくなります)。
卒論本文に気を取られがちなのですが、「題目提出締切前に題目を提出する」と心に留めておきましょう。参加エントリーしないとそもそも試合に出られないのです。言い換えると、参加エントリーしてしまえば誰にでも勝ち目が見えてきます。
ii. 卒論提出締切日
毎年1月10日頃が卒論提出締切日です。毎年、締切日の午後には文学部の提出窓口が非常に混雑します。出来れば前日まで、遅くとも当日の午前中までの提出を目指すつもりでいるのが無難です。
執筆期間中は、卒論データのこまめなバックアップも忘れずに。
iii. 口頭試問
研究室によって形式は異なりますが、英文研究室では毎年2月中旬に口頭試問が行なわれます。指導教員と副指導教員(英文研究室では計3名)を相手とする面接形式の試験で、1人につき約10分かかります。最初の1分で自分の卒論の内容を説明した後、先生方から卒論の内容に関して質問され、会場に持ち込んだ自分の卒論の控えを参照しながら答えていきます。何が問われるか予想しづらいところもありますが、まずは指導教員とのやり取りを思い出し、指導教員から問われてきたことに対して自分の答えを返せるように準備してみましょう。
文学部ではこのような最終試験をクリアして初めて、卒業要件に含まれる卒業論文の10単位が得られます。日程が1月下旬から2月上旬の間に通知されます。卒論を提出した直後に対策を始める必要はありませんが、まずはとにかく出席すること、それに卒論は書きっぱなしで終わらず、自分の口で説明する機会があることは頭に入れておきましょう。
1. 日常の中からテーマを探す
先行研究を読みながらテーマを探していくことも出来ますが、自分が普段関心のある物事をテーマに昇華させるのも有効な発想法です。僕の場合、世界各地の古代・中世の神話や伝承の設定を取り入れた現代サブカルチャーに関心を持っていたため、過去の神話・伝承を応用して創作している点でトウェインの『コネチカット・ヤンキー』が現代日本のサブカルチャーに相似していることに気付きました。そして、この作品における神話・伝承受容を考えていけば、最終的には日本のサブカルチャーの在り方を捉え直すことが出来るかもしれないと考えたのです。存外に「楽」から「学」が生まれるものです。
他には、ジェンダー・人種といった社会問題に関心を持つ人が、それらの観点から文学作品を読んでいく例が多く見られます。このように、文学研究の際に他分野の知見を参照することは珍しくありません。
2. 細かい読みから大きな問いへ
単に誰も言っていないことを列挙するだけでは、論文を名乗るに値する深い分析になりません。自分が着目した点が作品全体の解釈にどのような影響を与えるのか。大きな視野を持って考えて見ましょう。
「解釈」とは何かについて説明するにあたり、僕は語用論(pragmatics)の知見を参考にしています。語用論は、会話者の意図やその場の状況などの「文脈」が、発話や聞き手の解釈に影響を与えるしくみを探究する、言語学の一領域です。例えば、以下の会話を見てみましょう。
A「今日は真夏日だ」
B「じゃ、エアコンをつけよう」
「今日は真夏日だ」という一文は、字義通りに考えると「今日の最高気温が30度を超えることを意味する肯定文」です。しかし、文脈1「友人同士であるAとBの双方が室内にいる」や文脈2「その部屋のエアコンのスイッチが入っていない」、文脈3「Bの近くにエアコンのリモコンがある」を想定すると、Bが「今日の最高気温が30度を超えることに言及することで、Aは僕にこのリモコンを操作してエアコンをつけてほしいと遠回しに頼んでいる」と判断し、エアコンをつけるという展開が生じます。ここでのAは、何の意図もなく「今日は真夏日だ」と発言したのでなければ、Bに対して自分が今暑いと思っていることを示唆し、それに気づいたBがエアコンをつけてくれることを狙っていると言えます。直接「エアコンをつけてくれ」と命令するよりも、相手のフェイス(面子)を傷つけることなく目的を果たせるのです。
文学研究も同様に、作品世界の中の人物相関や現実世界の文化的・社会的背景を文脈として用いながら、作品の中の表現について考えていきます。例えば、ある作品の中に登場するマックという男が以下の台詞を言ったとしましょう。
ニューヨーク・チーズケーキは不味かったね。あれは食えやしない。
字義通りの意味なら、マックがニューヨーク・チーズケーキを苦手としていることが言えるでしょう。ただし、文脈1「マックはアメリカ合衆国中西部の田舎に住んでいる」や文脈2「マックは他の場面でも、ニューヨークやボストンといった大都市の名を冠する事物を挙げつつ苦手だといっている」、文脈3「作品の作者は都市の消費文明に対する批判を度々新聞に掲載した」などを想定すると、「作者がマックを使って、都市文明に対する批判をさせている」という解釈を導くことが出来ます。このように、文脈を使いながら短い台詞を分析することで、例えば「文学作品は現実の人間や社会が抱える問題をどのようにして表すことが出来るのか」という大きな問いに最終的には至れるのです。
文学研究における分析や解釈の方法、それに上記の語用論については、本ガイドの「終わりに」の中に入門書リストをまとめています。
3. 英語力≦耐久力
文学作品の英語は、TOEICやTOEFLで使う英語の知識だけで読みこなせるわけではありません。付いている車輪の数で馬車の名称が変わることがあったり、作品の描く地域・時代に特有の政治状況や宗教に関する単語、スラングが頻出したりします。分からない単語があまりにも多すぎて、自信をなくしてしまう人もいるかもしれません。試しに文学作品に出てくる単語のクイズを出してみます。皆さんはどれほど知っているでしょうか? 答えは自分で調べてみてください。
damned
redemption
antebellum
coach
tandem
しかし、研究対象として読む文学作品はその言語の母語話者のようにすらすらと読まねばならないものではありません。授業の中である先生は、ゆっくり読まざるを得ないからこそ、母語話者が気付けないことに気付けるのだ、とおっしゃいました。英語の読解力に自信の持てない人は絶望せずに、試験英語が得意な人は読むスピードが落ちるからといって不要に焦らずに、粘り強くテキストに向き合っていきましょう。紙であれ電子であれ、辞書と友達になりましょう。九大生なら、複数の辞書の見出し語を横断検索出来る研究社Online Dictionary(自分のSSO-KIDでログインして使用)や、英語辞典の最高峰であるOxford English Dictionaryの電子版も利用出来ます。
キリスト教の用語や各教派の特徴については、八木谷涼子『なんでもわかるキリスト教大事典』(朝日新聞出版、2012年)が文庫で気軽に読めます。また、日本語や英語で書かれた概説書や事典も豊富にあります。
上記のような「文学作品の英語の知識」だけでなく、「文学系の論文英語の知識」も必要なのがこの分野の大変なところです。火事場の馬鹿力を発揮して何とか締切当日に書き上げる猛者もいますが、九大生として高い潜在能力を秘めている人でも、英語論文という冷水プールに身を投じる前にある程度の準備体操をしておいてほしいものです。
九州大学英文研究室には研究室専属の外国人教員がいらっしゃり、文学や言語学、英語圏文化の授業を英語で開講されています。英語で授業を聞き、英語で質問や議論を行ない、英語の文献やハンドアウトを読み、英語で試験答案やレポートを書きます。日本人教員があまり扱わない作品や分野が扱われることも多いので、少しでも興味の持てる内容であれば積極的に参加し、英語で自分のアイデアや論証を表現する練習をしてみましょう。日本語話者の学生同士が文法的に完全な文をいちいち言わなくても会話を楽しめるように、多少文法や単語を間違えても意図が伝わることはよくあります。失敗経験だけでなく成功体験を積み重ねていけば、語彙の増強や学術論文に適したフォーマルな表現の習得といった、次に達成したい目標が見えてくるはずです。
英語論文に関する参考書は本ガイドの「終わりに」の中で紹介しています。また、150-200ページ程度の分量で各学問分野やテーマについて英語で読めるシリーズ"Very Short Introductions" (Oxford University Press) の中から関心のあるものを読んでいけば、本一冊分の英語を読み通すための体力がつき、実際に使われている論理的な英文に多く触れることが出来ます。例えばLiterary Theory (by Jonathan Cullar) や Medieval Literature (by Elaine Treharne) のように、文学関係では作者、時代、地域、ジャンル、理論を主題とした本が出版されています。
4. 見直しは侮れない
人間は予想以上に勘違いする生き物です。卑近な例ですが"Emily plays the piano every day."という文を本文の中で書いたとしましょう。僕が英語本文の完成後に見直しをしている時、このような文の中に三単現の"s"を付け忘れている箇所を見つけて修正したことがあります。論文執筆の際に極度に緊張したり興奮していたりすると、自分の頭の中で"s"や"ed"のような接尾辞を付けたつもりになっているだけで、実際の原稿にはこういった人称や時制を示す接尾辞がついていないことが意外とあるものです。そのため、本文が完成した後に丁寧に見直しを行うのが確実です。
12月末に本文が書き終われば、数日は休んで年末年始を楽しみ、リフレッシュした状態で見直しを始めるようにすると、間違いに気付きやすくなります。誤字脱字を1つずつ潰していくごとに、論文の質が高まっていきます。間隔を空けつつ二、三度見直すことが出来ればより万全です。
友人や親しい先輩に依頼して、自分の論文をチェックしてもらうのも効果的です。他者の目を通すことで、自分以外の論文の読み手には分かりづらい表現や、説明が不足している箇所が浮き彫りになります。自分の論文の中で「説明不足」と指摘される箇所が多い人は、その箇所についてまず口頭で聞き手(論文の読み手)に補足説明をしてみた後、口に出した内容を書き出してみましょう。その内容は、自分が言いたいことであるのにもかかわらず、理解が頭の中で自己完結しているために、現時点での自分の論文には反映されていなかった説明です。これを適切に本文に組み込めば、より明瞭で説得力のある論文に近づけます。
"Scientific Magic" beyond Space-Time:
Hank Morgan's Adaptation to 6th Century England in Mark Twain's A Connecticut Yankee in King Arthur's Court
時空越ゆる科学的魔術――マーク・トウェイン『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』における
ハンク・モーガンのイングランド化 [卒論企画書初稿]
平成26年9月28日 古川琢磨
作品
マーク・トウェイン『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』
目的
アーサー王期イングランドにおけるハンクの振る舞い及び当代の人々への姿勢に基づき、ハンクがいかにイングランドの文化や価値観を吸収したかを解明する。
現状
・本作は晩年のトウェインの反帝国主義に即して論じられることが多い。
・上記を根拠に、作中で使用された石鹸や兵器、制度などハンクが19世紀アメリカから持ち込んだ近代的なものが論題とされる傾向にあるが、対するイングランド側の魔術的言説などの考察は不足している。
・トウェインをトランスアトランティック作家としてその越境性を読み直す動きも見られるが、単著論文で一作品が単独で扱われるまでには至っていない。
切り込み
・ハンクがしばしば自身の科学的知識を「魔術」と形容したことに着目する。近代技術がなく魔術の神秘が固く信じられているアーサー王期イングランドにおいては、人々に合わせて魔術師を演じた方が彼には好都合だった。
・アーサー王や円卓の騎士に対するハンクの姿勢を考察する。古の蛮族として見下す独白が多く目に付くが、奴隷状態から救出された際には王の頼もしさを認めもしている。
・現地の女性サンディーに対するハンクの姿勢を考察する。初めは渋々行動を共にしていたが、彼自身の奴隷状態化による別離を経て愛情を強く抱き始めて結婚し、今際の際には彼女の幻影を見るまでとなった。
結論
如何にもアメリカ的な人物というイメージの強い語り手ハンクは、作者トウェインと同様にヨーロッパ的なヨーロッパ的なものを受容し、その一員となった。ハンクはイングランド体験を通して、「科学的魔術師」及び「アメリカ系イングランド人」となったのである。