Skip to Main Content

私の卒論ができるまで: 石川千絵里(九州大学医学部保健学科・2024年卒): おまけ

九州大学の図書館でティーチングアシスタントとして働く院生が学部時代に卒業論文にどのように取り組んだか紹介します。

目次

初めに

  • 私の卒論シリーズ
  • 今回の先輩は石川千絵里さん

 

できるまでの道のり

  • 卒論の内容と長さ
  • 最終提出までのスケジュール
  • ここがポイント

 

Q&A

  • 普段の生活との両立
  • 活用したツール

 

終わりに

  • オススメ本
  • 後輩へのメッセージ

 

おまけ

  • 卒論の内容をもっと詳しく

このガイドの作成者

Profile Photo
石川 千絵里
連絡先:
本ガイドは図書館TA(Cuter)として勤務した際に作成したものです。

勤務期間 :2024年4月~
作成時身分:大学院生(修士課程)
作成時所属:九州大学大学院医学系学府保健学専攻看護学分野助産学コース

卒論の内容をもっと詳しく

私の卒論の内容に興味を持っていただいて有難うございます!

ここでは、卒論のより詳しい内容について、説明したいと思います。


タイトル「乳児期のベビーマッサージが母親と児へ与える効果」

卒論の構成(目次)は、こんな感じでした。
Ⅰ.はじめに
Ⅱ.研究方法
Ⅲ.結果
Ⅳ.考察
Ⅴ.結論

前述したように、看護学専攻では、原則文献研究を行うことになっています。テーマに合致する内容の文献を収集し、それらを読み、結果としてまとめていくという形で研究を進めていきました。

文献検索には、医学中央雑誌Web版PubMedGoogle Scholar を使用しました。キーワード「ベビーマッサージ」「インファントマッサージ」「baby massage」「infant massage」で検索し、得られた文献のうち、研究目的に合致する原著論文10件が分析対象となりました。

<結果>

得られた文献を分析し、抽出された結果は以下の通りです。

結果 結果の詳細 報告された論文の本数 用語などの補足説明
母親の抑うつの軽減 ベビーマッサージ実施前後を比較して、EPDS得点の低下、POMSの抑うつ-落ち込み得点、SDS得点の有意な低下が認められた。 4 ※EPDS(Edinburgh Postnatal Depression Scale):エジンバラ産後うつ病質問票。日本語版では、10の質問に対して患者さんに今の気持ちを評価してもらうことで、産後うつ病のスクリーニングを行うことができるスケールです。
※POMS(Profile of Mood States):65の質問から、6尺度(怒り-敵意、混乱-当惑、抑うつ-落ち込み、疲労-無気力、緊張-不安、活気-活力)を分析し、所定の時間枠における気分状態を把握するスケールです。基本は過去1週間の気分を測定します。
※SDS(Self-rating Depression Scale):自己評価式抑うつ尺度。患者本人に20の項目に答えてもらい、抑うつの程度を測定する質問紙です。
2 産後抑うつ傾向にある母親の抑うつの軽減 ベビーマッサージ実施前後を比較して、産後抑うつ傾向にある母親の人数や相対頻度が減少することが明らかになった。また、EPDSが高得点の母親を対象とした介入において、EPDS得点の有意な減少が認められた。​​​​ 5 ※産後うつ病の発病率は、約10~15%と報告されています。
3 母親の不安の軽減 STAIの状態不安得点の有意な減少や、SAS得点の有意な減少が認められた。 2

※STAI(State-Trait Anxiety Inventory):全40の質問に答えてもらい、不安の2因子である状態不安(State Anxiety)と特性不安(Trait Anxiety)から、不安の程度を測定する質問紙です。

※SAS(Self-rating Anxiety Scale):自己評価式不安尺度。患者本人に20の質問に答えてもらい、不安の程度を測定するスケールです。

4 母親の児への愛着の促進 対児感情尺度の接近得点の上昇、回避得点の減少、拮抗指数の減少、MAI得点の有意な上昇が認められた。 4

※対児感情評定尺度:母親の赤ちゃんに対する気持ち(対児感情)を、接近と回避の観点から測定するスケールです。

※MAI(Maternal Attachment Inventory):乳児に対する母親の愛着を、母親の情緒を表す行動と感情から測定する。

5 我が子の扱いやすさの上昇 我が子の扱いやすさ質問票を用いた結果では、介入前後で有意に「扱いやすさ」得点が上昇していた。 1
6 母親の身体的ストレス反応の改善

唾液アミラーゼ値、唾液コルチゾール値、心拍数、体幹温度と手掌温度に有意な変化が認められた。

ただし、唾液アミラーゼ値に関して、介入前後の有意な変化が認めらなかったという報告もあった。

3

※唾液アミラーゼ値と唾液コルチゾール値:どちらも急性ストレスに対して増加することがわかっています。年齢や性別との関連、日内変動、女性の性周期との関連があることも報告されています。

7 母親の睡眠の改善 介入後、対照群と比較して、夜間の睡眠時間が有意に長く、睡眠障害が減少していた。母親の睡眠の質、主観的睡眠の質の評価(PSQ)、習慣的な睡眠の効率、日中の機能障害には有意差が認められなかった。 1 ※PSQ(Pittsburgh Sleep Quality):睡眠障害の程度を測定するスケールです。過去1か月間における睡眠の質や入眠時間、睡眠時間など全7項目について主観的な評価を回答してもらいます。
8 児の身体的ストレス反応の改善 介入後、児の唾液アミラーゼ値、体幹温度と手掌温度、脈拍に有意差が認められた。 1
9 乳児湿疹の改善と児のQOL向上 介入開始から2か月後のEASI得点とIDQOL得点はどちらも、介入群・対照群ともに有意に低下していた。しかし、介入群は対照群よりも有意に得点が低かった。 1

※EASI(Eczema Area and Severity Index):身体を4つの部位に分け、皮疹の面積、湿疹の重症度を測定するスケールです。

※IDQOL(Infant’s Dermatitis Quality of LIfe Index):4歳未満のアトピー性皮膚炎を持つ小児に対し、QOLを測定するスケールです。

10 新生児期の生理的黄疸の改善 介入後2日目、3日目、4日目の介入群の血性総ビリルビン値は、対照群よりも有意に低く、介入後の排便頻度は対照群よりも有意に高かった。 1

※黄疸と総ビリルビン:体内の総ビリルビン値が上昇すると、皮膚が黄色く見える(黄疸)ようになります。新生児期は生理的に多血であり、生理的黄疸と呼ばれる黄疸が生じます。中には病的な黄疸が生じる赤ちゃんもいて、早期発見と早期治療が必要です。

11 児の睡眠の改善​ 児の入眠潜時が有意に短くなり、夜間覚醒回数の有意な減少、最長連続睡眠時間の有意な増加が認められた。就寝時間、夜間覚醒時間、合計睡眠時間、昼寝の回数、昼寝の時間、24時間での合計睡眠時間には有意差が認められなかった。 1 ※入眠潜時:覚醒から眠りに入るまでの時間を指します。

<考察>

1.母親の心理状態の改善
結果の1~3より、ベビーマッサージが母親の心理状態を改善することが明らかになりました。産後はホルモンバランスや身体状態の変化に加えて、育児の負担、環境や人間関係の変化などの様々な要因からメンタルヘルスの問題が生じやすいと言われています。産後のメンタルヘルスケアとして、相談事業や家庭訪問、産後ケア施設の利用などが行われています。ベビーマッサージは自宅でも気軽に行うことができ、簡易に取り入れやすいという特徴があり、ベビーマッサージを上記の支援に組み合わせることで、産後の心理状態をさらに改善することが期待されます。産後うつ病の好発時期は産後4週以内であることが明らかになっており、退院時の保健指導や産後の2週間健診の際にベビーマッサージを提案し、実施を促すことができると考えます。

2.母親の児への愛着の促進
結果の4より、ベビーマッサージが母親の児への愛着を促進することが明らかになりました。乳幼児期の精神的・社会的発達には、愛着形成が大いに関与しており、愛着形成が不十分な場合、その後の情緒的発達や人間関係の形成、自立心や規範意識の発達などに深刻なダメージを受けることになると言われています。そのため、愛着形成や母児相互作用の促進は、児の成長発達に必要不可欠です。
乳児の愛着の安定性には、母親の情動認知*1と敏感性*2が関連することがわかっています。ベビーマッサージにより、児が笑ったり、喜んだりする様子を見て、それに母親が反応を返すというプロセスを繰り返すことで、母親の児に対する情緒応答性・敏感性が高まり、情動調律行動が増加したことで愛着形成が促進された可能性があります。また、結果の5より、ベビーマッサージ実施により児の「扱いやすさ」が上昇することが明らかになりました。情緒応答性・敏感性の高まりが、児の「扱いやすさ」を上昇させ、それがさらに愛着の促進に繋がったとも考えられます。日常的な育児行為である授乳、タッチケアは愛着形成を促進すると報告されていますが、それらに加えてベビーマッサージを実施するように促すことで、さらなる愛着形成促進が期待できます。その他、育児サロンや子育てサークルにおいてプログラムの1つとしてベビーマッサージを実施することで、さらなる愛着形成促進が望まれます。

*1:児が表出する喜びや恐怖、悲しみなどの情動を読み取ること
*2:児の感情や行動にすばやく気づき、鋭く察知すること

3.母児の身体的ストレス反応の改善
結果の6、8より、ベビーマッサージ実施前後で母児の身体的ストレス反応の指標である、唾液コルチゾール値、唾液アミラーゼ値、心拍数、体幹・手掌温度に変化が見られたことが明らかになりました。ベビーマッサージのリラックス効果により、副交感神経が優位(=リラックスしている状態)になったことで、身体的なストレス反応が改善したと考えられ、これらが児の睡眠導入や哺乳意欲の増加に繋がる可能性もあります。ストレス反応の指標に関しては、年齢や性別と関連することや、時間帯・季節によって変動することが報告されており、ベビーマッサージ以外の因子が関連した可能性があるため、さらなる検証が必要だと考えられます。

4.母児の睡眠の改善
結果の7、11より、ベビーマッサージを実施することで母児の睡眠に改善が見られることが明らかになりました。産後は夜間の授乳や赤ちゃんの夜泣き、赤ちゃんの世話のために睡眠途中で起きる必要があるなど、母親の睡眠が阻害されやすく、睡眠に問題を抱えやすい時期です。母親と児の睡眠に関しては、就寝時刻のパターンが類似することや児の概日リズムの形成が母親の睡眠覚醒リズムに影響を及ぼすことなどが明らかになっており、さらに、児が睡眠問題を抱える場合、母親の健康問題や睡眠問題に繋がることや、睡眠満足度は精神的健康度と関連することも報告されています。そのため、良好な睡眠をとることは必要不可欠です。概日リズムが確立される生後2か月ごろからのベビーマッサージ実施に向けて、ベビーマッサージ実施の方法などを伝えることにより、母児双方の睡眠を改善させ、それにより、母親の精神的健康度を高めることができる可能性があります。

5.児への効果
1)乳児湿疹の改善

結果9より、ベビーマッサージを実施することにより、乳児湿疹を改善することができることが明らかになりました。新生児の皮膚トラブルについて、いくつか報告がありますが、皮膚トラブル全般は65.5%、乳児脂漏性湿疹は32.3%の割合で発症するという報告があります。現在、乳児湿疹の治療としては、沐浴による清潔の保持や保湿が行われていますが、それらに加えて、ベビーマッサージを実施できる可能性があります。生後1か月間の児に関する心配事は、皮膚に関するものが最も高かったという報告があり、皮膚トラブルは目に見えるものであることから両親の心配に繋がりやすい可能性があります。ベビーマッサージが乳児湿疹の改善に繋がれば、両親の心理状態の改善にも繋がり、母児双方が利点を得ることができます。皮膚が安定してくる生後2週間以降に実施される2週間健診や1か月健診の時や、皮膚トラブルに関する相談を受けた際に、沐浴や保湿ケアの保健指導に加えて、ベビーマッサージ実施を促すことが望ましいと考えられます。

2)新生児期の生理的黄疸の改善
結果10より、ベビーマッサージを実施することにより、血清ビリルビン値の上昇を抑え、新生児期の生理的黄疸を改善することができることが明らかになりました。ベビーマッサージを行うことで、排泄が促進されたことや、哺乳意欲が増加したこと、血液循環が促進されたことが、血清ビリルビン値の低下に効果を示した可能性があります。先行研究では、ベビーマッサージにより体重増加が促進されなかったという報告もあり、ベビーマッサージによる哺乳意欲の増加は新生児期の生理的黄疸改善とは関係がない可能性もあり、さらなる研究が必要です。黄疸が重度の場合は光線治療(保育器の中で光を当てて治療する)が行われますが、児が治療を受けることにより、母親は不安や心配、母児分離に伴う寂しさを抱くことが報告されています。ベビーマッサージを実施することで血清ビリルビン値の上昇を抑えることができれば、光線療法に伴う母児分離や母親への心理的ダメージを回避することができます。生後早期の児を持つ母親に対して、退院時の保健指導の際にベビーマッサージ実施を促したり、看護者と一緒に実践したりすることができると考えます。ただし、新生児期黄疸のピークは生後4~5日にあること、産後早期は母体の回復途中にあるという点に留意が必要です。看護師によるベビーマッサージや腹部のマッサージが血清ビリルビン値の上昇を抑えるという報告もあり、看護ケアの一部として取り入れることで新生児黄疸発症予防ができる可能性もあります。

 

<研究の限界と今後の課題>
本研究の限界は、以下の通りです。
・分析対象とした文献が少なく、十分なエビデンスが示されているとは言えない。
・結果に挙げた効果は、ベビーマッサージのみによるものではなく、経時的変化や環境の変化などの他の因子によるものである可能性がある。
・自記式質問紙による評価が多く、対象者の主観が結果に関与している可能性があるため、客観的評価指標を用いた評価の工夫が必要である。
・ベビーマッサージの実施方法が統一されておらず、実施方法の違いにより結果の差異が生じた可能性がある。
・実施期間が様々で、短期間の介入による効果を報告した文献もあり、ベビーマッサージの効果は短期的なものなのか、持続するものなのかが不明である。
・本研究において分析対象とした母児以外の、早産児や疾患を持つ母児などに対する効果が不明である。

本研究から、今後の研究課題として、以下のリサーチクエスチョンが抽出されました。
・ベビーマッサージの実施期間・頻度による効果の違いはあるのか。
・目的とする効果によって最適な実施方法は異なるかどうか。
・母親だけでなく、父親が実施した場合に、父子相互作用や父親の精神的健康、夫婦関係への効果はあるのか。

 

<結論>
乳児期のベビーマッサージは、母親の心理状態を改善すると共に児への愛着を促進し、母子関係や児の発達に良い影響を及ぼすことが期待できる。母児双方の身体的ストレス反応や睡眠、児の乳児湿疹や生理的黄疸を改善させ、それらがさらに母親の心理状態を改善させる可能性がある。ベビーマッサージは、対象者の希望や状況に合わせて、退院前や健診時の保健指導や家庭訪問、育児サークルなどと組み合わせて実施したり、日常的な育児行為に取り入れるように促すことで、母児の身体的・精神的健康に良い効果をもたらし得ると示唆された。