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2020年ノーベル化学賞!! 最新のゲノム編集技術「CRISPR/Cas」について: 今後の発展性②〜食に関する遺伝子改変〜

生命科学研究に携わる全ての人が理解しておくべき、遺伝子配列を自在に編集できる夢のような技術についてのガイドです

増え続ける人口

 私が小学生や中学生だった頃、世界の人口は約60億人だと学校で教わりました(正確には覚えていませんが)。しかし、2019年には77億人を超え、間も無く80億人に達しようとしています。人口が多くなると問題になるのが「食糧」です。食肉などの確保のため家畜の飼育が行われますが、飼育頭数を増やすためには、当然飼料も比例して増やさなければなりません。限られた気候環境・土地で効率的に作物を栽培するために、これまでに様々な遺伝子改変が行われてきました。本章では、食に関わる動物・植物の遺伝子改変について簡単に述べたいと思います。

植物の遺伝子改変

 これまでにより美味しく生育しやすい品種を求めて、様々な組み合わせで交配が行われてきました。例えば、お米は品種によって、美味しいけど病気に弱いもの、味はそこそこだが病気に強いもの、など長所と短所を併せ持っています。それらを交配することによって良い点のみを有するような稲を選抜していき、一つの品種として確立していきます。スーパーでよく見かける「コシヒカリ」や「ひとめぼれ」なども長い年月をかけて選抜された、品種改良によって生まれたものです。このように交配によって品種改良を目指す場合、父親と母親それぞれからゲノムを譲り受けるため、良い点だけでなく悪い点も受け継がれてしまう可能性が高くなり、本当に質の良いものを選抜するには、非常に多くの時間と手間を要します。

 この問題点を改善しうる一つの手法が本稿で紹介しているゲノム編集です。ゲノム編集を用いると、美味しさや病気耐性など改善したい点を司る遺伝子のみをピンポイントで改変することができるので、選抜にかかる時間と手間を減少させることが期待できます。例えば、植物の重要な成長ホルモンの一つにアブシジン酸があります。アブシジン酸は環境ストレスへの応答に関わるといわれており、コメにはホルモンを感知する受容体として13の遺伝子セットが存在することが明らかとなっています。これまでに、交配技術を用いて高いストレス耐性を有する品種の作成に成功してきましたが、この13種の遺伝子の中にコメの成長を抑制する機能も有しているものがあることが判明し、収穫量が減少してしまうという欠点がありました。そこで、CRISPR/Cas9を用いて遺伝子に変異を導入し、13種の遺伝子の中でコメの生育に抑制的にはたらくものを同定しようと試みました。結果、pyl1/4/6が成長を抑制する遺伝子であることを同定し、それらに変異を入れることで、高いストレス耐性を有したまま、体長・重量の大きいコメの作成に成功したと報告されています(Chunbo Miao, et al., Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 2018)。

 WT(野生型=正常型)と比べて、pyl1/4/6をノックアウトすると体長が大きく、さらに実が多くなっています。 https://doi.org/10.1073/pnas.1804774115

 

動物の遺伝子改変

 人口の増加に伴い主なタンパク質源である食肉の需要も高まってきました。そこで、十分な食肉を確保しようと動物のゲノム編集も行われてきています。

 ウシやブタは消費量が多い代表的な食肉源ですが、市場に出回るようになるまで、ウシは約30ヶ月、ブタは約6ヶ月と非常に長い時間がかかります。そこで、一匹あたりから取れる肉の量を増やすために、ゲノム編集が使用できるのではないかと期待されてきました。ゲノム編集の標的となるのが「ミオスタチン」という遺伝子で、この遺伝子には筋肉増強を抑制するはたらきがあることが分かっています。つまり、ミオスタチン遺伝子をCRISPR/Cas9システムを用いて欠損(機能不全)させることによって、筋肉を増やすことができるのではないかと考えました。例えば、ヒツジにおいて、ミオスタチン遺伝子のうち20bpを欠損させ、機能的なタンパク質が生成できないようにすると、コントロール群と比較して体重が約1.5倍と大きくなることが報告されています(M. Crispo, et al., PLOS One, 2017)。下の写真を見てもらうと、肩やお尻の部分がミオスタチンを欠損させたヒツジで大きくなっていることが分かります。

        

                         https://doi.org/10.1371/journal.pone.0136690

 他の動物でも同様の試みが行われていて、ウサギではCRISPR/Cas9を用いてミオスタチン遺伝子をノックアウトすると、筋線維の大きさや数が正常なウサギに比べて増加したと報告されています(Qingyan Lv, et al., Scientific Reports, 2016)。左から、ミオスタチンをホモで欠損させたウサギ、ミオスタチン遺伝子をヘテロで(片側のみ)欠損させたウサギ、正常のウサギとなっており、ミオスタチンを欠損させると後肢が全体的に大きくなっていることが分かります。

       

          MSTN=ミオスタチン遺伝子          https://doi.org/10.1038/srep25029

 これらのように、重要なたんぱく質源である肉を多くの人に届けられるよう、各研究機関や畜産業に携わっている方々によって日々努力が続けられています。

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コラム4 日本発のゲノム編集食材

・トマト

 筑波大学の研究グループがCRISPR/Cas9システムを使用して、「GABA」という血圧降下作用やストレス軽減作用をもつ成分を高濃度で含有したトマトの作成に成功しました(Satoko Nonaka, et al., Scientific Reports, 2017)。現在、筑波大学によって立ち上げられたベンチャー企業が、高GABAトマトを販売できるよう目指しています。

・ジャガイモ

 じゃがいもの芽には「ソラニン」という食中毒を引き起こす毒素が含まれていることがよく知られています。大阪大学らの研究グループがTALENというゲノム編集技術を用いて、ソラニンなどを合成する酵素に変異を施すことで、毒素含有量の少ないジャガイモの作成に成功しました(Shuhei Yasumoto, et al., Plant Biotechnology, 2019)。

・タイ

 京都大学らのグループによって、ミオスタチン遺伝子に変異を入れ筋肉量を増やした「肉厚マダイ」が開発されました。将来的に「京鯛」なんて商品名で流通する可能性があったりなかったり(参照:京都大学広報誌 京大発、「肉厚マダイ」参上)。同様のゲノム編集を用いた「豊満なトラフグ」も開発されています。

参考文献