遺伝子は、疾患の原因や生命の神秘を解き明かす上で、非常に重要な役割を果たしています。例えば、ヒトでは遺伝子が約2万個ある(諸説あります)といわれており、まだ機能の明らかになっていない遺伝子もありますが、1つの遺伝子の機能が異常になるだけで、「ハンチントン病」「デュシェンヌ型筋ジストロフィー」といった先天性の疾患が発症することが明らかとなっています(コラム1)。こういった疾患の原因や治療法を明らかにするためにマウスなどを用いた遺伝子を欠損させる実験が行われており、それらの遺伝子が機能しなくなった時、どのような影響を及ぼすようになるのか研究されています。これまでは、着目した遺伝子を改変するためにZFN(zinc finger nuclease)やTALEN(transcription activator-like effector nuclease)という手法を用いていました。これらは、人工制限酵素とDNA結合領域を融合させたタンパク質を用いて標的部位を改変する手法ですが、標的とする領域によってその都度タンパク質を精製しなければならず、労力・費用・時間がかかることが問題とされていました(図左)。このような問題点を改善し得る手法として近年盛んに研究に用いられている技術が、本稿で紹介するCRISPR/Casシステムです。
CRISPR/Casとは”Clustered Regularly Interspaced Palindromic Repeat/CRISPR Associated Proteins”の略です。細菌や古細菌において、ウイルスなどによる外来からの侵入物(ここでは遺伝子のことを指す)を排除し、自身の命を守るための獲得免疫システムです。ウイルスなどに感染し、初めて外来性DNAが侵入してきた際に、外来性DNAのPAMと呼ばれる配列の上流(PAMと連なる配列)を切り出し、上記のCRISPR配列に組み込みます。ウイルス感染などによって外来性DNAが2度目に侵入した時に、組み込んだ外来性DNAから転写されるRNA(crRNA)がtracrRNAと相補鎖を形成し、Casタンパク質をリクルートすることにより外来性DNAを切断します(図)。crRNAはCasタンパク質を標的領域へリクルートする際のガイドとなることから、ガイドRNA(gRNA)と一般的には呼ばれています。このような仕組みを人工的にゲノムを編集するためのツールとしてDoudna博士とCharpentier博士らが初めて報告しました(Martin Jinek, et al., Science, 2012)。CRISPRシステムは、上述のZFNやTALENと異なり、gRNAを変えるだけでゲノムを切断する領域を自在に操ることができる点で、要する労力・費用・時間という面で優れているといえます。
Casタンパク質にもいくつか種類があり、その中でもよく使用されているのがCas9です。Cas9は上述のPAM配列としてNGGという塩基配列を認識し、ゲノムの切断を行います(NにはA, T, G, Cのどれが入ってもいい)。ゲノムの編集を行いたい領域に存在するPAM配列を探し、その上流20bpをgRNAとして発現させることで、人工的に任意の位置でゲノムの切断を誘導することができます。
手軽に様々なゲノム編集を行うことができるようになったことから、近年CRISPR/Casを用いた、もしくはCRISPR/Casについての論文数が爆発的に増えてきています(表)。
米国国立医学図書館により運営されている、生命科学系の文献データベースです。雑誌名やキーワード、著者名など様々な検索が可能です。下記リンクより、PubMedの使い方を分かりやすく詳細に解説しているCute.Guidesに跳ぶことができるので、是非参照ください。
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次のページ:CRISPR/Casの用途について
1遺伝子疾患とは、1つの遺伝子の欠損や機能不全によって引き起こされる疾患のことです。代表的なものとしては、ハンチントン病やデュシェンヌ型筋ジストロフィーなどがあります。ハンチントン病はIT15という遺伝子に変異が起こることで発症する神経変性疾患です。症状としては、様々な運動(意思を持って行う行動や、自分の意思とは関係なく生ずる運動)の異常や、精神的な異常があります。現時点では生じた症状に対する対処療法を行うしかなく、根本的な治療法は見つかっていません。デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、X染色体上に存在するジストロフィンという遺伝子に変異が起こることで発症します。症状としては心筋や呼吸筋の低下によって、多くの患者が20歳を迎える前に亡くなります。X染色体上に原因遺伝子が存在することによって、男性で発症率が高い疾患となっています。(男性の染色体はXYでX染色体が1本しかないので、変異が入った染色体を母親から継承すると発症します。女性はXXなので、片方の染色体が正常だと発症しません。)
CRISPRがゲノム編集のツールとして一般的に使用されるようになったのは、2012年にDoudna博士とCharpentier博士によって、生物のゲノムを人為的に編集できると報告されてからです。しかし、CRISPRという繰り返し配列が発見されたのはずっと前で、日本人の石野 良純先生(現 九州大学 教授、当時 大阪大学)によって存在が明らかにされました。当時は、細菌のゲノムに機能の分からない謎の繰り返し配列が存在していることを論文で述べていました。実はその配列が、細菌が外来から侵入してきたDNAを排除するために必要なものであったのです。個人的には、自身がノーベル賞を受賞できなくて悔しいという感情が大きいのかと思っていましたが、その研究に貢献できて嬉しいという石野先生の姿勢に感銘を受けました。
石野先生によるCRISPRについての講演が九州大学公式のYouTubeにUPされているので、是非ご覧ください。