CRISPR/Cas9システムの応用として、まずは疾患モデル生物やオルガノイド(コラム3)の作製が挙げられます。これまで治療が困難とされていた難病などの原因遺伝子に変異を施すことによって、マウスでヒトと同様の症状を示す疾患マウスを作製し、標的臓器の形態や性質の解析から、治療に効果的な薬剤を同定することが期待できます。例えば、ヒトのハンチントン病を引き起こす遺伝子変異を、CRISPR/Cas9を用いてブタのHTT遺伝子にノックインすることにより、ハンチントン病の症状を模倣するようなモデル生物の作製が行われています(Sen Yan, et al., Cell, 2018)。ヒトにおいては、倫理的な観点から受精卵にゲノム編集を行うことが禁止されています。そのため、疾患の原因解明や治療法の開発のために、原因遺伝子に変異を施したヒトのiPS細胞から解析対象となる臓器へ人工的に分化誘導を行い、遺伝子変異を有した細胞やオルガノイドを作製することが現在盛んに行われています。
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また、CRISPR/Cas9システムを用いることによって、疾患の原因となる遺伝子変異を直接修復し、治療することが可能となってきています。
例えば、鎌状赤血球症という、酸素と結合し体内を循環するために必要なヘモグロビンの生成に異常をきたし、貧血などを引き起こす遺伝性の疾患があります。血液内で体を循環する赤血球に疾患の原因がある場合、赤血球の生みの親である造血幹細胞や前駆細胞の遺伝子編集を体外で施し、正常な赤血球を産生させることによって治療することが可能です。一つの治療法として、成人ではほとんど発現がみられなくなる胎児型のヘモグロビンを活性化する(割合を増やす)というものがあります。造血幹細胞前駆細胞の胎児型のヘモグロビンの生成を抑制するBCL11Aという遺伝子に変異を入れる事により、胎児型のヘモグロビンの割合を増やすことができるという報告がなされており(Andrés Lamsfus-calle, et al., Scientific Reports, 2020)、移植を行った際に症状を改善することができるかさらなる解析が待たれるところです。
上記の血液成分などの遺伝子修復は体外で行うことが可能ですが、例えば筋肉のような大きな臓器は体外に取り出すことが非常に困難です。このような場合、生体内で遺伝子修復を行う必要があります。導入①の部分で述べたデュシェンヌ型筋ジストロフィーについて多くの研究がなされており、マウス(Chengzu Long, et al., Science, 2014)やイヌ(Caroline Le Guiner, et al., Nature Communications, 2017)においてCRISPR/Cas9システムを用いて生体内で原因遺伝子であるジストロフィンを修復することによって、心筋・骨格筋の筋構造や機能を回復させることができると報告されています。
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オルガノイドを簡単な言葉で説明すると、「in vitro(試験管内)で人為的に作成された器官・臓器」であるといえます。これまでに、受精卵や幹細胞から様々な臓器への分化様式が明らかになってきており、近年、目的の臓器への分化に必要な成分や周囲の環境を模倣することによる、立体的なミニ臓器の作成が世界中で行われています。日本の研究者も精力的にオルガノイド研究に取り組んでおり、肝臓や腎臓、腸など多くの臓器の3D構築がなされています。