標準模型は大成功を収めましたが、まだまだ不完全な理論です。
その枠組みには多くの欠陥が指摘されています。
標準模型ではニュートリノ質量は完全にゼロだとされていますが、梶田先生らのスーパーカミオカンデの実験により、実際は微小な質量を持つ可能性が示唆されました。
ニュートリノがなぜ質量をもつのか、他の素粒子と同様のメカニズムで質量を獲得しているのかについては全く非自明です。
標準模型には10以上の数値パラメータが存在し、それらは実験的に決められています。
代表的なもので言えば「標準模型」で説明した、小林益川理論に登場する複素位相も実験的に決められたパラメータです。
しかし、統一理論の観点からすると実験的にしか決められないパラメータがいくつも存在するのは不自然です。
理論家の希望としては、これらのパラメータがどのように決まっているのか、そのメカニズムも明らかにしたいところですが、現状うまく説明することができていません。
標準模型のテーブルを思い出してもらうと、その中には重力の担い手となるような素粒子がいないことがわかります。
実は重力を素直に量子化しようとすると、計算結果に無限大が現れてしまうことがわかっています。
このような困難に直面したとき、例えば量子電磁気学の場合、「繰り込み」という数学的技術を駆使することで発散を回避することができます。
しかし、量子重力の場合は「繰り込み」をしても発散を処理できない、所謂「繰り込み不可能」な理論になっています。
このことから現状量子論は古典的な重力理論(正確には一般相対性理論)とは相容れないとされています。
Fig7. 「重力子」は存在するのか…
(『ひっぐすたん HiggsTan』https://higgstan.com/ より)
標準模型の抱える種々の問題の解決に向けて、様々な理論の拡張や新たな理論が考えだされていますが、ここでは「重力」の問題に絞って簡単に解説したいと思います。
前述したように、重力の量子化には発散の問題が付きまといます。
これを解決する1つの有力な候補になっているのが「弦理論」と呼ばれるものです。
通称「ひも理論」とも呼ばれるこの理論は、最小構成単位として、大きさを持たない点ではなく1次元の自由度を持つひものようなオブジェクトを仮定しています。
この「ひも」には切ったビニール紐のように開いたものと輪ゴムのように閉じたものが存在し、それぞれが様々な振動の仕方をします。
その振動の仕方によってひもは特徴づけられ、私たちの目には多種多様な素粒子として見えている、と解釈するわけです。
この描像は量子重力を考える際に都合の良いものになっています。
重力を素朴に点粒子の理論で考えて量子化し、「理論で素粒子をする」で見たようなファインマンダイアグラムを計算すると、必ず発散が起こってしまいます。
しかし、構成要素が一次元の自由度を持つと、このダイアグラムでうまく発散を回避できるのです。
実はこの理論は、当初量子重力を考えるために構築されたわけではありません。
弦理論が提唱されたのは、強い相互作用によって結びついたハドロンという粒子の状態を理解するためでした。
しかし、当時の理論は実験結果と矛盾する結果をいくつも算出した上、弦が安定して運動できる空間が26次元であるという欠陥も含んでいました。
それと同時期に、ハドロンを記述する理論として現在の「量子色力学」[注1]が発展し始め、こちらの方が強い相互作用の性質をうまく説明していることが明らかになると、ハドロンの弦理論は衰退していきました。
多くの研究者が弦理論から撤退しましたが、1970年代の研究で弦理論に重力子が自動的に組み込まれていることが明らかになっていたこともあり、一部は根気強く研究を続けていました。
その過程で、「超対称性」という対称性を含み、相対性理論と整合するような「超弦理論」も構築されました。
それらの粘り強い研究の結果、二度の革命を経て超弦理論は現在の発展へつながっていきます。
今日では弦理論は素粒子理論における一大研究分野となっています。
未だ多くの謎が残されている発展途上の理論ですが、そこで提起された問題や得られた知見は、素粒子物理の枠を飛び出し、物性物理学や純粋数学にも還元されています。
[注1]強い相互作用を記述するための量子論です。この理論ではグルーオンと呼ばれる素粒子が強い相互作用を運んでいると解釈します。