物理学は実験に根差した学問です。
素粒子実験では加速器という装置が用いられています。
世界的に有名な実験施設としてLHC(Large Hadron Collider: 大型ハドロン衝突型加速器)があります。
LHCはスイス・ジュネーブ郊外にある円型粒子加速器で、
なんといってもその特徴はその大きさで、
これは日本の山手線(34.
Fig4. LHC上空から
(在日スイス大使館Facebook https://m.facebook.com/SwissEmbassyTokyo/photos/a.325475300928762/1510376835771930/?type=3 より)
この地下には加速器リングがあり、大強度の陽子ビームと反陽子ビームを衝突させています(現在はアップデートの為休止中)。
LHCの周長が非常に長いのは、これら二つのビームのエネルギーを電磁場の力で十分に稼ぐためです。
LHCで行われている主要な国際共同実験の一つにATLAS(アトラス)実験があります。
ATLAS実験では陽子を加速・衝突させそこから散乱される粒子をATLAS検出器を用いて検出し、未知の粒子や物理を探索します。
主要な目的としては例えば以下のようなものがあります。
ヒッグス粒子とはヒッグス機構により粒子に質量を与える存在で、標準模型の立場からすると、理論の中に少なくとも一つのヒッグス粒子の存在が期待されていました。
ヒッグス粒子が存在すると、例えば弱い相互作用を媒介するWボソンやZボソンの質量の起源をうまく説明することができるのです。
2012年、物理学の世界は大ニュースに沸きました。
日本からも多数の研究機関・研究員が参加したATLAS実験において、ヒッグス粒子の存在が確認されたのです。
1964年、ピーター・ヒッグス博士らによってヒッグス粒子の存在を予言する理論が提出されてから48年目の快挙でした。
素粒子物理学が一つ勝利した瞬間でした。
しかし、LHCによるヒッグス粒子研究はこれで終わりではありません。
まだヒッグス粒子が見つかったというだけで、その性質を詳細に調べるには更なる追加実験が必要だからです。
ヒッグス粒子はW/Zボソンやタウオンに崩壊することが知られています。
この過程を精密測定することで、標準模型との対応や新物理を探索しようとしています。
標準模型を超える理論として有力なものに超対称性(SUSY)理論というものがあります。
またよくわからない専門用語が出てきたのでちゃんと触れます。
超対称性というのは大雑把に言うと、「粒子と粒子を入れ替える対称性」のことです。
物理学において粒子は二つにグループ分けされます。
光子やグラビトンなどが含まれるボソンと、クォーク・レプトンが含まれるフェルミオンです。
ボソンとフェルミオンを一緒くたにすることはできず、必ず区別してあげる必要があります。
しかし超対称性理論ではこれら二つのグループを入れ替えても理論が不変であるという要請を課してあげます。
これが超対称性と呼ばれるものです。
この理論はまだ仮説の段階ですが、もし正しいとすると超対称性粒子と呼ばれる粒子の存在が予言されます。
この粒子が見つかれば、超対称性の一端を掴んだことになり、力の大統一に向けて一歩前進することができます。
標準模型を超えた、より根本的な物理の探索のため超対称性粒子の探索は欠かせないのです。
素粒子実験は加速器がないとできないのでしょうか。
いいえ、決してそんなことはありません。
実は素粒子や原子自体は今も宇宙から地球に向けて降り注いでいます。
このように宇宙から降り注ぐ放射線(素粒子や原子)のことを宇宙線といいます。
岐阜県飛騨市神岡町の旧神岡鉱山跡は現在日本の素粒子物理学における一大実験施設になっています。
ここでは現在スーパーカミオカンデと呼ばれる巨大宇宙線観測装置が運営されています。
Fig5. スーパーカミオカンデ
(『スーパーカミオカンデ 公式ホームページ』http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/sk/ より)
この装置は図のように巨大な水瓶のような構造になっており、中には5万トンもの超純水(極端に純度の高い水)を蓄えています。
この中にニュートリノ(「素粒子の世界へ」で紹介したテーブルの一番下にいた素粒子達)が入ってくると、チェレンコフ光という光が放出されます。
この時の信号を基にニュートリノを感知するというのがスーパーカミオカンデの大まかな仕組みになります。
チェレンコフ光はそのままでは感知できないので電気信号に変えてやる必要がありますが、生の信号では微弱すぎて解析することができません。
そこで必要になるのが光電子倍増管という装置です。
この装置は電子、すなわち電気信号を倍々ゲームのように増幅することができ、微弱な信号も十分解析可能な強さまで引き上げることができる光センサーです。
Fig6. スーパーカミオカンデ内部
(『スーパーカミオカンデ 公式ホームページ』http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/sk/ より)
現在のスーパーカミオカンデの主要な目的は二つあります。
一つ目は標準模型を超える理論として考案された大統一理論において存在が予想されている陽子崩壊の観測、もう一つはニュートリノの観測です。
元々カミオカンデとは前者を見つけるために建設されたものでした。
しかし、カミオカンデをもってしても陽子崩壊を観測することはできず、任務はグレードアップした後継機へと引き継がれることになりました。
それがスーパーカミオカンデです。
スーパーカミオカンデは特にニュートリノ物理学において目覚ましい成果を上げてきました。
その代表的なものが東京大学の梶田隆章らによるニュートリノ振動の発見です。
そもそも標準模型によるとニュートリノは質量を持たない存在とされています。
しかし、ニュートリノ振動の存在はそんなニュートリノに実は質量があるということを示唆していました。
これは標準模型の限界が露呈した結果であり、標準模型の改良の必要性をさらに決定づけるものでした。
梶田教授はこの業績でノーベル物理学賞を受賞されています。
加速器やスーパーカミオカンデを使った実験は、最先端の素粒子物理の探索に重きを置いていますが、実は素粒子自体は既に他分野でも応用が始まっています。
このパートでは素粒子の応用について簡単に解説したいと思います。
宇宙線の中に含まれるミューオンのことを宇宙線ミューオンといいます。
そもそもミューオンとはどんな奴だったか。
標準模型に出てくる素粒子の表を思い出してみましょう。
ミューオンというのは3行2列目にいる青い、口笛を吹いている奴です。
ミューオンは質量が電子の約207倍である事と、自然崩壊してしまうことを除けば基本的な性質は電子とほぼ同じです。
ミューオンの応用の幅は広く、物質の性質を調べる物性物理学の分野でも重宝されています。
例えば、試料中の磁場を調べる方法として「ミューオンスピン回転法(μSR)法」という物があります。
これはミューオンの
等といった性質を利用して、金属中で崩壊したミューオンにより放出された電子の信号を観測し、ミューオンが感じた磁場を逆算するという方法です。
典型的には鉄系超電導物質の磁性を調べるために使われ、興味深い結果を挙げています。
その他に宇宙線ミューオンは考古学の分野でも応用されています。
素粒子物理学の成果が全く異なる分野に還元された面白い一例としてご紹介します。
宇宙線ミューオンが発見されてから19年後の1955年、オーストラリアの物理学者ジョージが水力発電所用の調査坑道上部の岩盤の調査に初めて宇宙線ミューオンを使いました。
ジョージは宇宙線ミューオンの高い透過力に着目し、岩盤を通り抜けた宇宙線ミューオンの数をカウントすることで岩盤の密度を計算しようとしたのです。
このような観測技術は現代では「ミュオグラフィ」と呼ばれています。
イメージとしては骨折などをしてしまった時に病院で撮るレントゲン写真に近いものです。
この手法には物体を全く壊すことなく内部構造を調査できるという利点があります。
近年ではこのミュオグラフィがピラミッドの調査にも応用されています。
ピラミッドを透視するという発想自体は1970年の時点でありましたが、それ以降誰も追実験を行いませんでした。
しかし、観測技術の向上により精度が上がると再びピラミッドを透視してやろうという機運が起こってきました。
そこで立ち上げられたのが「スキャン・ピラミッドプロジェクト」です。
このプロジェクトは名古屋大学とフランスのCEA(原子力・代替エネルギー庁)が主導しており、クフ王のピラミッドを対象にしています。
このプロジェクトで名古屋大学は、原子核乾板と呼ばれる装置を使い内部からピラミッドをスキャンすることに成功しました。
その結果、なんとそれまで知られていなかった巨大空間がピラミッド内部にある事が判明したのです。
この結果は科学誌Natureでも取り上げられ、テレビ番組でも特集されました。
Morishima, K., Kuno, M., Nishio, A. et al.
Nature 552, 386–390 (2017).
DOI: https://doi.org/10.1038/nature24647
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