「素粒子の世界へ」では、電磁気力・強い力・弱い力という言葉と共に、標準模型に登場する素粒子達を紹介しました。
ここでは標準模型についてもう少し詳細にご紹介したいと思います。
ただ素粒子を列挙するだけが素粒子物理学ではありません。
「理論で素粒子する」のファインマンダイアグラムで見たようにそれらがどのように影響しあうかを知ることも重要な課題の一つです。
標準模型は電磁気力、強い力、弱い力を量子論的(ミクロの世界の言葉で)に記述し、それらを担う素粒子がどのように相互作用するかを教えてくれます。
この理論は現状素粒子物理における実験のほとんどを説明することができる非常に強力なものになっています。
既にご紹介していますが、標準模型に登場する素粒子は以下の表にまとめられているもの達です。
このセットアップを数式で表現しようとすると以下のようになります。
(『素粒子標準模型』,Flavor Physics Workshop 2014,津村浩二,32 URL: https://www-hep.phys.se.tmu.ac.jp/FPWS2014/uploads/1-SM_Tsumura.pdf より)
これはラグランジアンと呼ばれるもので、大雑把に言うとどのような粒子が登場するのか、粒子同士がどのように相互作用するのかを決めます。
この模型は、重力を除いて現在観測されているほとんどの素粒子的現象をうまく説明するものです。
この模型は非常に多くの"物理"を秘めており、それらを全て理解するにはこのガイドは狭すぎます。
よってここではその一部を概観し、雰囲気を体感してみましょう。
電磁気力と弱い力を統一する枠組みとして非常によくできたものでしたが、その理論には決定的な欠陥がありました。
理論にある「対称性」を要求すると全ての粒子の質量が0にならざるを得なかったのです。
しかし、これは間違った結論であることが容易にわかります。
もし全ての粒子に質量が無いとすれば、私達には体重計なんて要りませんし、そもそも重力が無いので地球が存在していません。
さてどうしたものか。
ここで応用されたのが「自発的対称性の破れ」と「Higgs機構」というメカニズムでした。
この二つの概念によって素粒子の質量の問題が劇的に解決されたのです。
まずは、「自発的対称性の破れ」について説明します。
実は「自発的対称性の破れ」の概念自体は全然難しくありません。
鉛筆を芯の先で立てることを想像してください。
芯の先は尖っているので、手で支えないとぐらついてしまいます。
ここでぱっと手を放してみます。
すると考えるまでもなく、鉛筆は360度いずれかの方向に倒れてしまいます。
どの方向に倒れるかは、(厳密には手の放し方の影響を受けますが)理想的にはランダムでしょう。
今、鉛筆は無数にある方向の中からランダムで一方向を選んで倒れたとします。
この時、鉛筆は倒れる角度の対称性を自分で破った、つまり「自発的に対称性が破れた」と表現します。
数学上でもこれと同様の現象が起こります。
次のようなφの関数を考えてみましょう。
これはゴールドストン模型と呼ばれるラグランジアンです。
後ろ二つはポテンシャルで、この系のエネルギーだと思ってください。
ポテンシャルを3次元空間でプロットすると下のようなグラフになります。
少し見づらいですが、ペットボトルの底のような形になっているのがわかるでしょうか[注1]。
アイデアの出発点として、まず粒子がポテンシャルの頂点にいると考えます。
頂点は立地が不安定なので、粒子がそこにとどまることはありません。
360度いずれかの方向を「選んで」ペットボトルの底まで落ちていくことが簡単に想像できます。
イメージとしてはこんな感じです。
この現象を考察すると、頂点にいた粒子は360度いずれかの方向を選んでポテンシャルを下ったので、もともと持っていた360度いずれの方向も選べる(区別しない)という対称性が破れてしまっています。
これがポテンシャルで考える自発的対称性の破れです。
自発的対称性の破れはただ対称性がなくなってしまうだけではありません。
一般に対称性が自発的に破れる時、南部-ゴールドストンの定理というものが成り立つことが知られています。
南部-ゴールドストンの定理とは「対称性が自発的に破れると、ゼロ質量の南部-ゴールドストン(NG)粒子が理論に現れる」という定理です。
しかし、そこに登場する粒子はやはり質量ゼロの代物なので、現実とは依然矛盾しています。
これをどう克服すればよいのでしょうか。
しかし、破れる対称性が「局所ゲージ対称性」と呼ばれるものの場合、素粒子が質量を獲得しうることを提唱したのが、ピーター・ヒッグスです。
そもそも局所ゲージ不変性とは何か。
物理にはゲージ変換という変換が存在します。
ゲージ変換というのは物理においてゲージ(物差し)の変更を意味していて、イメージとしては虫眼鏡を使って「拡大」して見たり、「縮小」して見たり、あるいは「回転」させたりという変換のことです。
このような変換の下で不変なことを「ゲージ不変」といい、そのような対称性を持つ理論を「ゲージ理論」といいます。
局所的というのは、「回転」を例にとってみると、宇宙全体をえいやっと回転させる(大域的変換)のではなく、空間の各点各点それぞれで回す(局所的変換)というニュアンスです。
局所ゲージ不変性を破ることを考えてみましょう。
標準模型のラグランジアンは長ったらしいので、ここでは簡単化されたトイ(おもちゃ)モデル[注2]を考えます。
これはゴールドストン模型に電磁場を導入したような模型になっていて、ヒッグス模型と呼ばれます。
後ろ2つを見てみると確かにゴールドストン模型と同じポテンシャルがいる事がわかります。
さて、このモデルで自発的対称性の破れを考えてみましょう。
「自発的対称性の破れ」の項では自発的破れを山の上から粒子が転がってくることと表現しました。
ここで考えるものもそれと同様です。
これを数学でフォローしてみましょう。
自発的対称性の破れのエッセンスは、ポテンシャルの山の存在です。
もしポテンシャルの形が2次関数のようになっていたら、この部分でのφの期待値[注3]はゼロになるはずです。
しかし、今の場合は見てわかる通りゼロではありません。
その高さをv/(2)^(1/2)とするとこのような表現になります。
このように、φが「真空」において数字を持っているのは少し気持ち悪いです。
よって、真空において期待値がゼロになるような新しい場を定義してあげます。
具体的には以下のような感じです。
この表式のρとπが新しく定義された場になります。
これを使ってヒッグス模型のラグランジアンを書き換え、新たに定数を定義したりすると、次のようになります。
2項目に注目すると面白い事が起こっています。
πはNGボソンです。
つまり、素朴に考えると質量がないので困る!という代物でした。
しかし次のように見方を変えてみます。
こうするとラグランジアンの表式は、さらに変形されます。
ここで特筆するべきなのは、2項目の存在です。
2項目は質量項と呼ばれるもので、新たに定義したUという場が質量を持っていることを示しています。
つまり、NGボソンがいなくなった代わりに質量を持つ新たな場Uが登場したのです[注4]。
長かったですが、これがヒッグス機構と呼ばれる素粒子の質量獲得のメカニズムです。
ここではヒッグス模型というトイモデルを用いましたが、標準模型のラグランジアンでも本質的には同じメカニズムによってウィークボソンが質量を獲得しているとされています。
[注1]ポテンシャルの概形から、よく「ワインボトル型ポテンシャル」と呼ばれます。
[注2]現実の物理を完全に再現することは、解析の難しさからほとんどの場合不可能です。そこで物理では解析しやすいように理想化したモデルを作ってみて、検証を行うことを良く行います。そのようなモデルのことを「トイモデル(おもちゃモデル)」といいます。
[注3]ここでは山の高さのことだと思ってください。
[注4]ゲージ場AがNGボソンπを食べた、と表現することもあります。
ワインバーグとサラムの仕事によって標準模型の骨格は出来上がりつつありましたが、当時の科学者達はまだ新進気鋭の理論に対しまだまだ懐疑的でした。
もしワインバーグ・サラム模型を信じた場合に考えられる代表的な問題として、「CP対称性の破れ」がありました。
「CP対称性」というのはこれまた仰々しい名前に見えますが、わかりやすく言うと「粒子と反粒子は電荷を除き同じ性質を持つ」という対称性です。
この対称性は強い相互作用や電磁相互作用の場合には成り立つと考えられています。
しかし、弱い相互作用の場合においてそれが破れるような現象が発見されました。
1964年ジェームズ・クローニンとヴァル・フィッチによってCP対称性によって禁止されるはずの崩壊過程がK中間子の崩壊で観測されたのです。
標準模型を確固たるものにするためには、そのフレームワークの中で、このCP対称性の破れを説明する必要がありました。
そこに登場したのが通称「小林・益川論文」です。
小林・益川論文ではこのCP対称性の破れを説明するために必要な模型の拡張可能性について議論されています。
原論文ではいくつかの可能性について吟味されていますが、ここでは「小林・益川理論」についてフォーカスしましょう。
三度標準模型のテーブルを思い出してみましょう。
このうちクォークに注目してください。
クォークは今でこそ3世代である事がわかっていますが、小林・益川理論が提唱される以前は2世代であると考えられていました。
具体的にはテーブル中のトップクォークとボトムクォークがまだ存在するとは考えられていなかったのです。
この場合、4種類のクォーク同士の相互作用を記述するために、3つの「複素位相」というパラメータが登場するのですが、実はこれらは数学的な操作で無いものにできます。
この操作により、CP対称性は破れる余地もなく保たれてしまうです。
小林先生と益川先生はこの矛盾を克服するため、後にその名を冠することになる理論で、「クォーク模型は実は3世代である」ことを提唱しました。
この場合、6種類のクォーク同士の相互作用を記述するのに登場する複素位相は6つになります。
すると、今度は数学的な操作をもってしても消すことのできない複素位相が1つ出てくるのです。
この位相の存在がCP対称性の破れを引き起こす、というのが小林・益川理論のエッセンスになります。
この理論が提唱された4年後、実際に最初の第3世代素粒子としてタウレプトンが発見されました。
その後の加速器実験によって現在のテーブルに登場する12種類のクォーク・レプトンは全てその存在が立証されています。
また、素粒子の世代数が3であることも、実験的に検証されました。
現在、小林益川論文は高エネルギー物理学の分野(実験も含む)で9番目に多く引用されている論文です。
その引用回数なんと10581回(INSPIRE HEPより,10月28日アクセス時点)!
少なくとも素粒子理論の分野では100回引用されることもそうそうありません。
この数字からもこの業績のインパクトがどれだけ大きかったかがうかがえます。
小林・益川論文の情報を掲載します。もし興味のある方はぜひ眺めてみてください。
Makoto Kobayashi (Kyoto U), Toshihide Masukawa (Kyoto U), Feb 1973
Published in: Prog.Theor.Phys. 49 (1973) 652-657, Also in *Lichtenberg, D. B. (Ed.), Rosen, S. P. (Ed.): Developments In The Quark Theory Of Hadrons, Vol. 1*, 218-223.
DOI: 10.1143/PTP.49.652