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地域で取り組むまちづくり: 大分県(旧)安心院町

地方のまちやむらを活性化させるために奮起する人々の姿を追っていきます。

(旧)安心院町ってどこにあるの?

本ページで紹介する安心院町は、かつて大分県の北部に存在した町です。

2005年に近隣の旧宇佐市、院内町と合併して、宇佐市となりました(下の画像の濃ピンク色の地域)。

(出典)宇佐市 - Wikipedia

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宇佐市HP<https://www.city.usa.oita.jp/

安心院グリーンツーリズム

 

 最後にご紹介するのは、大分県は安心院(あじむ)町です。 

安心院町(現在は合併によって宇佐市へと統合)は、昔ながらの田園風景が広がる典型的な「田舎」です。

しかし、安心院は同時に、旅行者が実際に農家の家に宿泊して交流を深める「農泊」を中心としたグリーンツーリズムで全国的に有名な地域でもあります。

ここで、グリーンツーリズム(以下GTと書きます)とは、もともとはヨーロッパで発祥した、農山漁村の自然・文化・人々との交流を楽しむ余暇活動のことを言います。

 現在では、修学旅行生を中心として、毎年一万人を超える人々が安心院の地を訪れるまでになり、地域の活性化の主軸となっているのです。

 このように、今でこそGTの「西の横綱」とまで呼ばれる安心院町ですが、当然初めからそうであったわけでありません。

安心院町も、かつては全国のご多分もれず過疎と高齢化に苦しむ田舎町の一つでした。

 さて、では、このように一見「なにもない」ように思えるかもしれない田舎から、豊かな自然や文化を発見し、それによってまちを活性化させていくこの取り組みは、いったいどのように始まったのでしょうか。

 

1回泊まれば遠い親戚、10回泊まれば本当の親戚

 

 ここでまずは1992年の安心院町の様子を見て見ましょう。

当時の安心院町の主要産業は農業。既に高齢者の数が多く、若者は仕事を求めて町の外へ流出し、将来の見通しは決して明るくはありませんでした。

町の未来について、住民の間には諦めムードが漂っていたともいいます。

安心院におけるGTは、このような町の事情を背景として発展していきます。

同年、ブドウ農家を中心とした住民8人が、「農業だけでは町は維持できない、なんとかしなくては」という思いから、行政のアドバイスのもと、有志による研究会を設立しました。

これが安心院GTの最初の萌芽となりました。

 この研究会は、次第に農家以外の住民をも巻き込み、その規模を拡大していきます。(会員数は1996年に約30人、2002年には約350人にまで増加)

研究会はドイツの農村観光などを参考にしながら、農泊を中心としたGTを基軸にしたまちづくりへと舵を切って行くことになります。

 そして、こうした住民の動きに呼応して、行政も動き始めます。

1996年にはGT推進構想の大枠を定め、翌年には全国に先駆けて「グリーンツーリズム取り組み宣言」を発表し、自治体の重要な施策としてGTを位置づけたのです。

 そして、行政を事務局とする協議会を設立し、また2001年には行政内部に全国初の「グリーンツーリズム推進係」を設置。

こうして官民協働の推進体制が確立されていきました。

 

「法律の壁」を乗り越えて

 

 しかし、この安心院町の順調な道のりの前に、大きな壁が立ちふさがります。それが、「法律の壁」でした。

 安心院の農泊が、旅館業法上の簡易宿泊所営業許可と食品衛生法上の営業許可をとっておらず、それが「違法な」無許可営業にあたるのではないかという懸念が生じたのです。

 当時、これらの法律の基準に従うと、厨房などの設備などを改修せねばならず、一家につき数百万円もの費用が必要となりました。そして、このように大金をかけてまで農泊を続けようという住民は少数派でした。

 このままでは、せっかく盛り上がってきた取り組みも白紙に戻ってしまう——「危機」が訪れたのです。

 この「法律の壁」に正面から立ち向かったのは行政でした。

当初は、「GTが素晴らしい取り組みであることは認めるが、法律には従ってもらわないと困る」というスタンスをとっていた大分県庁。

しかし、安心院の取り組みを調査し、農泊を自らが体験する中で、その姿勢は前向きなものになっていきます。

安心院の農家の方たちの心温かいおもてなしが、県庁職員の心にも届いたということでしょうか。

 この後紆余曲折を経て、大分県はついに、上記の法律を独自に解釈することで、現状のまま農泊を続けることを許可するという判断を下します。

この独自解釈は、当時たいへん画期的なもので、大分県の判断は全国的に非常に高く評価されることになりました。

「法律の壁」を打ち破ったという前例は、全国の他のグリーンツーリズムにとっても希望の光となり、やがては国を動かし法律そのものの改正にまで至りました。

 

小括

 

 全国的にも有名になった安心院のGTは、その後年々利用者を増やし続け、はじめにも書いたように、今では毎年1万人近い人々が安心院の地を訪れています。

 実は執筆者も安心院には2回ほどGTに参加したことがあるのですが、美しい自然と、美味しい料理、そして何より地域の人々の温かいおもてなしが心地よく、行くたびにまた次も行きたいなと思うような素晴らしい体験をしてきました。

 さて、では安心院の事例から読みとれるまちづくりの秘訣とは何でしょうか。

結論から言えば、それは住民と行政との協働の姿勢です。

当初は有志の住民がはじめたGTですが、やがて法律の壁にぶつかります。しかし、農家の方々は法律については全くの素人です。さあ困った。

安心院の事例の素晴らしいところは、ここで自治体が住民の側に寄り添い、壁の打破に尽力したことです。

組織は違えど、まちを良くしたいという思いを胸に、一丸となってまちづくりに取り組むこと。

こうした多様な主体による協働こそが、まちづくりを成功させる重要なポイントなのです。