本頁では、ジャンヌ・ダルクを主題とした文学作品について、重要なものを中心に紹介していきます。
知名度が高く、衝撃的な逸話を有するジャンヌ・ダルクは、フランス内外の詩人・劇作家・小説家の創作の源泉になったことも少なくありません。早くも1429年、ジャンヌ・ダルクの生前に、女性知識人クリスティーヌ・ド・ピザン(1365-1429年)が『ジャンヌ・ダルク讃歌』を書いています。
「同時代の人々の理解を超えた存在だった」「裁判にかけられて死刑判決を受けた」という点で、ジャンヌ・ダルクと古代ギリシアの哲学者ソクラテスは似通っています。
ソクラテスも、以下の新書で論じられているように、死後にプラトンをはじめとする弟子たちが著した多くの「対話篇」の中で主要登場人物として扱われてきました。
そうすると、「ジャンヌ文学」はただの文学ジャンルに終わらず、「ソクラテス文学」のような特定の人間を描く文学現象の一つとして、世界文学史の中で比較的に検討出来る可能性を秘めています。
ジャンヌ・ダルクを描いた有名作家を歴史的に追っていくと、まず『ハムレット』や『ロミオとジュリエット』で知られるイングランドの劇作家ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616年)が挙がるでしょう。ただし、歴史劇『ヘンリー六世』の第一部で登場するジャンヌは、敵国の魔女として邪悪性が強調されています。いくら稀代の劇作家といえども、歴史的・同時代的な政治情勢の影響を免れ得なかったということでしょう。
18世紀のフランスの文人・哲学者ヴォルテール『オルレアンの乙女』(1755年)がジャンヌを戯画的に描けば、18-19世紀ドイツの詩人・劇作家のフリードリヒ・シラーは歴史劇『オルレアンの乙女』(1801年)の中で隣国フランスの歴史上の少女を評価しました。
アメリカ合衆国の作家も関心を寄せています。『トム・ソーヤの冒険』等で知られる小説家マーク・トウェインの『ジャンヌ・ダルクについての個人的回想』(Personal Recollection of Joan of Arc, 1896年)は、英雄としてのジャンヌがオーソドックスに描かれた作品であると言えます。
20世紀になると、アイルランド出身の劇作家ジョージ・バーナード・ショー(1856-1950年)が、従来のジャンヌ文学を批判的に検討する流れの中で、英雄として描かれてきたジャンヌの人間的心理に注目して『聖女ジョウン』(Saint Joan, 1924年)を書き上げました。英語で150頁程度ある作品の3分の1を占める序文は、ショー自身の思想が凝縮されたジャンヌ論です。ソクラテスとジャンヌの共通項についての指摘もあります。
最後に、世界のジャンヌ文学の最前線にあると言える作品を紹介します。フランスの戦後小説家ミシェル・トゥルニエ(1924-2016年)の『聖女ジャンヌと悪魔ジル』(Gilles et Jeanne, 1983年)は、ジャンヌの戦友だった青年貴族ジル・ド・レ(1404-1440年)に焦点を当てています。ジルは晩年の猟奇的殺人のために処刑され、童話作家シャルル・ペローの「青ひげ」のモデルとされていますが、彼の中でジャンヌの存在がいかに大きかったのかを描き出しています。このような周辺の人物に着目した傑作が現れたということは、ジャンヌに対する多面的理解が試みられていることの証左でしょう。