脳には、大きく分けて2種類の細胞が存在します。
ニューロン(neuron、神経細胞)と グリア(glia、神経膠細胞)です。
glia (ギリシャ語) = glue、つまり当初は、神経細胞と神経細胞の間を埋める “のり” と考えられていました。
グリアには、さらに大きく3種類の細胞が存在します。
アストロサイト、オリゴデンドロサイト 、ミクログリア、です。
脳の中には、どのくらいのグリア細胞がいるでしょう?
「ほとんど神経細胞なんじゃないの?」と思う人もいるかもしれません。
実際には、グリア細胞は神経細胞の10倍(!) 存在します。
グリア細胞のうち、その10%がミクログリアです。つまり脳の中には神経細胞と同じくらいの数のミクログリアが存在します。
(この他、脳の中には上位細胞やNG2細胞が存在します。)
ミクログリアの発生は、他の神経系細胞と異なります。
神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイトは外胚葉由来です。
外胚葉から分化した神経幹細胞が、神経細胞、アストロサイト、オリゴデンドロサイトを生み出します。
一方ミクログリアは中胚葉由来です。
マウスでは胚生7日、ヒトでは2週目頃に、卵黄嚢に血島と呼ばれる細胞の集団が現れます。ここに、ミクログリアの元となる細胞(前駆細胞)がいます。
前駆細胞は循環器系を介して、マウスでは胚生8.5〜10日、ヒトでは3〜6週目くらいまでに、脳へ侵入します。
侵入した前駆細胞は、分裂しながらミクログリアに分化していきます。
マウスでは出生後2週間(*)、ヒトでは妊娠35週目くらいまで、前駆細胞の分化が続き、最終的なミクログリアが形成されます。
(*)マウスは、胚生20日程度で生まれてきます。
ミクログリアは、状況に応じてその形態を変化させます。
通常ミクログリアは、小さな細胞体から多数の突起を伸ばしている形態をしています。
このときのミクログリアは、「ラミファイド型」と呼ばれます。
一方、ミクログリアに何らかの刺激が加わると、ミクログリアはその姿を変化させます。
小さかった細胞体は大きく肥大化し、複数伸ばしていた突起を縮め、アメーバ状の形態を示します。
このときのミクログリアは、「アメボイド型」と呼ばれます。 活性化ミクログリアとも呼ばれます。
図で描くと、下のようなかんじです。
ラミファイド型 アメボイド型
ミクログリアの形態の変化の様子
一番左がラミファイド型のミクログリア。細い突起を伸ばしている。
何らかの刺激が加わると、細い突起は短く、太くなり、アメボイド型へと変形する(一番右)。
実際のミクログリアを見てみましょう!
下の画像は、マウスの脳の一部を撮影したものです。濃い焦げ茶色に染まっている部分が、ミクログリアの細胞体です。
「Iba-1」という、ミクログリアに特異的に発現しているタンパク質を認識する抗体を用いて、免疫染色をしました。
AとBは別のマウスですが、同じ抗体・方法で免疫染色を行い、脳の同じ領域(海馬付近)を撮影しました。
しかしAとBでは、ミクログリアの形態が異なります。
Aの写真は、ほとんどラミファイド型のミクログリアです。
一方Bの写真には、アメボイド型のミクログリアが多数存在しています。
実はBの写真のマウスには、「カイニン酸」という薬物を投与しました。カイニン酸は、ミクログリアを活性化することが知られています。
拡大してみましょう! でーん
CはAの、DはBの写真の拡大像です。
Dの写真では、活性化したアメボイド型のミクログリアが確認できます(矢頭)。一方、ラミファイド型のミクログリアも確認できます(矢印)。
ミクログリアには、非常によく似た “親戚” のような細胞がいます。
それは、マクロファージです。
マクロファージは、細菌など体内に侵入してきた異物を食べたり(貪食)、その一部を提示(抗原提示)することで、免疫反応において重要な役割を持っていますが(貪食と抗原提示については次のページ)、
ミクログリアも同様の働きを持っています。
ミクログリアは 「脳のマクロファージ」や「脳の免疫担当細胞」と呼ばれることもあります。
グリア細胞に注目した研究が少なかった理由のひとつとして、研究手法が挙げられます。
20世紀における脳神経科学研究の中心的な手法は、パッチクランプなどの電気生理学的手法でした。
グリア細胞は神経細胞に比べ電気的な変化をあまり示さないため、グリア細胞の存在自体は古くから知られていたものの注目されていませんでした。
実際、脳で情報のやり取りをするのは神経細胞であり、かつて神経細胞のみに注目した研究が進められてきたことも無理はありません。
しかし、神経細胞のみに注目するのでは解明されない点が多いこと、また顕微鏡の性能の進歩や、生きたままマウスの脳の中を観察する研究手法が開発されると、グリア細胞が生体内でダイナミックに活動していることが明らかになり、グリア細胞にも注目が集まるようになってきました。
ここでは、興味を持ったかた向けに、このページの内容と関係するオススメ論文を紹介します。
Kettenmann H, Hanisch UK, Noda M, Verkhratsky A.
Physiology of microglia.
Physiol Rev. 2011; 91(2): 461-553.
[PMID: 21527731]
[DOI: 10.1152/physrev.00011.2010]
ミクログリアの歴史や、機能についてまとめられたレビュー論文です。
最初のFigureで出てくるリオ-オルテガはスペインの神経科学者で、1921年に世界で初めてミクログリアの存在を報告しました(スペイン語の論文です...)。彼は「ミクログリアの父」と言われたりします。
彼が撮影したミクログリアの画像やスケッチは、活性化に伴うミクログリアの形態の変化を詳細に捉えています。
Ginhoux F, Greter M, Leboeuf M, Nandi S, See P, Gokhan S, Mehler MF, Conway SJ, Ng LG, Stanley ER, Samokhvalov IM, Merad M.
Fate mapping analysis reveals that adult microglia derive from primitive macrophages.
Science. 2010; 330(6005): 841-845.
[PMID: 20966214]
[DOI: 10.1126/science.1194637]
ミクログリアの発生について明らかにした論文です。
ここでは卵黄嚢の細胞に “目印” をつけ、その後成長したマウスの解析を行ないました。その結果、ミクログリアにもその目印がついていること、さらにその目印のついた細胞は、循環器系を介して脳に侵入していくことを明らかにしました。
Nimmerjahn A, Kirchhoff F, Helmchen F.
Resting microglial cells are highly dynamic surveillants of brain parenchyma in vivo.
Science. 2005; 308(5726): 1314-1318.
[PMID: 15831717]
[DOI: 10.1126/science.1110647]
静止型ミクログリアの突起が、マウスの生体脳でダイナミックに動いていることを報告した論文です。また脳が傷害されたときに、ミクログリアが損傷部位へ動いていく様子を報告しています。
『Microglia thus are busy and vigilant housekeepers in the adult brain.(ミクログリアはせっせと働くお掃除がかり)』と、ミクログリアのことを紹介しています。
Davalos D, Grutzendler J, Yang G, Kim JV, Zuo Y, Jung S, Littman DR, Dustin ML, Gan WB.
ATP mediates rapid microglial response to local brain injury in vivo.
Nat Neurosci. 2005; 8(6): 752-758.
[PMID: 15895084]
[DOI: 10.1038/nn1472]
マウスの脳が傷害されたとき、静止型ミクログリアが活性化ミクログリアへと変化していく様子を捉えた論文です。活性化ミクログリアへと変化していく様子が、動画で確認できます。