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神経機能を支えるミクログリアとは?: ミクログリアと病気

(研究者の間で)最近話題のミクログリアについて、その機能や病気との関係、またミクログリア研究を紹介します。

ミクログリアと病気

病気の脳では、ミクログリアは活性化して数が増えることや、サイトカインの量が増え、

脳が炎症を起こしていることが分かってきました。

 

ミクログリアは、病気の発症や進行、症状にも大きく関わっている

と、考えられています。

ここでは、多発性硬化症脳虚血(脳梗塞)アルツハイマー病について、ミクログリアとの関係を紹介します。

病気と関わるミクログリア① 多発性硬化症

多発性硬化症は、中枢神経系における脱髄疾患の一つです。

脳の神経細胞の突起は、他のグリア細胞であるオリゴデンドロサイトが髄鞘を形成し、神経突起を覆っていますが、

多発性硬化症では髄鞘の脱落(脱髄)が “多発” し、脳や脊髄が “硬く” なっていくため、このように呼ばれます。

 

 

多発性硬化症では、ミクログリアが活性化します(どうしてミクログリアが活性化するのかは、よくわかっていません)。

活性化したミクログリアは、炎症性サイトカインやグルタミン酸、一酸化窒素、活性酸素などを放出します。これらはオリゴデンドロサイトの死を誘導するため、脱髄が起こります。

 

 

さらに、活性化したミクログリアが放出するIL-1βは、BBB(Blood-Brain Barriar、血液脳関門)を緩めます

通常はBBBにより、末梢の免疫細胞(樹状細胞やT細胞など)は脳内に侵入することができませんが、BBBが緩むと、樹状細胞やT細胞が脳内に侵入してくることができます。

ミクログリアや樹状細胞が脱落した髄鞘を抗原として提示し、これをT細胞が認知すると、T細胞は髄鞘を攻撃し、さらに脱髄が進みます

 

多発性硬化症におけるミクログリアの関与のまとめ

ミクログリアが産生・放出する液性因子や、IL-1βによるBBBの弛緩と末梢から脳に侵入してくる免疫細胞により、オリゴデンドロサイトの死が誘導され、脱髄が進む。

病気と関わるミクログリア② 脳虚血(脳梗塞)

脳虚血とは、血管の狭窄や閉塞によって脳の血流が減少した状態のことです。

脳は多くのエネルギーを必要とする臓器であり、全身を流れる血液のおよそ20%が脳で使われています。

脳虚血が起こって脳に十分な酸素や栄養が届かなくなると、脳は壊死、つまり神経細胞がダメージを受けて死んでいき、非常に危険な状態に陥ります。

脳虚血が起こって神経細胞がダメージを受けると、ミクログリアは活性化し始め、分裂し、虚血を起こした部位に集まってきます。

活性化したミクログリアは貪食して、デブリや死んだ神経細胞を取り除きます

また、ミクログリアが放出するBDNFやIGF(Insulin Growth Factor、インスリン様成長因子)は、神経細胞に起きたダメージを修復し、神経細胞の働きを助ける作用を示します。

 

 

さらに、ミクログリアが誘導する神経新生(neurogenesis)は、脳虚血による損傷部位の回復を助けます。

脳のSVZ(SubVentricular Zone、側脳室下帯)という場所には、神経幹細胞という、神経細胞の元になる細胞が存在しています。

脳虚血が起こると、SVZにいるミクログリアが神経幹細胞に働きかけ、新しい神経細胞を作るように促します

また、新しく生まれた神経細胞がきちんと移動して来れるよう、脳虚血を起こした場所にいるミクログリアはMCP-1(Monocyte Chemoattractant Protein-1)というタンパク質を発現し、ダメージを起こした場所への移動を促します

 

 

一方、ミクログリアが放出する炎症性サイトカインや活性酸素、一酸化窒素が、炎症反応を引き起こし、神経細胞死を誘導することもあります。

 

脳虚血におけるミクログリアの反応のまとめ

虚血に対してミクログリアは、神経細胞死などの神経傷害的な作用と、組織修復や神経新生などの神経保護的な作用の、二面性を示す。

 

病気と関わるミクログリア③ アルツハイマー病

アルツハイマー病は認知症の一つで、

Aβ(アミロイドベータ)タンパク質の蓄積  <老人斑の形成>

タウタンパク質のリン酸化による蓄積  <神経原線維変化>

神経細胞の脱落  <脳萎縮>

を病理的な特徴とします。

 

一般的にアルツハイマーの脳では、ミクログリアが活性化していることが知られています。

Aβタンパク質は神経細胞にとって毒性を持つため、特に蓄積したAβタンパク質の周囲に活性化したミクログリアが多く観察されます。

またアルツハイマーの脳では、炎症を引き起こす遺伝子の発現量が増加し、炎症性サイトカインの量が増えている、といった報告があり、

ミクログリアの活性化によって脳が炎症状態に陥っていると考えられています。

  

 

アルツハイマー病の脳で活性化したミクログリアは何をしているのでしょうか?

 

ミクログリアは貪食能を持っているため、蓄積したAβタンパク質を貪食作用によって取り除いていることが考えられます。実際、ミクログリアの細胞内にAβタンパク質が取り込まれていることが報告されています。

またTREM2という、ミクログリアによる貪食作用を起こすために重要な遺伝子に変異があると、アルツハイマーになるリスクが高まる、という報告があります。

 

一方、アルツハイマー病のモデルマウスでミクログリアを除去しても、蓄積しているAβタンパク質の量はさほど変わらない、という報告もあります。

ミクログリアが貪食して除去できるAβタンパク質の量はわずかであり、ミクログリアの貪食によってすべてのAβタンパク質を取り除くことは不可能である、ことが考えられます。

  

 

アルツハイマー病の進行にはミクログリアが関わっていると考えられるのですが、その詳細は明らかになっていません...。

今後の研究に期待しましょう...!

【おまけ③】 M1ミクログリアとM2ミクログリア

ミクログリアやマクロファージの活性化状態は、しばしばM1型M2型に分類されます。

M1ミクログリアは、TNF-α・IL-1β・IL-6などの炎症性サイトカイン、一酸化窒素、活性酸素など、神経傷害因子を産生・放出する神経傷害性ミクログリアです。

一方M2ミクログリアは、TGF-β・IL-10などの抗炎症性サイトカイン、BDNFなど、抗炎症・神経保護因子を産生・放出する神経保護性ミクログリアです。

(一つのミクログリアがM1型になったり、M2型になったりします。)

 

神経変性疾患モデルマウスの病巣では、M2ミクログリアがM1ミクログリアにシフトし、神経傷害性であるM1ミクログリアの活動が優位になっていることが提唱されています。そこで、M1ミクログリアを神経保護的なM2ミクログリアへ誘導させることで、神経変性疾患の治療につなげる研究を進めている研究者もいます。

一方、M1/M2という二元論だけでミクログリアを区別するのは困難、という考え方が近年広まってきており、M1/M2の中間型を示す活性化状態のミクログリアの存在を唱える研究者もいるなど、M1/M2を超えた機能に注目が集まってきています。

 

ミクログリアは時と場合によって脳を傷つけることも、守ることもあり、

病態によって多様な活性化を示すミクログリアが存在する

と考えられます。

 

  

次のページでは、ミクログリアに関する研究成果を紹介します。

論文紹介

ここでは、興味を持ったかた向けに、このページの内容と関係するオススメ論文を紹介します。


 

Thored P, Heldmann U, Gomes-Leal W, Gisler R, Darsalia V, Taneera J, Nygren JM, Jacobsen SE, Ekdahl CT, Kokaia Z, Lindvall O.

Long-term accumulation of microglia with proneurogenic phenotype concomitant with persistent neurogenesis in adult subventricular zone after stroke.

Glia. 2009; 57(8): 835-849.

[PMID: 19053043]

[DOI: 10.1002/glia.20810]

 

脳虚血時のミクログリアの反応について示した論文です。

虚血が起こるとミクログリアが活性化し、「IGF-1(Insulin-like Growth Factor-1)」というサイトカインを放出することで、SVZにおける神経新生を活発にすることを明らかにしました。

 


 

Griciuc A, Serrano-Pozo A, Parrado AR, Lesinski AN, Asselin CN, Mullin K, Hooli B, Choi SH, Hyman BT, Tanzi RE.

Alzheimer's disease risk gene CD33 inhibits microglial uptake of amyloid beta.

Neuron. 2013; 78(4): 631-643.

[PMID: 23623698]

[DOI: 10.1016/j.neuron.2013.04.014]

 

アルツハイマーの脳のミクログリアは、「CD33」という分子の発現量が高くなっていることを報告した論文です。

CD33の発現量が上がると、ミクログリアによるAβタンパク質の貪食が低下すること、またアルツハイマー病のモデルマウスでCD33の活性を下げると、Aβタンパク質の蓄積が抑えられることを明らかにしました。