皆さまの多くはどこかに旅をした経験を持っていらしゃるのではないかと思います。では、目的地まで、最長で何時間ぐらいかかりましたか?例えば、飛行機で福岡から東南アジアのインドネシアかタイまではおよそ7時間程度、ヨーロッパのフィンランドまでは12時間程度、アメリカのニューヨークまではおよそ16時間程度かかります。こう言われれば、世界はそこまで遠くないですね。
でも、昔の私にとって,世界は私の故郷である中国甘粛省張掖市だけでした。前述したように張掖市はシルクロードの中心地として、中国の西北部において雪山や砂漠やオアシスに囲まれている町です。私の両親は自営業者で、毎日忙しくて私を連れて外へ旅行に行ったことは滅多にありませんでした。ですので、高校時代までの私にとって、故郷は世界の全部でした。そんな私ですが、2011年に上海にある大学に合格したことをきっかけに、初めて故郷を出ることになりました。上海へ向かう際の交通手段は汽車でした。およそ30時間程度かかってようやく上海に到着しました。よく思うのは、物理的な世界は確かに広いけれど、人はよく自分が見える範囲だけを世界の全部と勘違いしてしまっているということです。入学をきっかけに、私の世界は小さな町からより大きく広がりました。
そして、初めて日本に来たのは2013年のことでした。大学時代は日本語専攻でしたが、日本に来る前には、桜、アイドル、アニメ王国など非常に浅い印象しか持っていませんでした。2015年大学卒業後、あっという間に、私が日本に住んでもう5年が経ちました。計算してみたら、私は人生の約5分の1を日本で過ごしました。丁寧に論文を指導してくれた先生、迷子になった時に時間をかけて目的地まで優しく案内してくれたおばあちゃん、花火大会の際に家まで誘ってくれて人生最高の花火を見せてくれた私が中国語を教えていたおじさん、誕生日の日に可愛いケーキを作ってくれた友達。このような親切な方達とたくさん出会ってからの数年間、私にとって、桜、可愛いアイドル、漫画、アニメ王国だった日本は、私が心より感謝して大好きになった日本人が暮らしている力強く温かい国へと変わりました。
日本がすでに私の第二故郷になりました。故郷は一体何かを考えたことがあります。昔の私は、生まれたところだけを故郷だと思いました。いくら離れても、寂しくなる時、つい故郷の食物を食べたくなります。しかし、今の私は、中国に帰るときも、よく日本のラーメンを食べたくなる時があります。感謝する時、「谢谢」ではなく、「ありがとう」をつい言っちゃうこともあります。あの時、日本が知らず知らずのうちに、私を変えたと感じました。故郷とは、この人を形成し、変えるところで、寂しい時には心を温めてくれる場所だと思い始めました。そう考えたら、日本がすでに私の第二故郷になりました。
日本での留学生活を通じて、私は小さな故郷から解放され、全く違う文化と世界で生きている人々に出会えました。昔の私は世界が狭くて、他人の異なる生活を理解できない人でした。留学中にはたくさんの方々に応援され、サポートされたおかげで、私はいま、昔よりもより良い自分になった気がします。
母国を離れ異国の地での生活は、環境も大きく変わり、楽しいことだけでなく大変なことも多いとしみじみと感じています。しかし、大変なことも楽しいことも全てが新しい体験だと私は思っています。また、「郷に入っては郷に従え」。自分の国と違う部分や気に入らないことがあっても、それもこの国の一面ととらえ、楽しんで体験していけばよいと思います。
皆さんも、若いうちに、旅行やら、留学やら、ぜひ自分の故郷、母国を離れ、外国へ行ってみましょう。たとえば、私の故郷の大西北のような、日本と全然違うところで、砂漠、雪山、オアシス、ラム肉、日本と違う蘭州ラーメン…など、色々体験して、違う地域の痕跡を自分の身につけてみましょう。なれないところもありますが、きっと楽しめると思います。もしかしたら、ある日、自分の心を温める場所がもう一つ増えるかもしれませんよ。