アンモニアといえば、化学の実験で扱った臭い液体を思い出す人が多いのではないでしょうか。
これはアンモニアを水に溶かしたアンモニア水ですが、
現在そのアンモニアがカーボンニュートラル社会の実現において非常に注目を集めています。
ではアンモニアがどう使われているのかご存知でしょうか。
まず一番有名な使い道としてこれまで主に農業用途で肥料原料として世界中で広く使われてきました。
社会科で習った「緑の革命」の大きな要素の一つとしても活躍しています。
その他の使い道では100年以上前から食品工場での冷媒としても使われてきました。
そのアンモニアが水素キャリアの一つ、そして次世代の燃料として注目されています!
アンモニアは100年以上も前から食品工場などで冷凍庫の冷媒として使用されてきました。その後1970年代からフロンガスが冷媒として使われるようになり冷媒として使用されることは一時少なくなりましたが、フロンガスがオゾン層を破壊することや環境へ悪影響を及ぼすことが知られてから、環境には悪影響を及ぼさないアンモニアがまた現在も使用されています。しかし、人体に対しては強い毒性を持ち、一部の金属に腐食性を持つことから国内でも毎年漏洩事故が報告されている、取り扱いには注意が必要なものです。
下の図はアンモニアを冷媒として使用する冷凍庫の仕組みを示しています。
図9 冷媒としてのアンモニア使用法
出典:東芝ライフスタイル株式会社HP、https://faq-toshiba-lifestyle.dga.jp/answer.html?id=96
アンモニアは世界中で肥料として広く使用されています。植物の栄養素として最も大事なものは窒素、リン、カリウムで、これを肥料三要素といいます。アンモニアはNH3で窒素を含むため窒素系肥料として広く使用されています。尿素や硝酸や硫酸などと反応させて作る、硝酸アンモニウム(硝安)、硫酸アンモニウム(硫安)などが有名です。
以下の図は世界全体でのアンモニアの用途を示したものです。アンモニアの約8割が肥料として使われていました。
図10 現状のアンモニア用途
出典:経済産業省 資源エネルギー庁、「アンモニアが”燃料”になる?!」、https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ammonia_01.html
このアンモニアを空気中の窒素を使って大量に生産できる技術を開発した、ハーバーさんとボッシュさんのおかげで、農業における生産性は大きく改善され、人口増加の時代に飢餓人口が減らされたことは間違いないでしょう。
このアンモニアの工業生産などの技術の進歩によって劇的に農業が発達したことを緑の革命といいます。
(「コラム:緑の革命」をご覧ください。)
「水素の課題」で説明したように水素は非常に密度の小さい気体なので、そのまま水素の状態で効率的に輸送するには圧縮するか液化するかが必要になります。しかし液化には約-253℃、圧縮では400気圧から700気圧と非常に高圧にする必要があり、この条件に耐えられるタンクは非常に重いものになってしまいます。
そこで初めに水素をアンモニアに変化させて運ぶ「水素キャリア」として注目され始めました。ちなみに他の水素キャリアでは水素とトルエンを反応させたMCH(メチルシクロヘキサン)などがあります。
表2 水素と水素キャリア
*1 体積当たりにどれくらいの水素が存在するかという数値
*2 0.1MPa(メガパスカル)= 約1気圧(大気圧と同じ)
大体ペットボトルのコーラの内部の気圧が4気圧(0.4MPa)程度といわれていますので単純に考えればこれの2倍ぐらいの比較的低い圧力でアンモニアを液化することができます。このようにアンモニアは液化がしやすく、水素を輸送するための水素キャリアとして有望視されています。
また、アンモニアはこれまで農業などに100年以上世界中で使用されてきたこともあり、もちろん規模の拡大は必要になりますが、これまでの技術や経験が活かせるためサプライチェーン(供給網)の構築にそこまで大きな労力は要さないと思われます。
アンモニアにした水素は運んだ先でアンモニアを高温にして触媒を使用して、また取り出すこともできます。
さらにアンモニアが注目された理由は水素に戻さずにそのまま燃料としても使用できるというところにあります。
アンモニアが水素キャリアとして、メチルシクロヘキサン(MCH)などの有機ハイドライトよりも優れている点は燃焼してもCO2を出さない燃料として、直接使用できることにあります。
アンモニアを燃焼した場合、窒素酸化物と水が排出されます。この窒素酸化物(NOx)は大気汚染を引き起こす有害なガスですが、現在の技術でも十分に触媒を使って除去することができます。そのため、NOxを除去することにより水素と同様にクリーンな燃料として使用することができます。
一方でアンモニアの燃料としての問題点として、燃焼性が低く、安定して燃焼させることが難しいことが挙げられます。しかし、こういった技術的課題は国内、国外で盛んに研究が進められており、解決される日も近いでしょう。
アンモニア燃料の用途は脱石炭火力の流れも受けアンモニアを使った火力発電や船舶用の燃料としても期待されています。
緑の革命(Green revolution)とは
1940~1960年代にかけて起きた農業技術の急激な発達のことです。
これには米や麦、雑穀類の品種改良やアンモニアの製造により窒素合成肥料の安定的な製造が可能になったことなどが要因にあります。
窒素は「肥料の三要素(窒素、リン酸、カリウム)」と呼ばれる内の一つであり、植物の育成に必要不可欠な栄養素になります。
アンモニアが大量生産される以前のヨーロッパでは南アメリカからチリ硝石(硝酸ナトリウム)などを輸入し肥料として使用していました。
しかし、チリ硝石は有限の資源であり、「このままでは人口増加に対応できる量の作物を生産できない」と懸念されはじめ、空気中の窒素を使って窒素化合物を作る窒素固定が求められるようになりました。
そのような時代の中、アンモニアの大量生産がハーバーさんとボッシュさんによって実現され、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、尿素などの窒素合成肥料が作られるようになりました。
この技術革命の効果もあり、世界人口は1900年の約16億人から2000年には60億人まで増加しています。
参考
1.緑の革命:斉藤一夫[アジア・アフリカ文献解題;5], 東京:アジア経済研究所, 1974.
2.肥料アンモニア協会 HP
「空気からパンを作る」
と言われたハーバー・ボッシュ法をご存じでしょうか。ハーバー・ボッシュ法は空気中の窒素と水素を結合させる方法で、現在もアンモニアは世界中で農業肥料の原料として使われています。このことから空気を原料としてアンモニアが作られ、肥料が作られ、最終的に小麦などの農作物が作られるので「空気からパンを作る」と言われました。
フリッツ・ハーバーさんが空気中の窒素と水素を結合させる方法を発明し、カール・ボッシュさんが工業化(大量製造)を実現しました。彼らの名前を取ってハーバー・ボッシュ法と呼ばれています。
フリッツ・ハーバーさんは高温高圧化でオスミウムという物質を触媒に使ってアンモニアを合成するという方法を開発しました。彼はこれだけでなく、様々な毒ガスの開発にも携わり大きな功績を残したことから「化学兵器の父」と呼ばれている人物です。かなりハードな人生を送られている人ですので、興味のある方はWikipediaなどで調べてみてください。
カール・ボッシュさんは世界的な化学メーカーBASF社でハーバーさんが生み出した方法を大型の装置を使って大量生産を目指しました。大きな問題となったのは圧力に耐えうる装置の開発です。当時の技術で作られていたもののさらに10倍程度の圧力に耐えられるものを作らなければなりませんでした。当時、不可能と思われたこの問題を解決し、アンモニアの大量生産を可能にしました。
[参考]
以上のように、水素社会実現のために非常に有望なアンモニアですが、大きな課題があります。
最も大きな問題点は毒性が非常に強力なことです。中学校の実験で体調が悪くなった人もいるかもしれませんが、アンモニアは人体にとって有毒なガスです。日本とアメリカの基準では許容濃度が25ppmとされています。ppm(parts per milion)は物質の量を百万分の一で示す単位で、1ppmは1m角の箱の中の1cm角の箱の量を示します。
図11 ppmと%
AIR Lab. JOURNAL:https://minnaair.com/blog/3488/より引用、一部編集
二酸化炭素は室内で大体400ppm~1000ppmぐらいあります。%にするとこれは0.04%~0.1%です。アンモニアの許容濃度が如何に低いかがわかると思います。非常に便利なアンモニアですが、安全に使うために十分な対策やルールを決めることが必要です。
他にも腐食性も持っています。国内でも毎年アンモニアの漏洩事故というのが報告されていますが、原因とされているのは多くが腐食によるものかヒューマンエラーです。
こういった原因があり、アンモニアの漏洩は起こってしまいますので、これらに対してどう漏洩しないように対策をするか、漏洩した場合にどのように対応して被害を最小化させるのか検討する必要があります。