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★素粒子理論に至る道: 古典の丘

現代物理学を一眺め

力学

神はすべてを数と重さと尺度から創造された(アイザック・ニュートン)


力学は,おそらくほとんどの理系の大学一年生がまず初めに勉強する科目でしょう.その歴史は古く,現代的な古典力学の基礎を築いたのはアイザック・ニュートンです.ニュートンの築いた理論には今日でもよく目にする「運動の3法則」が公理(注1)として提示されています.運動の3法則とは,1. 慣性の法則,2. 力と加速度の関係(ニュートンの運動方程式),3. 作用・反作用の法則の3つを指します.冒頭の関係式は第2法則を数式で表現したものになります.

 

これらに基づいて物体の運動を学ぶ中で,皆さんはエネルギー運動方程式保存則といった物理学の基本的概念に遭遇します.更に,それらを定量的に理解するために必要となるのが微分積分や微分方程式,ベクトル解析といった数学の道具です.このように全ての物理学を学ぶ上で基礎となる概念を習得するのが,力学の1つの大きな側面と言えます.いわば力学は大学物理の登竜門になっているのです.

 

しかし,初めはやはり大きな壁を感じるかもしれません.多くの問題を解いていく中で線形代数や微分積分のテクニックの運用法を確実に身につけていきたいところです.以下に教育的なテキストを幾つか挙げてみましたので参考にしてみてください.


[注1]:公理とは数学的には「最も基本的な仮定」を指す言葉です.全ての理論には何らかの公理を証明なく認めて,その上に様々な主張を積み重ねていきます.ニュートンは文中の運動の3法則を認めた上で,その力学体系を築いていったのです.

電磁気学

  

私が気に入っている考え方とは、部分と全体の関係が、目に見える世界と目に見えない世界にもあてはまるというものだ.我々一人一人の人生に伴う個性の裏に、感情や行動だけでなく、人間の存在において深い共通性が隠されているという、神秘的な信念だ.
(ジェームズ・クラーク・マクスウェル)


現代社会は電磁気学によって支えられているといっても過言ではないでしょう.電子レンジなど日常生活で使う電化製品から,宇宙の謎に迫る電波望遠鏡に至るまで,マクスウェルの打ち立てた電磁気学の理論に立脚したものは枚挙にいとまがありません.「ファインマン物理学」で有名なリチャード・ファインマン「人類の歴史を長い目で見れば,例えば,今から千年後の世界から見たとしても,19世紀のもっとも偉大な出来事は,マクスウェルの電磁気の法則の発見であると判断されるのは,少しも疑いがない.」と最大限の賛辞を送っています.

 

現代の理論物理学の観点から見ても電磁気学の意義は非常に大きいものです.皆さんが電磁気学で習うマクスウェルの法則は上記のように電磁場を用いた4つ組みの方程式として表現されます.このの概念こそ,現代物理学の基盤をなすものであり,相対性理論や場の量子論にもつながる重要なファクターです.更に詳細を述べるなら,電磁気学は最も簡単な「ゲージ理論」の体系となっています.ゲージ理論は長さを測る「ゲージ」という尺度を変えても理論が不変であるという性質を備えたような理論のことで,現代物理学には欠かせないフレームワークです.電磁気学はその土壌であり,ひいては理論体系を整備したマクスウェルの功績は計り知れないでしょう.

 

電磁気学はテキストによりその組み立ては様々です.しかし,上に示したマクスウェル方程式の意味と「場」の概念を理解することの重要性は普遍的であり,これらを抑えればとりあえず電磁気学に入門できたと考えて良いでしょう.これらを理解するためには,ベクトル解析や微分方程式を駆使する必要があり,いずれも現代物理学を理解する上では欠かせない道具です.これらを手足のように使えるようになることも,電磁気学を学ぶ一つの意義と言えます.和書,洋書問わず,電磁気学には多種多様なテキストがありますので,参考文献ではごく一部を紹介します.

熱力学

数学者は自分の好き勝手を言えるが,物理学者は、少なくとも部分的には分別がなければならない.
(ジョサイア・ウィラード・ギブズ)


熱力学とはその名の通り,「熱」を探究する学問です.力学は系(注1)を構成する物体1つ1つの従う運動を解析しますが,熱力学は着目する系の状態をマクロな視点から解析します.熱をエネルギーの一形態としてとらえ,系全体を特徴づけるマクロな状態量(温度や圧力,体積など)の変化によって熱現象を記述する理論体系です.ちなみに上に取り上げた式は熱力学第1法則というもので,系のエネルギー保存則を表す熱力学の基本的な関係式の一つです.

 

熱力学で生み出された概念は,現代の理論物理学でなくてはならないものになっています.代表的な例が系の煩雑さを表す指標である「エントロピー」です.エントロピーの概念自体は19世紀のルドルフ・クラウジウス(注2)の研究に端を発していますが,それがまさかブラックホールの状態や時空の創発を解明する研究につながるとは誰も想像しなかったでしょう.例えば,ブラックホールの情報損失問題(注3)を理解する上でエントロピーの概念は必要不可欠です.情報損失問題のメカニズムをきちんと理解するには,ブラックホールの持つ情報を定量的に評価する必要があります.その定量的な指標となるのがエントロピーで近年の量子情報科学の急速な進展と相まって盛んに研究されているトピックの一つです.

 

熱力学はとりわけ概念の理解が難しい学問であるとよく言われます.先述したエントロピーもその最たる例で,「系の乱雑さを特徴づける状態量」という説明をそのまま受け入れることは中々に難しいのではないかと思います.今でこそ統計力学によってミクロな視点からその物理的な意味もよく理解されていますが,エントロピーを導入したクラウジウス本人もはっきりとその意義を認識していたわけではありませんでした(自然現象の不可逆性の程度を評価する指標として\(Q/T\)(\(Q\):熱量\(T\):温度)を1つの量として取り扱うのが便利だったから,という理由で導入したようです).現代を生きる私たちが熱力学を学ぶには,まず熱力学第1法則熱力学第2法則をきちんと理解することが大切です.加えてさまざまな熱過程サイクル(始状態と終状態が同じであるような過程)を通して仕事や熱量などを具体的に計算できるようになることも重要です.さまざまなテイストのテキストが出版されておりますので,代表的なものを参考文献に挙げてみました.


[注1] : 考察の対象となる特定の物質や範囲のこと(『レクチャー物理学の学び方:高校物理から大学の物理学へ』, サイエンス社, p.70より).考えている問題によりその範囲は異なるが,例えば力学における滑車の問題であれば,[滑車の置かれている坂道+滑車本体]を1つの系とみなす.

[注2]:ルドルフ・クラウジウス(1822-1888).ドイツ(当時はプロイセン王国)の理論物理学者.高温熱源から低音熱源への熱の移動や熱の仕事への変換についての論法を推し進め,新たな熱力学的関数である「エントロピー」を提唱した.

[注3] : ホーキングによって指摘されたパラドックス.ブラックホールは熱を持っており,熱的な輻射(ホーキング輻射)を行うことが知られている.このホーキング輻射によってブラックホールはいずれ完全に「蒸発」してしまうと考えられているが,そうするとブラックホール内部に隠されていた情報量も完全に消失することになる.これは時間発展によって確率は保存するという量子論の持つユニタリー性という性質に反しており,ブラックホールの情報損失問題,情報損失パラドックスと呼ばれている.

Column3:古典力学は古典じゃない

通常,理系学生が学部時代に習う力学は「古典力学」と称されます.これは慣習としてこのように呼ばれているだけなのですが,その枠組みは決して古臭いなんてことはありません.

古典力学の奥深さを象徴する研究として「回転する卵は起き上がる」というものがあります.字面からは物理というより日常生活の一場面に近いような印象を受けますが,古くは「重心のずれた楕円体」に関する1870年代の研究に端を発しており,非常に歴史のあるテーマです.この現象で不可思議なのは回転楕円体,つまり回転する卵の重心が重力に反して上昇するという点です.この現象を初めて説明する理論が登場したのはなんと2002年とつい最近のことで,慶應義塾大学の下村教授とケンブリッジ大学のMoffatt教授が1年がかりの共同研究によって回転楕円体の運動を表す非線形連立微分方程式の解が構成されました.さらに,2018年にはシドニー大学の研究で,回転する卵の水平軸方向への歳差運動(注1)に注目することで,直立姿勢で運動が安定化するメカニズムに新たな説明が与えられました.

このように身の回りにありふれた現象の中にも,実はまだ説明のついていないもの,つい最近解明されたものが隠れています.古典力学は全く「古典」ではないのです.


[注1] : 物体がある軸を中心に回転している時,軸の傾きを保ったまま回転軸の向きを変えていく現象のこと.コマなどが代表例.地球も26000年秋期で歳差運動をしている.

参考

  1. Classical dynamics: Spinning eggs — a paradox resolved
    H. K. Moffatt , Y. Shimomura, Nature volume 416
    pages385–386 (2002)
  2. Why does a spinning egg rise?
    Rod Cross, Eur. J. Phys. 39 025002 (2018)