大学物理学を学ぶ道のりというのは往々にして長く険しいものです.みなさんはこんなことを考えたことはないでしょうか.
物理学(や数学)の勉強はある程度個人技になってしまうことは否めません.向き不向きはやはり存在していますし,万人にとって最適な勉強法というのもないかと思います.しかし,有効な知見や方法論は存在します.私自身もこのような悩みを抱え,どうすれば効率よく学びを進めることができるものかと思案し続けてきました.大学に入学してから7年間(執筆当時)の間に得た経験と知識をここに共有したいと思います.
Cuterとして活動する中で,よく「どのテキストを読めば良いか」と質問を受けることがあります.個人的な思想に任せて「手当たり次第手に取って比較してみよう!」と言ってしまいそうになるのですが,実際これから勉強するにあたってテキストを選定する基準のようなものがあれば便利であるのは確かです.そこで以下では特に物理学書を選ぶ基準について,いくつかご紹介しようと思います.
①式変形や答えの導出はどの程度丁寧か
物理学書を読んでいく場合は,いかに行間を埋めていくかが重要です.例えば,マセマのシリーズは行間が極限まで削減されているため,初学者が手に取り計算を追いやすいテキストになっています.逆にある程度その分野に知識がある場合は,既に馴染みのある計算にページが割かれていても冗長に感じてしまいます(もちろん馴染みのない計算手法が使われている場合は収穫はあるので一概には言えません).自分のレベルに応じてちょうど良い行間のテキストを選ぶのが,効率よくテキストを読み進めるコツです.
②練習問題はどの程度充実しているか
和書・洋書問わず,章末問題や練習問題が掲載されているテキストは非常に多いです.やはり物理をやる以上は計算できなければお話にならないので,どのレベルの問題がどのくらい掲載されているかというのも一つの指標になります.例えば,Figはどちらも非常に有名な場の理論のテキストから抜粋したものですが,実はその問題の毛色は大きく異なっています.しかし,はじめは問題の良し悪しは分からないのが普通なので,そこはレビューを参考にするなり詳しい先生に聞くなりして確かめる作業が必要です.
Fig5. 左はM. Srednicki, "Quantum field theory," (2007), URL : https://hdl.handle.net/2324/1001213776.対して右はM. E. Peskin and D. V. Schroeder, "An introduction to quantum field theory," (1995), URL : https://hdl.handle.net/2324/1001239756.前者は基礎的な事柄の確認が主であるのに対して,後者はテキストの知識をフル活用する発展的な問題が多く掲載されている.
③どのような内容構成になっているか
例えば一口にテキストといっても何の内容をどんな順番で書いているかは微妙に異なります.それは他分野のテキストについても共通して言えることで,全く同じ構成のテキストは存在しません.そのことを念頭に置き,テキストを選ぶ際はまず目次に目を通す作業が必要です.例えば,授業の参考書を探している場合には,シラバスの内容と比較してどの程度噛み合っているかを確認しましょう.
また自分に合った難易度のテキストを選ぶことも重要です.特に意欲に溢れる方は必要以上に難易度の高いテキストを手に取られることがあります.難解なテキストを読むのが悪いわけではないのですが,明らかに背伸びをしすぎるとかえって実りの少ない学びとなってしまう危険があります.どんなに高尚な目標があったとしても,基礎や下積みを疎かにしてしまうのは得策とは言えません.興味関心に急かされて先へ先へと勇足になってしまう気持ちは大変理解できます(私もそうです).しかし,そこはぐっと堪えて自分自身のレベルにあったテキストを選ぶのが大切です.
時間があるときは、初めに一般書を眺めてみるのも専門書を読む手助けになります.一般書はそれほど専門性は高くなく,平易な言葉で書かれているものが多いです.こういった書籍を手に取るメリットとしては
①数式が少ない.
物理学は数学的な議論の上に立脚しています.勿論その分野を深く理解するためには最低限の数学的素養は避けては通れませんが,慣れていない人や,苦手意識のある人にとってはかなりの負担となります.その点大衆向けに執筆された一般書では数学的知識も少なくて済む場合が多いため,かなり手に取りやすくなっています.
②より先を知りたい読者のために参考文献が充実している.
初学者にとって「何を読むべきか」というのは判断の難しい問題です.その学問について右も左もわからない状態では,テキストの良し悪しを自分で見極めるにも限界があります.そこでおすすめできるのが「一般書の参考文献を見る」というものです.一般書は大抵その分野に精通した方によって執筆されるため,参考文献も非常に充実しています.読むべき本に迷ったときには,まず平易な一般書を一冊手に取ってみて,その末尾に挙げられた書籍に目を通してみることをおすすめします.
などがあります.専門的な勉強をしているとは言えど,必要に応じて一般書を参照するのはおおいに有効です.
テキストを読んでいて分からない箇所が出てくるのはよくあることです.そんな時,もちろん納得がいくまで考え続けるのは大事なことです.一方で考えても考えても,それこそ1週間や1ヶ月という長い時間を費やしても理解できない/計算をフォローできないということもあります.
そのようにドツボにハマってしまった時の一つの考え方として「とりあえず先を読み進める」というものがあります.僕自身もそのような読み方を推奨しており,理由としては主に次の2つが挙げられます.
敢えて分からない箇所を飛ばし先へ進むという勇気は,時間をかけて深く思考を巡らせるのと同じくらい大切です.ただし,分からなかった箇所をすっぱり忘れてしまっては元も子もないのでご注意を.
物理学書に限らず,「本は全て読まなければならない」と考える人は多いようです.これは部分的に否であることをここに強調しておきます.もちろん全部目を通すに越したことはありませんし,授業の指定図書やゼミの資料などについてはできる限り全てを理解するように努めるべきでしょう.また,いわゆる名著とされるテキストなどは多少時間がかかっても通読する価値があります.
一方で現実的には難しいケースもよくあります.まず考えられるのは時間的な制約です.テキストを読むにはある程度まとまった時間が必要です.しかし,サークル活動やアルバイト,他の授業との兼ね合いもあるでしょうから,常に時間を確保できるとは限りません.その中で無理に全てに目を通そうと勇足になってしまうと,きちんと理解しないまま内容ばかり先んじてしまい,読んだあとの実りが少ない学習になってしまいます.加えて,読んでいるテキストが難解である場合にも全てを読み切るのは困難です.いかに名著とされるテキストであっても,自分自身が読み解くことができなければ意味がありません.基本的な考え方として,テキスト全てに必ずしも目を通す必要はありません.「全て読む」というのは殊勝な心がけですが,それを遂行できるかどうかは自分自身の能力や環境次第です.また,テキストを変更した方がかえって学びの生産性が上がるケースもあります.
一冊の本を読み切るか読み切らないかという観点に付随して,ここでは一冊に終始すべきでないという立場に立ってテキストとの向き合い方を考えていきましょう.複数のテキストに目を通すことは,きちんと内容を理解する上でも重要です.大前提として,自分がテキストに求める内容と,テキストの内容が完全に対応していることはそうそうありません.専門書には学習指導要領のような内容の縛りは存在せず,基本的に書く内容は筆者に委ねられるので,同じ分野であっても内容には筆者の「色」が反映されます(他にも紙面の都合やテキストのコンセプトといった事情にも影響されます).例えば,電磁気学のマクスウェル方程式をとってみても,天下り的に与えるテキストもあれば,その方程式に至る経緯を示し,きちんと物理的な意味まで事細かに解説するテキストもあります.どちらが好みかは人それぞれです.よく理解できない事柄がある時や記述に納得できない時は,勇気を持って別のテキストも参照してみる事が大切です.
また,文章表現が肌に合わないというケースも考えられます.名著とされるテキストでは分からなかったが,別のマイナーなテキストを読んでみると不思議と内容を理解できた,というのもよくある話です.細かな文章表現や論理構成の好みは人それぞれですので,こればかりはその都度見極めなければなりません.その意味でも複数冊参照しながら読むというのが重要になってくるのです.