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★素粒子理論に至る道: 現代物理学への扉

現代物理学を一眺め

相対性理論

重要なのは,疑問を持ち続けること.知的好奇心は,それ自体に存在意義があるものだ.
(アルベルト・アインシュタイン)


相対性理論ほど一般に名を知られた物理理論はありません.どんなに物理学に明るくない人でもアインシュタインや相対性理論と言えば一度は耳にしたことがあるはずです.相対性理論はそれまでの物理観を根底から塗り替えるような理論でした.あまり一般には認知されていませんが,相対性理論には2種類あります.一つが特殊相対性理論,もう一つが一般相対性理論です.前者が非常に高速で運動する物体についての思考実験で考え出されたのに対し,後者は質量と時空の幾何学を結びつける理論になっています.冒頭に示した式は,1行目が特殊相対性理論における質量とエネルギーの等価性に関する式,2行目が一般相対性理論における基礎方程式で,時空の曲がり具合と物質分布を関連づけるアインシュタイン方程式です.

 

相対性理論は素粒子理論と非常に深い関わりがあります.素粒子理論は「場の量子論」という言語で記述されますが,これは量子力学と特殊相対性理論をドッキングしたような理論になります.特殊相対性理論は,一番初めに示した「質量とエネルギーの等価性」の概念により,粒子の対生成対消滅という描像が可能になるのです.また,一般相対性理論を量子論と両立(融合)できるかという問題も盛んに議論されています.これについては様々な理論的候補が存在し,未だ解決を見ていません.

 

相対性理論はやはり物理の花形ですし,興味を持たれる方もとりわけ多い印象です.一方,学ぶには忍耐が必要です.一般相対性理論の真骨頂は物質の分布と時空の幾何を結びつける点にあるのですが,時空の曲がり具合を数学的に記述するにはどうしても「テンソル」という数学的な道具が必要になります.これが初学者にはイメージが湧きづらく,「相対論は難しい」というイメージに拍車をかけているのではないかと個人的には思います.実際,一般相対性理論はリーマン幾何学という曲がった空間の幾何学の豊かな舞台ですので,物理学を専攻している人にとってもその理論体系を学ぶのは容易ではありません.しかし,だからといって急いで数学書を開く必要はありません.大抵のテキストには,相対性理論に必要な幾何学の知識はちゃんと載っています.また,物理的なイメージを掴むという点でも物理学書を手に取ることをおすすめします.とりあえず「簡単な場合で良いので一度クリストッフェルの計算を最後までフォローする」,「アインシュタイン・ヒルベルト作用の変分を取りアインシュタイン方程式を導出する」あたりが達成できれば相対性理論の勉強成果としては万々歳です.クリストッフェルやアインシュタイン・ヒルベルト作用とはなんぞや,そう思われた方は是非参考文献を参照してください.

 

歴史ある分野なので和書洋書問わず多くのテキストが存在しますが,それぞれ個性豊かなものが多いので,可能なら目的に応じてその都度専門家に相談するのが良いでしょう.ここでは入門書と標準的なテキストを計3冊紹介します.

場の量子論

『できるけどやらないだけだ』と自分に言い聞かせている間は,『できない』ということを別の表現で言っているに過ぎない.

(リチャード・P・ファインマン)


素粒子理論において素粒子の相互作用は便宜上素粒子の交換によって記述されます.例えば電磁気力であれば光子の交換,弱い力であればW/Zボゾンの交換といった具合です.ここでは素粒子の対生成対消滅の記述がどうしても必要なのですが,量子力学にはその力はありません.そこで特殊相対性理論と組み合わせ,因果律の概念を導入したような理論体系が必要となるのです.

 

場の量子論では,位置や時間をラベルに持つようなという量を定義してあげることで様々な素粒子のダイナミクスを記述することが可能となります.ここでは素粒子の標準模型を例にとってその重要性を簡潔に述べます(標準模型についてはガイド : 素粒子物理学入門を参照).例えば,標準模型に存在する粒子がどのように質量を獲得しているか,という問題があります.これはヒッグス機構という機構によって説明されます.これは理論に「ヒッグス場」という場(ここでは粒子と読み替えても差し支えありません)を入れることで,力を伝えるゲージ場が質量を獲得するというものです.質量という,一見あって然るべきものにも説明を与えてくれるというのは,場の量子論の威力の一端が見えているように感じられます.

 

このように,場の量子論というのは素粒子理論において非常に有用ではあるのですが,かなり混み入った理論体系であることも否めません(パッチワークと評されることもあります).その原因の一つとなっているのは,やはりそのテクニックの広範さでしょう.場の正準量子化や経路積分,ゲージ変換等々,それらをカバーするには視界に入れるだけで滅入ってしまうような分厚いテキストを何冊も読まなければなりません.しかし,1つ救いがあるのは,日本は世界でも稀に見る「母国語で物理学を扱える」国であるということです.実は日本語の物理学のテキストというのは,世界的に見ても非常に充実していて,かなり恵まれた環境にあります.場の量子論も例外ではなく,数多くのテキストやもしくは名著の和訳が出版されているので,まずはそれらを手に取ってみるというのが,良いかもしれません.考え方に慣れるまでは難しいかもしれませんが,量子力学や特殊相対性理論の知識があれば学部生でも勉強を始められます.

 

素粒子論の世界に飛び込んで4年が経ちますが(2023年執筆当時),未だに場の量子論の奥深さには圧倒されてばかりです.何度も何度もテキストを読み直し,何年もかけて理解を深めていく,場の量子論はそんな分野であるように思われます.素粒子論の研究をするにあたっては特に重要な分野ですので,入門的なテキストから標準的なテキストまで,参考文献も多めにご紹介します.

量子情報

非常に単純なものが、世界で最も複雑なものをつくり出せるというのは、とても魅力的なことだ.

(クロード・シャノン)


必ずしも大学のカリキュラムに組み込まれてはいませんが,近年の素粒子論の潮流を見るに,量子情報を取り扱わないわけにはいきません.とは言え「量子情報」という言葉に聞き馴染みのある方は少ないのではないかと思います.文献より引用すると,量子情報とは「情報の担い手として量子系を利用する情報科学」(『量子情報科学入門』, p.15)とあります.つまり情報という目に見えないものを量子論に基づいて定式化したのが量子情報というわけです.

 

近年の素粒子理論は,量子情報によって急進的に理解が進みました.その立役者となったのが,「量子エンタングルメント」という概念です.量子エンタングルメント(量子もつれ)は2つ以上の量子的な状態(例えばスピンの向き等)が相関を持っており,互いに独立ではない状態のことを指します.この概念は「エンタングルメントエントロピー」というエンタングルメントの強さを表す指標によって定量化されるのですが,このエンタングルメントエントロピーを用いて「ホログラフィー原理」(注1)を考察すると,多くの示唆が得られるということがわかってきました.特にブラックホールの量子論的性質を抉り出すのにエンタングルメントエントロピーとホログラフィー原理は絶大な威力を発揮しました.

 

素粒子理論に限らず,これからの理論物理学の理解にはこのような情報的な見方が必要不可欠になると言っても過言ではないでしょう.さて,では実際にどのように学んでいけば良いのでしょう.量子情報理論においてはテンソル積や特異値分解といった線形代数の発展的な内容を使いこなす必要があります.しかし,だからといって線形代数のテキストに飛びつく必要はありません(一般相対性理論のボックスで説明したことと同じです.).量子情報は比較的新しい学問分野であるものの,最近では日本語のわかりやすいテキストも出版されているので,手に取りやすいもので勉強すれば良いでしょう.ここでは標準的なテキストと個人的に役に立つと感じたテキストを二つご紹介します.


[注1]:量子多体系の理論を時空の幾何学として表現する指標のこと(『ホログラフィー原理と量子エンタングルメント』, サイエンス社, まえがき より).

Column5:革新的すぎた相対性理論

アインシュタインは相対性理論の功績で著名な物理学者ですが,実は彼が1921年にノーベル賞を受賞したのは「光量子仮説による光電効果の理論的解明」に対してでした[1].光電効果というのは物質に光を照射すると光の持つエネルギーに応じて電子が放出されたり電流が流れたりする現象のことです.光電効果によって飛び出す電子のエネルギーは振動数に依存し,飛び出す量は光強度に依存することが実験的にも確かめられていたのですが,19世紀の物理学ではその理由を説明することができませんでした.この問題に対し,「光は1つが\(h \nu\)のエネルギーを持つ粒子である」,いわゆる光量子仮説を提唱し理論的説明を与えたのがアインシュタインでした.

では,なぜ相対性理論に対してはノーベル賞が贈られなかったのでしょうか.決して相対性理論が評価されていなかったわけではありません.実際アインシュタインは1910年からほぼ毎年候補者として推薦されており,名声という観点からは申し分なかったと考えられます.特殊相対性理論の業績を推す推薦文も多数寄せられていました.しかし,ノーベル物理学賞委員会はアインシュタインの成果に懐疑的でした.アインシュタインは一般相対性理論を駆使して重い天体の周りでは光が屈折することを導きましたが,特に当時委員会のメンバーであった眼科医のアルヴァル・グルストランドはアインシュタインの計算は間違っているとして批判しました(後にこの批判は誤りであることが判明します).そのため,協議は暗礁に乗り上げてしまい,アインシュタインの受賞は翌年に持ち越される形となりました.翌年,数理物理学者のカール・ヴェルヘルム・オセーンの打診によって事態が好転します.グルストランドは相変わらず相対性理論について否定的でしたが,光電効果については称賛していました.委員会内の状況も理解していたオセーンは光電効果についての好意的なレポートを作成し,晴れて光電効果の業績に対してノーベル賞を与えられる運びとなったのです[4].

アインシュタインは1905年には特殊相対性理論[2]を,1916年には53ページにも及ぶ論文で一般相対性理論を提唱しました[3].革新的かつ時空が伸び縮みするという非直感的な帰結を導く理論の登場に,どれだけの衝撃があったか計り知れません.相対性理論の難しさを象徴するエピソードを最後にご紹介してこのコラムの締めくくりとしましょう.新聞記者に「一般相対性理論を世界で理解しているのは先生も含めて3人しかいませんよね?」と尋ねられた天体物理学者アーサー・エディントンの言葉です.「はて,3人目は誰だろう?」

参考

1. A. Einstein, "Über einen die Erzeugung und Verwandlung des Lichtes betreffenden heuristischen Gesichtspunkt." Ann. Phys., 322: 132-148 (1905), doi : https://doi.org/10.1002/andp.19053220607.

2. A. Einstein, "Zur Elektrodynamik bewegter Körper." Ann. Phys., 322: 891-921 (1905), doi : https://doi.org/10.1002/andp.19053221004

3. A. Einstein, "The Foundation of the General Theory of Relativity,''  Annalen Phys. 49, no.7, 769-822 (1916), doi : https://doi.org/10.1002/andp.19163540702 .

4. アンダシ・バラニー, 『ノーベル物理学賞の100年』, 「学術の動向2002年7月号」 (2002), URL : https://doi.org/10.5363/tits.7.7_22.