学んだことをきちんと理解しているか確かめる方法として,「問題を解けるかどうか」というものがあります.本項目の最後にこの話題について掘り下げてみましょう.『サクライ上級量子力学』第I巻の序文には次のような言葉が記されています.
「本文を読んでも練習問題を解けないような読者は,本書から何も学んでいないのである.」
これを物理学の学習全般に適用するには些か主張が強すぎるようにも感じますが,知識を具体的な問題に適用する能力は実際研究などに着手する上でも非常に重要です.例えば,量子力学におけるポテンシャル透過の問題を取り上げてみましょう.テキストでもよく取り上げられる問題として,階段ポテンシャルが存在する時の透過率と反射率を求めよ,というものがあります.物理に馴染みのない方にとってはいまいちピンとこない問題かもしれませんが,要は
1. シュレディンガー方程式を解き,
2. フラックスを求め,
3. 各領域でのフラックスの比を取る
という問題です.フラックスというのは一種の「流れ」であり,ここでは確率の流れ(確率流速)を指しています.また,透過率と反射率はポテンシャルの前後の流れの強さ同士の比を取ることで,どのぐらいポテンシャルをすり抜けたか,はたまた反射したかを表す指標です(詳細が気になる方は是非量子力学のテキストを手に取ってみてください).このように書くと,一見機械的でなんの変哲もない問題に見えますが(実際慣れてしまえばそうなのですが),このプロセスを遂行するには
といったふうに,様々な技能を要求されます.テキストの文言を理解できたからと言って,具体的な問題を解けるわけではないので,愚直に問題演習を通して訓練していく必要があるのです.また,問題を解いていく中で学んだ事柄が整理され,さらに理解が深化することにも繋がります.分かったつもりになっていたことに気付き,さらに理解を盤石にする上でも問題を解く訓練は大切です.
輪講とはテキストの知識をインプットするだけでなく,その内容を「教える」ことでアウトプットし,より学習成果の定着率を高める方法のことを指します.具体的には次のような方法です.
①テキスト/論文を決め,メンバーを募る.
まず初めに輪講する文献の選定を済ませ,メンバーを募る必要があります.その際,メンバーの数としては5,6人がちょうど良いとされます.このぐらいの規模感で輪講すれば,1回あたりに2人発表したとしても適度なペースで発表担当が回ってくるからです.また,「テキストを決める」のと「メンバーを募る」作業はしばしば逆転することもあります.初めにメンバーを募る場合は,メンバーの属性に応じてテキストを決めていくと良いでしょう.ただしその場合,各メンバーにとって実りのあるような文献である必要があります.
②スケジュールと発表担当者を決める
次に参加者の都合に応じて輪講の開催スケジュールを決めていきます.一般的に輪講は大体週1回から2回で行う事が多いです.割り振りは各人のレベルや都合,テキストの難易度に合わせて適切になるようにしましょう.適当に1章ずつ割り振ってしまうと,難易度によっては負担が大きすぎて参加者のモチベーションが削がれたり,最悪の場合輪講会そのものが自然消滅してしまったりする事態を招いてしまいます.輪講会の初めに難易度の確認も兼ねて全員で確認する時間を設けると,そのような事態を避ける事ができるのでおすすめです.
③輪講当日までに担当箇所を読み資料作成 or 当日読む箇所に目を通しておく.
担当者は当日までに自身の担当箇所の資料作成を行います.その際,単なる文献の内容まとめになってしまわないよう注意しなければなりません.もし文献の内容を理解しやすくするための具体例などがあれば積極的に盛り込むべきですし,補足情報があれば適宜盛り込む必要があります.また,輪講とは他メンバーとの議論を通じて議論を深める場所であることも念頭に置いておきましょう.どんなに考えても文献に書いてある内容を理解できないというケースももちろんあるかと思います.その時大切なのは,わかったような口ぶりで誤魔化すのではなく,議論したい箇所としてきちんと明示することです.建設的な議論のためには「わからない」を共有することも非常に重要なのです.
また,担当者以外も担当者におんぶに抱っこではいけません.自身の担当箇所でなくても,しっかり目を通して内容を頭に入れ,疑問点を整理しておきます.ただし他のタスクとの兼ね合いもあるので,ある程度のストーリーだけ頭に入れて,詳細は輪講当日に担当者の解説を聞いて解消する,というスタンスもありです.
④輪講に臨む
輪講当日,担当者は資料を元に解説していきます.その際参加者に理解してもらえるように自分の言葉で噛み砕いて説明する事が重要です.途中参加者から質問が出たり,テキストの解釈をめぐって議論になることもあるかと思います.その際は自身が先頭に立ってその議論をファシリテートするように心がけましょう.
一方,担当者以外は担当者の発表を聞きながら疑問点などを積極的に質問するようにします.また,テキストに書かれてないことであっても,他の参加者にとって有用と思われる補足情報があれば適宜共有するようにします.議論当日のファシリテートを担うのは担当者ですが,有意義な議論が展開できるように担当以外の参加者も協力する姿勢が大切です.
⑤課題の整理
輪講に参加してその日の担当分が全て終わりました,そこでお勧めしたいのがその日の課題や議論の内容を簡単に整理することです.いわゆる「ログ」の取り方には様々な方法がありますが,例えば1.今回の輪講で学んだことの整理,2.次回までに解決しておきたい問題の確認,などを記録したものが考えられます.
⑥(②)③〜⑤の繰り返し.
以降は準備→輪講本番の流れを繰り返していきます.もちろん予め決めたスケジュールではメンバーの都合が悪くなってしまった,ということもあるので,その際は柔軟にリスケジュールをしたり担当を変更したりする必要があります.
輪講には
というメリットがあります.独学と比較すると,資料の準備には時間が取られますし,ペースも遅くなってしまいがちですが,深い理解を目指すのに輪講は大変有効な方法です.最近ですとSNS等を通して学外の人とコンタクトを取りゼミを開くケースも増えているので,よりその垣根は低くなってきています(注1).
ファインマンの言葉に次のようなものがあります.
「人は皆,物事を『本当に理解する』ことによって学ばず,たとえば丸暗記のようなほかの方法で学んでいるのだろうか?これでは知識など,すぐ吹っ飛んでしまうこわれ物みたいなものではないか.」
「もし簡単な言葉で何かを説明できないなら,あなたはそれを理解しているとは言えない」
その言葉通り,ファインマンは難解な物理学の概念を分かりやすい言葉で説明できることに重きをおいており,またその名手として知られていました.ここでご紹介する「ファインマン・テクニック」とは,このファインマンの精神をより一般の勉強に適用した一種の学習法です.具体的には次のような手順で学習を進めていきます.
①学びたい概念を選び,ノートに書きつける.
②その概念について,第3者に教える時を想定して説明書きを与えてみる.この時教える対象としては小学生や中学生ぐらいを想定し,できるだけ平易な言葉遣いを心がける.
③自身の説明を振り返り,理解のあまい箇所を見極める.そのような箇所についてもう一度教科書や参考文献で確認し,改めてノートに書く.
④作成したノートを振り返り,専門用語や複雑な擁護を使っていないか確認する.そのような箇所については,より平易な言葉で説明できないか検討する.
ファインマン・テクニックは輪講にも通づる部分があります.何か新しいことを学ぶ時,ここで述べたような「平易な言葉で説明できるか」という観点を指標として,学習を進めてはいかがでしょうか.
参考
素粒子理論には燦然と輝く1人のスーパースターがいます.スーパースター エドワード・ウィッテン(Edward Witten)はプリンストン高等数学研究所の教授で長年素粒子論の分野を牽引し続けている巨星です.おそらく理論物理の研究をされている方でWittenの名前を知らない人は存在しません.彼の素粒子理論における影響力は大きく,彼が新作をプレプリント[注1]サーバーにアップしてしばらくすると,それに追随するかのように膨大な関連研究の論文が発表されます.今ほどインターネットが発達していなかった時代は,研究室にウィッテンのプレプリントが到着すると明らかにコピー用紙の消費量が跳ね上がる,なんてこともあったそうです[1].
特に超弦理論における彼の業績は抜きん出ています.超弦理論には2度の革命[注2]があったとされていますが,第二次超弦理論革命の火付け役になったのがウィッテンです[注3].ウィッテンは1995年に南カリフォルニア大学で開催された国際会議にて,超弦理論に潜む双対性についての予想を提唱しました.ここで双対性というのは見かけ上異なる理論が同じ構造を有していることを指す言葉で,例えば電場と磁場を入れ替える電弱双対性などがあります.第一次革命後,一躍統一理論としての期待が大きくなった超弦理論でしたが,研究が進むにつれて,5種類の姿の存在が浮き彫りになってきていました.これらはそれぞれType I,TypeIIA,TypeIIB,ヘテロSO(32),ヘテロE8×E8と呼ばれています.ウィッテンの主張は,これらがそれぞれ双対性によって結びついており,超弦理論の異なる見方をしているに過ぎないというものでした.この予想を検証するには通常の摂動計算を超えた枠組みが必要であり,この国際会議は超弦理論の背景に潜む豊かな構造を浮き彫りにする非常に大きな契機となりました.
また,ウィッテンは数学の世界でも非常に高名です.有名な業績に限っても,サイバーグ・ウィッテン理論,グロモフ・ウィッテン不変量の考案,ウィッテン予想等々枚挙に暇がありません.実際1990年には数学界のノーベル賞と呼ばれているフィールズ賞も受賞しています.1990年代以降,数学と物理の交流はますます盛んになっていると言われていますが,間違いなくウィッテンはその中心人物の1人です.「全ての論文はウィッテンに通ず」というのはあながち比喩表現ではないのかもしれません.
[注1] 査読を経る前の論文.物理の多くの分野では査読前の論文であっても一旦共有する文化があります.
[注2 ]第一次超弦理論革命では3つの論文が中心となったのですが,実はウィッテンもこの内2つに大きく関わっています.その意味ではいずれの革命においてもウィッテンは主導的な立場にいたということになります.
[注3] 1997年のゲージ・重力対応の提唱も含めて3度の革命があったとする立場もあります.
参考