アポトーシスとは?
まず紹介するのは、「アポトーシス」という細胞が死ぬ(細胞死)現象です。「細胞死」には、主に「ネクローシス(壊死, Necrosis)」、「アポトーシス(Apoptosis)」の2種類が存在します【図10】。「ネクローシス(壊死)」は、火傷やケガなどでダメージを受けたときに起こる細胞の「事故死」です。ネクローシスでは、細胞がダメージを受けると膨張して破裂し、細胞の中身が周囲にまき散らされてしまいます【図10】。細胞の中には、他の細胞にダメージを与えてしまう物質(例. リソソームにある消化酵素など)も含まれているので、ネクローシスが起こった影響で炎症が起こってしまいます、、。
一方「アポトーシス」は、遺伝子のコントロールによって起こる「積極的な」細胞の死を指します。アポトーシスでは、ネクローシスとは異なり、段階を踏んで細胞が退縮・断片化していきます【図10】。最終的には、免疫細胞など(の貪食作用)によって排除されます【図10】。さらに、アポトーシスは、ネクローシスとは異なり細胞膜が破れて中身が拡散してしまうことはないので、周りの細胞に影響を与えずに細胞をなくすことができます。
【図10】2つの細胞死:アポトーシスとネクローシス (『やさしい基礎生物学 第2版』, 羊土社 (2014) より引用)
アポトーシスの役割(なぜ大切なのか?)
「細胞死」と聞くと、恐ろしい現象のようなイメージを持たれる方もいらっしゃると思いますが、実は生物にとって、とても重要な役割があります。
まず、余分な細胞を排除して、生物の体を形作る役割があります。生物は、1つの受精卵から細胞分裂を繰り返して、個体を形成していきます。その過程の中で、ただ分裂するのではなく、生じた余分な細胞を無くすことで、生物の複雑な体の構造を形作っていきます。例えば、我々ヒトでは、胎児のときに、手指が形成されるときに、指の間にある水かき部分の細胞がアポトーシスによって無くなります【図11】。また、オタマジャクシからカエルへと姿を変える(変態する)ときに、オタマジャクシの尾の部分の細胞がアポトーシスによって消失してしまうからです【図11】(*3)。
【図11】 アポトーシスの役割の例:生物の体を形作る ~オタマジャクシとヒトを例に~ (参考論文[4]より引用、加筆)
また、細胞数を適切な数にコントロールするためにも重要です。もし、細胞がどんどん分裂していくだけだと、細胞が増えすぎて、各器官の組織内で秩序が保てない恐れがあります。実際に、過去の研究で、アポトーシスが機能しないマウスでは、脳の神経細胞が増殖しすぎた影響で、脳の正常な発生が阻害されて、胎児の段階で死んでしまうことが報告されています[5]。
さらに、アポトーシスには、生物の体から、ガン化した細胞やウイルスに感染した細胞など、生体に悪影響を与えるような細胞を排除する役割もあります。
このように、アポトーシスは、体の形成だけではなく、細胞数のコントロール、ガン化した細胞などの脅威から守ることなど、生物にとって不可欠な機能なのです。
注釈
(*3)胎児期での手指の形成など、発生の過程で起こるアポトーシスは、特定の時期・場所で起こる(=起こる時期・場所が「プログラムされている」)ことから「プログラム細胞死(programmed cell death)」と呼ばれている。
参考論文
[4]Perez-Garijo, Ainhoa & Steller, Hermann. (2015). Spreading the word: Non-autonomous effects of apoptosis during development, regeneration and disease. Development. 142. 3253-3262. 10.1242/dev.127878.
[5]Kuida, K., Haydar, T. F., Kuan, C. Y., Gu, Y., Taya, C., Karasuyama, H., Su, M. S., Rakic, P., & Flavell, R. A. (1998). Reduced apoptosis and cytochrome c-mediated caspase activation in mice lacking caspase 9. Cell, 94(3), 325–337. https://doi.org/10.1016/s0092-8674(00)81476-2
では、このアポトーシスのしくみはどのように明らかになったのでしょうか?まずは、そのきっかけとなった、「細胞系譜」の解明について解説します。「細胞系譜」とは、発生過程で1つ1つの細胞がどの器官(神経、腸など)の細胞になっていくのかをたどったものです。
『線虫 C. elegansとは?』の章でも述べましたが、そもそもブレナーが生物の発生の研究を行うために、線虫をモデル動物として提唱しました。その研究のプロジェクトの1つとして、当時ブレナーの研究室の部下であったジョン・サルストンは、線虫の細胞系譜の解明に取り組みました。その研究過程では、なんと顕微鏡で細胞の挙動を目で1つ1つ追いかけて、最終的にどの器官の細胞になるのかを注意深く観察したそうです(気が遠くなりそう、、、)。この地道な観察を続け、サルストンらは、約50ページにもわたる論文に線虫の細胞系譜に関して詳細に記述しました【図12~14】[6]。ここまで詳細に細胞系譜が記述されている生物は、線虫だけです。この一連の観察で、線虫の発生過程で1090個の細胞ができ、そのうち131個は決まった時期に、決まった部位で消滅していること(アポトーシスが起きていること)【図13】が明らかになりました。アポトーシスは線虫で見つかった現象ではありませんが、この細胞系譜の研究によって、アポトーシスの詳しい分子メカニズム(後述)の解明につながっていきます。
【図12】線虫C. elegansの細胞系譜 ( 参考論文[6]より)
細胞が分裂すると線が2手に分かれるので、全体をみると、まるでトーナメント表みたいな図になる。この図は省略版だが、実際は、どの段階・位置で分裂し、最終的にどの器官の細胞になっていくのかを詳細に記している (【図13】にその一部を載せている)。
【図13】線虫の細胞系譜の図の一部を拡大してみると、、、 ( 参考論文[6]より)
どの時期に細胞が分裂して、その器官の細胞になるのかを詳細に記述している。図中の"×"は、アポトーシスが起こり、細胞が消失したことを表している。
【図14】【図12】を簡素化した線虫の細胞系譜 (『理工系のための生物学 改訂版』裳華房 (2015) p.102 より引用)
参考論文
[6] Sulston, J., Schierenberg, E., White, J., & Thomson, J. (1983). The embryonic cell lineage of the nematode Caenorhabditis elegans. Developmental Biology, 100(1), 64-119. https://doi.org/10.1016/0012-1606(83)90201-4
ジョン・サルストンの細胞系譜の解明により、アポトーシス(プログラム細胞死)が起きているのが判明しました。では、このアポトーシスは、どのような遺伝子が働いて起こっているのでしょうか?この解明にあたったロバート・ホロヴィッツは、アポトーシスに関わる複数の遺伝子を同定しました。さらに、それらのうち、4つの遺伝子が哺乳類などの他の生物でも保存されていることが明らかになり【図15】、線虫のモデル動物として用いることの有用性が評価されるようになりました。
これらの一連の業績が評価され、サルストン、ホロヴィッツは、線虫研究の祖であるブレナーと共に、2002年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。
【図15】 線虫と哺乳類で保存されていたアポトーシスに関わる遺伝子 (『ギルバート発生生物学』を基に作成)
同じ色の遺伝子は、種間で保存されているものを示している。遺伝子の働く順番と関係性を矢印(→)やT字(---|)で表すことが多い。例えば、「A → B」だと「AはBの働きを促進している」という意味で、「A ---| B」だと、「AはBの働きを抑制している」という意味をあらわしている。普段は、CED-9(「セッド-9」と読む)が、CED-4の働きを抑制しているため、アポトーシスは起こらない。しかし、細胞外からのシグナルなどを受け取りEGL-1(「エグル-1」と読む)が働くようになると、CED-9の働きが抑制されるため、CED-4(と以下のシグナル伝達)が活性化しアポトーシスが実行される。
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