DNAの遺伝情報は、セントラルドグマを通じて、タンパク質に翻訳されて、生物の体で機能します【図23】。しかし、このことは、全ての遺伝子に当てはまることなのでしょうか?
【図23】生物の遺伝子は、すべて「タンパク質」として機能するのだろうか、、、?
実は、遺伝子の中には、転写された後に、タンパク質に翻訳されずに、そのままRNAとして働く遺伝子(RNA遺伝子)が存在します。このタンパク質に翻訳されずに機能するRNA分子は、ノンコーディングRNA(Non-coding RNA, 非翻訳RNA)と呼ばれています。ノンコーディングRNAには、様々な種類が存在しますが、今回はその中でも、線虫で初めて発見されたマイクロRNAについてご紹介します。さらに、RNAが働く生命現象として、線虫で初めてメカニズムが明らかになったRNA干渉(RNAi)についても解説します。
注釈
non-coding RNAには様々な種類があるが、タンパク質への翻訳に働くリボソームRNA(rRNA)や転移RNA(tRNA)も、その仲間です。
マイクロRNA (microRNA, miRNA) とは、20~22個のヌクレオチドから構成される小さなRNA分子です。マイクロRNAは、【図24】のように、mRNAに結合して翻訳を阻害することで、遺伝子の発現を抑える役割を果たしています。
このマイクロRNA が初めて発見されたのは、線虫の成長に異常のある変異体(専門用語では、「ヘテロクロニック(Heterochronic)変異体」と呼ぶ)の1つである、lin-4(リン-4, とよむ)遺伝子の変異体の解析で見つかりました[14, 15]。当時、このLIN-4がどのような分子として機能するのかを調べていたところ、タンパク質ではなく、小さなRNA分子として機能していたことが分かり、遺伝情報が「DNA→mRNA→タンパク質」という流れで伝わって機能するものだという常識を覆すような発見だったのです。
さらに、別の線虫研究で発見されたlet-7(レット-7と読む)というマイクロRNAとして働く遺伝子[16]は、線虫のみならず、ショウジョウバエやヒトなどの他の生物でも保存されていることが明らかになりました[17, 18]。さらに、ヒトのガン化の抑制にも働いていることが分かり[17, 18]、一躍マイクロRNAが注目され、それを対象とした研究が急速に広まっていきました。
【図24】マイクロRNAが働く仕組み (https://www.nikkei-science.com/page/magazine/0311/rna_2.htmlより引用)
参考論文
[14] Lee, R. C., Feinbaum, R. L., & Ambros, V. (1993). The C. elegans heterochronic gene lin-4 encodes small RNAs with antisense complementarity to lin-14. Cell, 75(5), 843–854. https://doi.org/10.1016/0092-8674(93)90529-y
[15] Wightman, B., Ha, I., & Ruvkun, G. (1993). Posttranscriptional regulation of the heterochronic gene lin-14 by lin-4 mediates temporal pattern formation in C. elegans. Cell, 75(5), 855–862. https://doi.org/10.1016/0092-8674(93)90530-4
[16] Reinhart, B. J., Slack, F. J., Basson, M., Pasquinelli, A. E., Bettinger, J. C., Rougvie, A. E., Horvitz, H. R., & Ruvkun, G. (2000). The 21-nucleotide let-7 RNA regulates developmental timing in Caenorhabditis elegans. Nature, 403(6772), 901–906. https://doi.org/10.1038/35002607
[17] Roush, S., & Slack, F. J. (2008). The let-7 family of microRNAs. Trends in cell biology, 18(10), 505–516. https://doi.org/10.1016/j.tcb.2008.07.007
[18] Büssing, I., Slack, F. J., & Grosshans, H. (2008). let-7 microRNAs in development, stem cells and cancer. Trends in molecular medicine, 14(9), 400–409. https://doi.org/10.1016/j.molmed.2008.07.001
RNA干渉(RNA interference, RNAi)は、mRNAに結合して、遺伝子の発現を抑制する機構です。先ほど説明したマイクロRNAによる遺伝子発現の抑制も、RNAiの一種です。マイクロRNAは部分的に一致するmRNAに結合して翻訳を阻害するのですが、そのほかにもsiRNA (short interfering RNA)という完全に一致するmRNAに結合して遺伝子の発現を抑制するRNA分子が存在します【図25】。(詳細は、【図25】をご覧ください)。マイクロRNAは、発生や器官形成などの制御に関わっていることが多く、siRNAはトランスポゾンなどの外からのRNAに対する細胞の免疫応答の側面があります。
siRNAによる遺伝子発現を抑制する仕組みは、線虫を用いて、クレイグ・メロとアンドリュー・ファイアの2名の研究者によって明らかにされました[19]。このしくみが明らかにされたことで、様々な分野に波及効果が及びました。例えば、研究の現場で、特定の遺伝子の発現を抑えるツールとしてRNAiがよく用いられています。さらに、医療の分野においても、RNAiのしくみを応用したガンや神経疾患などに対する治療薬(核酸医薬)を開発する動きもあります。
RNAiのしくみの解明により、様々な分野に多大な影響をもたらしたことから、メロとファイアの2名は、2006年にノーベル医学・生理学賞を受賞しました。1998年のNatureでの発表[19]から、わずか8年でのスピード受賞となりました。
【図25】siRNAによる、RNA干渉(RNAi)のしくみ (https://bsd.neuroinf.jp/wiki/RNA%E5%B9%B2%E6%B8%89より引用)
二本鎖RNA(dsRNA, double -strand RNA)が細胞に取り込まれる。その後、細胞内で1本鎖のRNA(siRNA)となり、アルゴノートというタンパク質と複合体(RNA-
この仕組みを応用して、目的の遺伝子のmRNAに相補的に結合するRNA分子を設計すれば、狙った遺伝子の発現を意図的に抑えることができる。これは、研究の現場で、遺伝子の機能を調べる際によく使われている。
参考論文
[19] Fire, A., Xu, S., Montgomery, M. K., Kostas, S. A., Driver, S. E., & Mello, C. C. (1998). Potent and specific genetic interference by double-stranded RNA in Caenorhabditis elegans. Nature, 391(6669), 806–811. https://doi.org/10.1038/35888