江戸時代には出版が発達し、庶民に楽しまれるような通俗本や、浮世絵のような印刷物も、次第に多数出版されるようになりました。
その中で、絵手本や手芸に関する本も出版されるようになり、その中には折り紙に関する本もあったのです。
[3-1]『秘伝千羽鶴折形』より「蓬莱」 |
[3-2] 実際に折った「蓬莱」 |
『秘伝千羽鶴折形』は、確認できる中で最も古い、「遊戯折り紙」に関する書物です。
右の画像は、この書物に登場する作品の一例です。
複数の鶴がまとまって、一つの形を成しています。
これらの鶴は全て、切れ目の入った一枚の紙からできており、互いに繋がっています。
作るのに非常に高度な技術が求められる作品です。
作品を考案したのは、伊勢国桑名の僧侶 義道という人物です。彼は魯縞庵と号し、桑名地域における文化人として活躍する一方、折り鶴の名人としても知られ、藩主に折り鶴作品を献上したこともありました。
彼の作品に目を付けたのが、京都の秋里籬島(あきさとりとう)という人物です。籬島は、現代でいうガイドブックのような「名所図会」という書物を多数発表した作家でした。
籬島は、義道の作品を48種類選び、それぞれに名前を付け、名前にちなんだ狂歌を添えて、一冊の本にまとめました。
この『秘伝千羽鶴折形』からは、当時、折り紙がどのように楽しまれていたのかが推測できます。
例えば、その作品の難易度は「伝承折り紙」の水準を遥かに超えており、義道が極めて洗練された技術を持っていたことが分かります。
また、籬島が添えた狂歌の中には、江戸の吉原や京都の島原など、遊里について描かれた歌があります。ここから、籬島が想定した読者は、必ずしも子どもだけに限ったものではなかったことが伺えます。
こうしたことから、江戸時代の後半、折り紙が手芸の一分野として洗練されていった様子が伺えます。
[画像] | |
3-1 |
国文学研究資料館蔵三井文庫旧蔵『秘伝千羽鶴折形』六丁表 on 新日本古典籍総合目録データベース / CC BY-SA 4.0 (2021.03.08参照) |
3-2 | 筆者撮影 |
[参考] | |
岡村昌夫(2006)『つなぎ折鶴の世界』本の泉社 |
『千羽鶴折形』は折り鶴に特化していましたが、ほかにも様々な作品が楽しまれていたようです。
当時の様子が分かる事例を三つ紹介します。
『かやら草』
足立一之なる人物が1845年(弘化2)までの数十年間に綴った、個人的な備忘録です。
232冊にわたり様々なことが記録されていますが、その中に折り紙の記事が見られます。
現在でも知られている作品が見られる一方で、今とは違った趣の作品も記録されています。
たとえば、「在原業平」「小野小町」といった6人の有名な歌人「六歌仙」をかたどった、人形のような作品も記録されています。
紙を膨らませて人の頭を表現するなど、柔らかい和紙の特徴を生かした作品も特徴的です。
個人の記録であったため出版はされなかったようですが、戦後に再度注目を集め、作品を紹介する本も出版されました。
当時の折り紙の様子が伺える資料の一つです。
葛原勾当の作品群
葛原勾当(くずはらこうとう 1812−1882)は、江戸後期から明治初期を生きた筝曲家です。
3歳で失明しながらも、16歳から日記を書き綴り、26歳からは活字を自作して記録をしました。
生涯続いたこの日記は『葛原勾当日記』と呼ばれ、しばしば作家の興味を惹き、井伏鱒二「取材旅行」や太宰治「盲人独笑」といった作品で紹介されています。
特に太宰治「盲人独笑」では、下記のような記述があります。
折紙細工に長じ、炬燵の中にて、弟子たちの習う琴の音を聴き正しつつ、鼠、雉、蟹、法師、海老など、むずかしき形をこっそり紙折って作り、それがまた不思議なほどに実体によく似ていた。(太宰治「盲人独笑」on 青空文庫)
このように、盲目でありながらも折り紙を得意としていました。
箏の師匠として弟子に稽古をつけるときにも、褒美として作品を折って渡していたといいます。
そして珍しいことに、葛原勾当本人が折った作品が現存しており、広島県福山市の菅茶山記念館に寄贈されています(2008年時点)。
この作品群を調査した折紙研究家の岡村昌夫氏によれば、伝承折り紙とされる作品や、「六歌仙」といった当時人気のあったテーマの作品がある一方、「鶴亀」と題した作品など、葛原勾当による創作作品もあるとのことです。
しかもそうした作品には、現代の作家たちが開発した新技法が、既に使われていると言います。
このように幕末には、「伝承折り紙」の域を脱し、独自に技法を洗練させた人物もいたのです。
『折形手本忠臣蔵』
芝居の人気演目『仮名手本忠臣蔵』を題材に、登場人物を折り紙で折る趣向の刷物です。
人の姿を表現する趣向は、『かやら草』の中の作品とも共通するところがあります。
全十一段ある『忠臣蔵』から、各段の象徴的な場面を抜き出し、折り紙で表現しています。
資料の全貌は、下記のデータベースにて公開されています。
参考: 赤穂市立歴史博物館蔵「新撰人物 折形手本忠臣蔵 十一段」(ARC浮世絵ポータルデータベース)
ここまで、江戸後期から幕末にかけて、代表的な折り紙の資料を紹介しました。
今日でいう「伝承折り紙」も作られる一方で、芝居を折り紙で表現するなど、今日とは少し異なる楽しみ方もされていたようです。
次は明治・大正時代を見てみましょう。
…と言いたいのですが、明治以降の折り紙を考えるには、海外に目を向けなければなりません。
明治維新より少し前、19世紀前半のドイツに向かいましょう。
[参考] | ||
世界大百科事典 2003年版 より「折紙」(執筆者 笠原邦彦) | ||
岡村昌夫「葛原勾当が遺した折紙:全盲琴師の人と作品」(日本人形玩具学会誌編集委員会『人形玩具研究 : かたち・あそび : 日本人形玩具学会会誌』第20号, pp14-30) | ||
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「折り紙の歴史」ページの記述にあたっては、下記資料を参考にしています。
小学館 日本大百科事典より「折り紙」(執筆者 菩提寺悦郎)
国立国会図書館リサーチ・ナビ 第151回常設展示 本の中の「おりがみ」 (2021.03.08参照)
日本折紙学会 岡村昌夫「折り紙の歴史」 (2021.03.08参照)
五十嵐 裕子「折り紙の歴史と保育教材としての折り紙に関する一考察」(浦和大学『浦和論叢』46,pp45-68) (2021.03.08参照)