さて、九大生協の文房具売り場を見てみますと、目に飛び込んでくるのはこちらのシャープペンです。
三菱鉛筆、クルトガ。
※ なお2023年2月より、「新スタンダードモデル」も発売されています。
2008年の発売以来、売れに売れ続けているこちらのペン。もはや説明は不要でしょう。
オレンジ色の部品は、設地のたびに芯を回転させる機構、クルトガエンジン。
これによって芯が常に均一に摩耗し、描線が細く保たれます。
発売当時、生産が追いつかなくなるほど売れたクルトガ。
「文具王」の異名を持つ高畑正幸氏は、著書『文房具語辞典』のなかで、以下のように評しています。
「芯そのものに作用するという画期的は発想は以降のシャープペンシル開発に大きな影響を与えた。」(高畑正幸「クルトガ」同『文房具語辞典——文房具にまつわる言葉をイラストと豆知識でカリカリと読み解く』(誠文堂新光社、2020年)63頁)
その影響の一端は、九大の文房具売り場にも見えます。
それこそが、次にご紹介するシャープペンシル、「デルガード」です。
ゼブラ、デルガード。
見た目、価格帯ともに、明らかにクルトガを意識した一作です。
先の文具王のご指摘の通り、「芯そのものに作用する」というアプローチは共通。
しかし、アプローチの方法は大きく異なります。
筆圧をかけると……
クニッ!
部品が飛び出て、芯の折れを防ぎます。
これこそが、ゼブラの秘密兵器。
「あっちが尖るなら、こっちは折れんようにしたるわい!」
文房具コーナーに並ぶ2本の間には、今日も熱い火花が散っているのです。
さて、ここまで読んでくださった皆さんは、もしかしたらお気づきかもしれません。
ぺんてるがない。
そうなのです。
九大から一歩外に出れば事情も変わるのですが、少なくとも九大伊都キャンパス内では、軒並み三菱・ゼブラ・パイロットが強い。
ぺんてるの製品は——僕が調べた限りにおいては——見当たりませんでした。
しかし、ぺんてるはシャープペンシル業界のパイオニア。
関谷孝物語に心を打たれた私としては、なんとしてもぺんてる製品をご紹介したい。
……ここで、「はじめに」の文章を今一度ご確認ください。
「なお、⑵ においては、基本的には伊都キャンパス内で入手可能な筆記具に絞ってご紹介する予定ですが、私がどうしても欲求を抑えられなくなった場合、九大学研都市駅近辺にまでエリアを拡大してご紹介することもありえます。予め、ご了承ください。」(「はじめに」)
「どうしても欲求を抑えられなくなった場合」。
今がその時です。
というわけで、九大学研都市駅のすぐ近く、伊都イオンの文房具コーナーで入手可能な、こちらの製品をご紹介します。
ぺんてる、オレンズ。
発売は2014年。先ほどご紹介したデルガードと同じ年です。
印字が示している通り、このペンに入っている芯は0.2ミリ。
恐ろしい細さです。
しかし、0.2ミリの芯をどうにか使わせるために、ぺんてるは工夫を凝らしています。
使い方は簡単。
ペンを取り出して、
ワンノック。
ペン先には芯が見えませんが……
ちゃんと書けてしまいます。
その秘密は、ペン先の銀色の細いパーツ、通称ガイドパイプにあります。
(画像は、「オレンズ 商品紹介」ぺんてるHPより)
こちらのガイドパイプ、なんと固定されていません。
そして、芯の摩耗に従ってガイドパイプも一緒に引っ込み、芯を守り続ける。
これによって、0.2ミリの芯でも、折れることなく書き続けられるのです。
「0.2ミリの芯でも、普通に使えるようにしてやる!!」
いくら細くても、使えなければ意味がない。
0.5ミリの芯を初めて世に送り出したぺんてるの、意地と哲学を感じる逸品です。
さて本稿では、シャープペンシル用芯(シャー芯)の太さを、「0.5ミリ」、「0.3ミリ」などと表現してきました。
なぜ、「0.5mm」と表記してはならないのでしょうか。
いや、「ならない」ってことはないのですけれども、実は不正確だったりするのです。
例えば、0.5ミリ芯の太さは、JIS規格によれば0.55〜0.58 mm(JIS S 6005:2019)。
つまり、この規格に従う限り、
0.5mmピッタリの0.5ミリ芯は存在しないことになります。
よく売られている芯のケースを見てみても……
単に「0.5」と表記するだけで、「mm」とは付けていません。
実際に、同じ芯型であっても、各社ごとにわずかな太さの違いがあったりします。
0.03mmの範囲内の違いですので、他社の芯を使っても、多くのシャープペンでは問題を生じません。
他方、精巧な機構を備えたシャープペン(自動芯出し機能など)については、できればペンと同じ会社の芯を使ってあげた方が親切。
ペン本来のポテンシャルを発揮できること請け合いです。
なお、以上の点については、土橋正・丸山茂樹「シャープペン博士のディープ講座 【Lesson 2】『シャープペンにメンテナンスがいらない理由』」表現の道具箱(2016年9月30日)をご覧ください。
丸山さんは、ぺんてるの商品開発部 シャープ企画開発部の部長(当時)。シャープペンシルのプロです。
インタビュアーの土橋さんも、「文具ウェブマガジン pen info」などで文房具情報を発信されています。
同「Lesson 1」とともに、シャープペンシルの謎が解ける記事となっておりますので、ぜひご覧ください。
クルトガ→デルガード・オレンズ、という流れについては、上記の『この10年でいちばん重要な文房具はこれだ決定会議』を参照しました。
タイトルの通り、「この10年でいちばん重要な文房具」を「決定」する本です。
もちろん、その結論にも納得できるのですけれども、これ以上に重要なのは、この10年を斯界の第一人者たちが振り返っていること。
ライブ感あふれるやり取りの中で、文房具と文房具、文房具と社会の繋がりが紡ぎ出されます。
文房具と文房具の繋がりについては本書をご覧いただくとして、文房具と社会の繋がり、とはどういうことでしょうか。
例えば、三菱鉛筆社のジェットストリームというボールペンがあります。
本稿の直接の対象ではありませんが、極めて有名なボールペン。
クルトガやデルガードは知らなくても、ジェットストリームであれば知っている、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
このペンは、なぜ売れたのか。
もちろん、書き味がいいからなのですが、歴史を辿ると、もう一つの要因が示唆されます。(本書19-20頁・きだてたく発言)
ジェットストリームの発売は、2006年。文房具の歴史を大きく変えた、メモリアルイヤーです。
しかしこの後、時代は不況に突入していきます。
特に大きかったのは、2008年のリーマンショック。これにより多くのサラリーパーソンは、会社からボールペンを支給してもらえなくなります。
自分で買うなら、安くて使いやすいものが欲しい。
ということで、ジェットストリームの口コミが広がっていったのではないか…。
生活必需品としての文房具が、実社会の経済状況を反映していることがわかります。