2014年1月ごろに,某コンビニエンスストアのフォアグラを使用した弁当が動物愛護団体からの抗議を受けて販売を中止した,という出来事がありました。その時のキャッチフレーズとして「動物はあなたのごはんじゃない」が使用されていました。当時大学受験を控えており,今ほど食の多様性について関心もなかった私はこの出来事を詳細に追うことはしていませんでした。しかし,この画像のパロディがインターネット上で多数出回っていたということは今でも覚えています。
近年,動物性食品を摂取しない食習慣を選択する人が増えています。一口に「動物性食品を摂取しない食習慣」と言っても,動物性食品を食べるだけでなく動物由来の製品を使わないというもっとも厳格なものから,ある程度動物性食品を食べるものまで多岐に渡ります。この章では,「動物性食品を摂取しない」という食習慣の多様性について掘り下げます。
「菜食主義」という大まかなくくりの中にも多様性が存在します。ここではそれぞれの「菜食主義」について紹介していきます。
(日本エシカル・ヴィーガン協会の分類を参考にしています)
それぞれの「菜食主義」において,食べるもの,食べるかどうかは個人の裁量に委ねられるもの,食べないものを以下の図にまとめました。
「菜食主義」といっても,一切動物性食品を食べないものから無理のない範囲で菜食を取り入れるものまで多様性に富んでいます。
この他にも,加熱していない植物性食品だけを食べるロー・ヴィーガン,古代の陰陽思想に基づく食習慣であるマクロビオティック,一切の食品をとらず光と水からエネルギーを吸収するブレッサリアンが紹介されていました。
ブレッサリアンの紹介を見た時,思わず「光合成?」と口に出してしまいました。実践している人はいるのでしょうか…。
菜食主義の分類について紹介したところで,こんな疑問が浮かんだのではないでしょうか。
「肉食がメジャーではなかった江戸時代や,そもそも食糧が不足していた戦時中ならいざ知らず,なぜこの飽食の時代にわざわざ食べられるものの少ない菜食主義を実践するのか?」
以下では菜食主義を実践する人たちが菜食を選ぶ理由をいくつか紹介します。
読んで「なるほど!」と納得する理由もあれば,「それはどうなのか?」と首をかしげたくなるような理由もありました。
●宗教上の理由
「宗教と食の多様性」でも紹介しましたが,殺生を禁じている宗教 (仏教,ヒンドゥー教,ジャイナ教) では,生き物の命を奪う肉食は当然禁忌とされています。そのため,ジャイナ教徒は全員,仏教やヒンドゥー教の中でも特に厳格な信者や僧侶はヴィーガンやラクト・オボ・ベジタリアンやヴィーガンを実践しています。
●健康上の理由
アレルギーや体質的な事情から,動物性食品を摂取する事による健康的な問題を避けるために菜食主義を選択しています。減量のための菜食主義もここに含まれます。
私が好きでやまないとあるアーティストも,肉や魚をほとんど受け付けない体質のためにヴィーガン食 (「高品位粗食」と呼称) を実践しています。たまにSNSで食べたものの写真をアップロードしていますが,結構美味しそうです。
●動物倫理への配慮
動物の倫理という面から菜食主義,動物由来製品の不使用を選択する,というのは最近注目されるようになってきたと個人的には思います。はじめに述べたフォアグラ弁当に抗議した団体も,動物倫理という観点から反対していました。あとは動物実験反対を掲げるコスメショップが天神地下街にありますね。
一度天神の街を歩いているときに,皮革製品反対デモに遭遇したことがあります。記憶がおぼろげなのですが,皮を剥がれたウサギの画像を掲げて街を練り歩いていたのを見て衝撃を受けました。
●地球環境への配慮
これも動物倫理と同様,近年になって注目されるようになってきたと思います。
生産に環境的コストのかかる動物性食品の摂取量を減らすことで温室効果ガスの排出を抑えることにつなげることが目的だそうです。あくまで個人の感想でしかないのですが,野菜の温室栽培や外国産の食品の輸入も温室効果ガスを排出しているので,完全に地産地消,昔ながらの食生活 (和食の一汁三菜) になっても耐えられるのか…という疑問はあります。
●有名人にあやかって
有名人のファッションやメイク,食事法・減量法を真似るというのは珍しいことではありませんが,食習慣まで真似る人がいるそうです。
その有名人が嫌いになったらどうするんでしょうか。
●願掛け
神や仏に対し,願いに対する真摯な姿勢を伝えるために動物性食品を絶って心身を清らかにするための菜食です。
某歌舞伎俳優が父親の病気平癒を祈願するために肉や魚,アルコールの摂取をやめた,という記事を読んだことがあります。大学生でいうと,「テスト終わるまで禁酒!」に近いかもしれません。
私は冷蔵庫の中身やその時の気分に応じて菜食を選びます。
菜食と聞いて想像するような「禁欲主義的な質素な食卓」とは裏腹の風味・色どりの多様な食卓が出来上がることもあれば,質素な食卓になることもあり,その落差を一人楽しんでいます。
ここ数年,ヴィーガン料理を専門に取り扱う飲食店やヴィーガン・ベジタリアン対応メニューを取り扱うチェーン店が増えてきています。しかしながら,大学生が食事会で使うような店ではいまだにヴィーガン・ベジタリアン対応が不十分だと感じています。むしろ対応しているお店を探す方が難しいことが現状です。また,ヴィーガン・ベジタリアン対応メニューを用意しているハンバーガーチェーン店に対して「肉類を完全に排除しろ,と苦情を入れてやった」というヴィーガン当事者の方のネット上での書き込みを目にしたこともあり,食の多様性への対応の難しさを感じました。
また,食べものだけでなく食べる方法にも多様性があります。日本では床に座って食べることも椅子に座って食べることもあり,食器も箸やフォーク,スプーンなど非常に多岐に富んでいます。しかし,特に欧米からの観光客は床の上に正座やあぐらで座り,箸で食べるという日本の伝統的な食べ方に馴染めないという経験をする方も多いそうです。一部の日本料理店では,畳の上に椅子やテーブルを置いた部屋も設置されています。
実際に様々な食習慣をもつ人と共に食卓を囲む,という状況はなかなか想像するのが難しいかもしれません。私はそうした食卓を何回か囲んだことがありますが,食事に制限のない人が「物足りない」と不満を漏らしていたり食事に制限のある人も楽しく参加してもらうために店側との交渉をしたりとなかなかに大変でした。しかし,そのような経験を経たからこそ,その場にいる全ての人が食事を楽しめるよう配慮をする,ということの大切さと普段の食事では味わえない料理の目新しさや美味しさに気づくことができたなあ,と考えています。