このガイドでは様々な食の多様性を取り上げてきましたが,ここでは特にイスラム教のタブー (ハラム) であるアルコールと豚について,なぜ禁じられたのかを様々な方向から考えてみましょう。
日本人からすれば一見理不尽なように思えるハラムも,視点を変えてみると極めて合理的なものかもしれませんよ。
※主に「病気の世界地図・トラベルドクターとまわる世界旅行」を参照しています
イスラム教ではアルコールが禁じられている,というのはこのガイドをここまで読んでくださった皆さんならすでにご存知かと思います。しかし,今でこそイスラム教が広く浸透している中東地域でも酒が広く飲まれていた時代があったんです。
イスラム教が浸透する前の中東では,ブドウやデーツ (※1) を原料とする蒸留酒が広く飲まれていたそうです。 今でいうブランデーのようなものなので度数が高く (およそ40〜50度) ,当然たちの悪い酔っ払いが出現し,乱暴狼藉が働かれます。それを重くみたイスラム教の預言者ムハンマドはイスラム教を布教する際に飲酒を禁じた,というエピソードがコーランに記されています。今も昔もたちの悪い酔っ払いのやることはそこまで変化していないですね。ただし,コーランには「現世で良い行いをし,イスラム教の天国に行けば人を酔わせて狂わせることのない特別な酒の川がある。そこで好きなだけ酒を飲めるからそれまでは酒を我慢するように」という記述もあります。
こうしてみると,共同体の秩序を維持する手段として飲酒を禁じることは確かに合理的なように思えます。過去に参加したサークルの飲み会などを思い返してみると,特に大学生の読者の皆さんは思い当たる節があるのではないでしょうか。
「イスラム教徒として良い行いをすれば天国に行くことができ,そこでは酩酊して乱暴狼藉を働くことなくいくらでも酒が飲める」というような記述が,ムハンマドの言葉を記しているコーランにあることも面白いですね。
参考文献でも紹介している「サトコとナダ」という漫画の64話には,イスラム教徒であるナダの「私は死んだらどれだけ飲んでも頭が痛くならないお酒の川に行けるのだから…」というセリフがありました。ナダの出身地であるサウジアラビアは特に敬虔なイスラム教国家で,イスラム教徒は当然として外国人の飲酒も禁じられている,医療用消毒アルコールの使用も慎重にする必要があるなど,特に制約が強いです。しかし,トルコやモロッコなど一部のイスラム教圏ではイスラム教徒であってもある程度飲酒が許容されており,外国人観光客は「イスラム教国家」というイメージからは想像もつかないくらい,かなり自由に飲酒ができるそうです。
(※1) デーツ: ナツメヤシの果実。果糖や食物繊維,ミネラルを豊富に含み,中東では古くから重要な食品の一つとして親しまれてきた。近年は日本でも容易に入手できる。甘さが強く味に癖がない。「干し柿のような味」と言われることも。
飲酒がある程度許容されているトルコにおいても,豚肉や豚由来製品は絶対的なタブーとされています。なぜ豚がタブーになっているのかを様々な視点から考えていきましょう。
イスラム教が豚肉をタブーとする理由については,大きく以上の3つが考えられます。しかし,加熱して食べれば寄生虫のリスクはなくなる,現在の日本で流通する豚肉は食餌をはじめとした衛生管理が徹底している,といっても「コーランの中で禁じられている」ということが,現代イスラム教徒において豚肉をタブーとする最大の理由なのではないでしょうか。