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日本古典籍 所蔵資料解説: 奈良絵本

附属図書館研究開発室等の事業において電子化された日本古典籍を中心とする資料とその解説をまとめたものです。また、活字本の対応ページから検索できる資料もあります。

「奈良絵本」

文学部教授 今西裕一郎

 

 

室町時代後期から江戸時代前期にわたって、おびただしく製作された絵入本、絵巻の、素朴、古雅な挿絵は、好事家の間でいつしか「奈良絵」の名で呼びならわされ、珍重されてきた。そうした挿絵をもつ本を「奈良絵本」という。

 その名称の由来は、それらの絵入本、絵巻の製作が南都奈良の絵師達によってなされたからだと解されたこともあったが、制作の実際は奈良に限られていたわけではなく、なぜ「奈良」の地名が冠せられたのかは未詳。その由来の解明はなされないまま今日に及んでいる。

 奈良絵の特徴は、平安時代末期から鎌倉時代にかけての国宝級の傑作の数々が残る大和絵巻(源氏物語絵巻、紫式部日記絵巻等)の、いわゆる引目鉤鼻の端正典雅な大和絵とは対照的に素朴、古雅、そして素材も多く御伽草子の類に片寄る。もっとも、中には源氏物語、伊勢物語のごとき歴とした平安時代物語の奈良絵本もあるが、いずれの場合もその享受者は上層の婦女幼童で、金銀の泥箔を用いた豪華本は祝儀本として重用されたと考えられる。

 絵は大和絵絵巻の傑作に較べるまでもなくおおむね二流、作品の内容も一流の文芸とはいえない御伽草子の類が大勢を占めるとあって、従来、美術史においても文学史においても、第一級の研究対象とは目されなかったが、近時、中世文化史の再検討、室町時代物語研究の進展という気運に乗じて、奈良絵本(絵巻)にも大きな注目が集まり、奈良絵本の国際会議や展示が催されたり、その影印叢書が刊行されるなど、奈良絵本は今後一段と研究の充実が期待される分野である。


参考文献

『中世小説の研究』 市古貞次著 (東京大学出版会 1955年)
『中世小説とその周辺』 市古貞次著 (東京大学出版会 1981年)
『お伽草子 研究』 徳田和夫著 (三弥井書店 1988年)
『室町時代物語大成』全13巻補遺2巻 横山重・松本隆信編 (角川書店 1973~88年)
『在外奈良絵本』 奈良絵本国際研究会議編 (角川書店 1981年)
『御伽草子の世界』 奈良絵本国際研究会議編 (三省堂 1982年)
『御伽草子絵巻』 奥平英雄編 (角川書店 1982年)
『奈良絵本絵巻集』全12巻別巻3 中野幸一編 (早稲田大学出版部 1987~89年)